新郎の不貞に巻き込まれて平民落ちした令嬢は、自力で返り咲きます ~ へこたれません勝つまでは ~

甘い秋空

一話完結 明日は、私の結婚式、王宮の礼拝堂で



「え、私の新郎の伯爵が捕まったの?」


 明日は、私の結婚式、王宮の礼拝堂で行われるので、最後の衣装合わせをしてる時です。侍女が走り込んできました。


 男爵家から伯爵家へ嫁ぐという政略結婚なので、私に愛情はありませんが、実家にとっては大事な結婚なのです。



「え、不貞行為。私も罰として平民へ落とされるの?」


 新郎の不貞の相手は、侯爵夫人で、侯爵がとても怒ったそうです。


 私の新郎である伯爵は追放され、伯爵家は取り潰され、新婦である私は平民へ落とされるという罰が、決まったそうです。



「まだ、結婚していないのに!」


 私の銀髪が、激しく揺れます。もう23歳なので、この結婚を逃した私に、次はありません。



 明日、花嫁になる私は、今日、平民落ちしました。



    ◇



 ここは、独身女性専用のアパートの一室です。

 実家の男爵家からは、縁を切られました。


「花嫁の衣裳と宝石を売って、生活資金にすれば当面は食べていけますね」


 学園時代に寮で一人暮らしを経験しているので、少しですが生活力はあります。



 でも、働き口を探さなければ、お金なんて直ぐに底をつきます。アパートの掲示板にあった求人募集を書き写してきました。


「王宮でのメイド募集がありますね」


「面接官は、結婚式に招待していたパシフィック伯爵のはず……」


 私はニヤリと笑います。これは、使えます。


「伯爵は、甘党でしたわね」


 招待客の趣味嗜好は、全て頭に入れておくのが、夫人のお仕事です。いや、私は、夫人に、なり損ねましたけど。




    ◇




 数日後、私の配属先は、ここ、王宮にあるセントラル伯爵の執務室でした。



「本日、侍女として採用されたギンチヨです、よろしくお願いします」


 面接官のパシフィック伯爵に、街で流行のケーキの箱を持って、事前に訪問したところ、メイドではなく、侍女の働き口を頂きました。


 

