第4話

 ホテルを後にすると、街はイルミネーションで煌めいていた。

 空は分厚い雲に覆われているということもなく、半分の月の傍らにオリオン座が横たわっている。


「留美、身体大丈夫か」

「う、うん。へいき……」


 少しよたよたとした歩き方になる留美。見てられなかったのでおんぶすることにした。

 彼女の温もりを背中に感じる。それだけで氷点下2度など屁でもない。

 俺はなるたけ揺さぶらないよう歩き方を意識しながら、ゆっくりと輝く街を歩んでいく。


「出血、しないんだね」

「みたいだな。あれ、あの、エロ漫画とかだったら滅茶苦茶出てくるから、そういうもんなのかって思ってたけど……」

「痛かった……」

「……ごめん。しばらくおんぶしている。ゆっくり休んでほしい」

「とーやくん、手握ってて」

「任せろ」


 恋人つなぎをする。彼女の手は冷え切っていた。それが少しでも温まればいいなと思う。


「あの時も、こうして手をつないでくれた」

「ああ」


 家族とある種の決別を果たした留美は、呆然としたままそこに立っていた。当時の俺は唇の微熱の興奮から覚めないまま、ただ何かしてやりたいと考えて、留美の手を握っていた。


 俺はそのまま留美を家まで連れ帰って、お袋に事情の説明をした。お袋は違う家の娘でしかない留美のために、まるで自分のことであるかのように激怒してくれた。


 それから親同士でどんな対決があったのか、子供である俺たちは知らない。ただその後、留美は早瀬家に入り浸るようになった。


 学校から帰ってきたら、留美と遊んで、晩飯を共に食べ、お風呂に入って髪を乾かしてやってから眠る。そんな日々が繰り返された。


「結婚の話したよね」

「……とっくに家族みたいなもんだろ」


 留美は何も言わなかった。ただ、俺の手を器用に握る右手が、痛いくらいの握力を発揮してきた。


 それだけは確かだ。


「とーやくん」

「うん」

「最近だとね、18歳から結婚できるんだ」

「ああ」

「とーやくん、進学したら一人暮らししたいって言ってたよね」

「まあ、自立しないとだしな」

「……えへ」


 気恥ずかしい。周囲を見回すとカップルだらけで、俺たちがあまり浮いていなかったが幸いだった。


 そうでなくても、俺たちがイチャイチャしていようが誰も気にも留めないのだが。


「夫婦で同じ大学って、できるのかな」

「老人になって大学へ再度入学とかやってる爺さん婆さんいるし、たぶん普通にオーケーだろ」

「そっかぁ。夢出来ちゃったなぁ」

「同じ夢だな」

「うん……」


 苦笑か、あるいはただただ微笑ましかっただけか。俺はつり上がった口元をどう理由付けようかしばし逡巡する。


 背後から聞こえてきた寝息を絶やさないよう、ゆっくりと家の方まで歩いていくことにした。

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クール系幼馴染に告ったら一瞬でOKされてビビった話 さかきばら @android99999

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