 先輩の方々に、明るく笑顔で挨拶し、頭を下げて回ります。


 頭を下げるなんて、プライドが変に高い貴族出身の従者や侍女には、なかなか出来ないことです。


 でも、私は、男爵家令嬢の時に、制服が頭を下げるのであって、中の人間が頭を下げているわけではないと教えられ、上級貴族に頭を下げまくっていたので、意に介しません。



 私のプライドは、もっと高い所にあるのです。



    ◇



 数日、各所で頭を下げまくり、先輩たちに可愛がってもらった結果、セントラル伯爵の評判は高まり、私はボーナスまで頂きました。


 重要な仕事まで、任せてもらえるようになり、忙しい日々が続きます。



    ◇



「これは、まさか裏取引……」


 ある日のことです。私は一人で帳簿を確認していた時、隠されたカラクリを見つけてしまいました。これはクロガネ侯爵様の従者への裏献金です。


「クロガネ侯爵様は、とても真面目な方なので、これが漏れたら、セントラル伯爵様は失脚してしまします」



「よく気が付いたね」


 男性の声に、はっと振り返ります。セントラル伯爵が立っていました。



「ギンチヨ嬢は、優秀過ぎるようだ。これを黙っていたら、王族の侍女へ推薦しようじゃないか。どうすればいいか、わかるよね」


 伯爵の迫力に押されて、私は首を縦に動かし、執務室を出ました。



 私のプライドを、自分で傷つけてしまいました。吐き気がするような、嫌悪感に襲われます。




    ◇




 数日後、私は、元気を取り戻しています。


「パシフィック伯爵様が、クロガネ侯爵様の怒りを買って、軟禁されたぞ」


 先輩従者が、執務室へ駈け込んできました。


「あの真面目侯爵へ届けた、街で流行のケーキの箱の中に、お金を入れていたらしい」


「正面切って賄賂を渡したら、真面目侯爵は怒るに決まってる」


 セントラル伯爵の執務室は、大騒ぎです。



 パシフィック伯爵は、真面目な方なので、賄賂なんて渡すはずがありません。きっと、あの従者が仕込んだ罠だと思います。


……私は、働き口を世話して頂いた恩があるのに、なんてことを……



「パシフィック伯爵の令息が、王族の従者を辞任したそうだ」


 先輩たちの騒ぐ声の中、私は、急に吐き気がするような、嫌悪感に襲われ、早退しました。



    ◇



 次の日、私は、伯爵の侍女を辞めました。



 以前から考えていた、教会で子供たちへ勉強を教える仕事に応募しました。給料は安く、子供たちの相手は大変ですが、充実した日々が始まると思います。


 面接したその日に採用が決まり、午後からすぐに働かされました。



「本日から働くギンチヨです、よろしくお願いします」


「僕はローグです、よろしくお願いします」


 新人二人で、明るく笑顔で、挨拶して回ります。



 ドタバタと一日が過ぎていきます。



「やっと終わった~」

 ローグ君が、腰を揉みながら、声をあげました。


 彼の所作は美しく、上級貴族だと分かります。私と同様に、なにか事情があって、ここに流れ着いたのだと思います。


 あれ? 教会の入り口に、栗毛の令嬢が立っています。どこかで見たような、そうだ、セントラル伯爵の令嬢です。


 令嬢は、親しげにローグ君へ話しかけ、腕を組みました。


「ローグ・パシフィック様、一緒に帰りましょう」


「え、パシフィック? ちょっと待って!」

 私は、考えるよりも先に、二人を追いかけました。


    ◇


 小さなコーヒーショップの隅っこで、三人だけで軽く食事をします。


 ローグ君は、パシフィック伯爵の嫡男でした。

 セントラル伯爵の令嬢とは、恋仲だそうです。


「でも私、クロガネ侯爵様と政略結婚することが決まったんです」


「僕が不甲斐ないから……」


 二人は、手を取り合って、叶わなかった愛を、悲しんでいます。



 侯爵は、最初の妻に浮気されたのに、この二度目の妻にも、たぶん駆け落ちされるでしょう。


 ふん、ざまぁです。でも、侯爵が、少し可哀そうだと、思ってしまう私がいます。



 式場は、王宮の礼拝堂、私の結婚式が行われるはずだった場所です。しかも、挙式が今週末と、時間が無いです。


「よし! お姉さんに任せなさい。貴女の替え玉として、私が結婚式に出ます」


「「えー!」」




    ◇




 週末となり、私は、真っ白なドレスに身を包み、ベールで顔を隠して、新婦として結婚式の真っ最中です。


 式は、指輪の交換が終わり、いよいよベールアップされ、誓いのキスが始まります。


 私が顔を出して、新婦の父親であるセントラル伯爵の不正を、新郎と招待客にぶちまける作戦の始まりです。



 招待客は、ほとんど知っている顔ばかりです。その目の前で、緊張のベールアップです。



 新郎のクロガネ侯爵が私のベールを上げました。

 私は、うつむいていた顔を上げて、見せます。


「久しぶりですね、クロガネ様」


 目の前の新郎は、昔と変わらず、黒髪で黒い瞳のイケメンです。



「驚いたな、ギンチヨ嬢じゃないか」

 彼が慌てないのは、予想外でした。


 でも、参列者が、新婦が私だと気が付き、ざわついています。



「あんな令嬢と結婚なんかするから、失敗するのよ。素直に、私と結婚すれば良かったのに」


「そうだな、爵位の差で、貴女を選ばなかったのは、俺の過ちだった」


 彼と私は、学園時代の同級生で、しかも、隠れて、恋仲でした。



「相変わらず、クソ真面目なようで」

「なら、今だけ、不良になろうか」


 彼の顔が近づいてきました。


「只今、誓いのキスが行われました、皆様、盛大な拍手をお願いします」


 司会者の声が、遠くに聞こえます。


 私のファーストキスが……



 新郎新婦の結婚証明書への署名も、終わりました。

 おかしいです、どこで作戦が狂ったのでしょうか。


    ◇


 招待客の混乱を収めるため、舞台裏で、クロガネ様と二人っきりになりました。


 チャンスだと、セントラル伯爵と従者が通じていること、パシフィック伯爵は無実であることを、ぶちまけました。


「わかった、国王陛下に進言しよう」


 彼が、来賓である国王陛下の控室に、私を連れて、向かいました。


 …………


 パシフィック伯爵は、軟禁を解かれました。


 パシフィック伯爵の令息は、セントラル伯爵の令嬢と婚姻を結び、公には、セントラル伯爵家は後継ぎがいなくなったため、お家断絶と決まりました。


 裏では、通じた伯爵と従者には、それ相応の処罰を課すことも決まりました。



 国王陛下が、今後の指示を出した後、私の方へ向き直りました。


「ギンチヨ嬢、貴女を平民に落としたのは、王国の確認ミスだった。そのミスを進言したのが、このクロガネ侯爵だ」


「貴女に謝罪する。そして、今後の幸せを祈る」


 国王陛下が、頭を下げました。国民の命を護る陛下のプライドは、私よりも、とても高い所にあるようです。


 …………


「新郎新婦様、ブーケトスの準備が整いました。バージンロードの方へ急いでください」


 招待客の混乱が収まったようです。




 私たちは、腕を組んでバージンロードを歩き、礼拝堂の中からガーデンへ、光り輝く外へと出ます。





 ━━ FIN ━━





【後書き】

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