第十四話 不意
――深夜。
……う……ぐぐ……。
……なんだ……? なんか……寝苦しいぞ……。
周りは……まだ夜なんだ、けど、くう、ぐぐ、首が、痒いような……違和感が――
指先に硬質感。
触れた首筋に硬いものがある。それがなんだかわからなくて、指で辿っていくと……首の裏へと繋がっていて。
それはまるで、指のような形をしていて――
首筋の「痒み」が「痛み」だと気づいた瞬間、全身に風を纏いながら全力で回転して跳ね起きた。
ヤバイ、何かが首に刺さってた。体を伝う生暖かいものは、自分の血か。寝てる場合じゃない!
オレに吹き飛ばされたそいつは、夜闇に紛れながらゆっくりと降りて来た。
全身が真っ黒で、強靭そうな足指と爪を持つ――大きなフクロウだ。それもただのフクロウとは思えないほど、恐ろしい顔つきをしている。
寝てる間にアイツの四つの指で首をガッチリ掴まれていたらしい。オレがまだ生きてるのは、身体が頑丈だったおかげだろう。
でも弾き飛ばした時に、首の傷も少し悪化したみたいだ。長く暴れたらそれだけでくたばりそうなくらいは出血してる。短期決戦でどうにかしないと。
焦燥感がつのる。いや、待った、落ち着けオレ……どうせ激しく動けないんだ。動きすぎてもマズイし、そう、寝たのはたしか回廊の中だったから、飛んで動き回ったりとかはそもそもできないんだ。……集中しないとここで終わる。
黒フクロウが翼を広げた。
集中しろ、全ての動きを見逃すな。能力を全て見ることに使え。
――黒フクロウが軽く羽ばたく。
――黒フクロウが足場を蹴り、音も無くゆっくりと浮かび上がる。
――黒フクロウがこちらへとゆっくり飛行してくる。まだだ。
――黒フクロウが片足を引き絞った。
――黒フクロウが片足を矢のように突き出しながら、急激に素早く、――動いたのを見て、その先で口を開けた。
爪を突き立てようと突き出した黒フクロウのつま先を噛み砕く。
突然片足の大半を喪失した黒フクロウは空中でもがき、直後にバランスを崩して墜落した。
すぐに堕ちたフクロウの背中を全力で押さえつけて、速やかに咬んでトドメを刺す。
「ホロゥ……」
最後に一声鳴いた後、黒フクロウはぴったりと動かなくなった。
――……避けられたらどうしようかと思った。
一度失敗したら、警戒されてオレの方が時間切れになってたかもしれない。
とにかく出血が良くない。まずはこの傷をなんとかしないと。
とりあえず黒フクロウから羽を拝借して、首に押さえ付けてみる。包帯がわりになるか解らないけど、無いよりはマシなはず。しばらくはこうしていよう。
……追加で襲撃されたらどうしよう。昼間見たトカゲなんかもどこかに居るだろうし、起きて見張るしかない。
血が止まるまでは動かない方が良いのか、それとも、移動して安全な場所を……いや、暗い中で動けるわけないか。暗闇でも薄っすら見えるとはいえ、昼間みたいに歩き回れるほどじゃない。
太陽の光を通す葉っぱでも、星や月の光まではほとんど通さないみたいだ。暗闇にも対応したドラゴンの目が無かったら、この黒フクロウとかどうしようもなかったし、ほんとドラゴンで良かった。……
警戒して気を張りながら、考え事をして気を紛らわす矛盾――……
緑の迷宮を貫いて、森全体に陽の光が降り注ぐ。
永い夜が終わった。朝だ。
いつの間にか朝になっていた。
気はまったく休まらなかったけど、出血はもうとっくに止まっていたみたいだ。固まった血とともに、ボロボロとフクロウの羽根が剥がれ落ちる。
……あっ、そういえば黒フクロウをまだ食べてなかった! 仕留めた相手を食い忘れるなんて初めてだ。それもまさか、食い意地まみれのオレが忘れるなんて。
食事するほど余裕がなかったのはそうなんだけど、それでも、仕留めた獲物を忘れるのは命に対して失礼な気がする。すぐに食べよう。
――バクッ! ムシャムシャ。
――夜を融かしたような色合いのコーヒーが頭に浮かんだ。朝の優雅なコーヒータイム――でも食べてるのは間違いなくフクロウの肉。深い味わいとほのかな苦味が、あるはずのない朝の定番を思い起こさせた。
そして飛ぶのがなんとなく上手くなった気がする。いつか黒フクロウみたいに無音で飛べるようになったら便利そうね。
進化にもそれなりに近づいて来ているような感覚がある、けど折り返しは過ぎたあたりといったところかな。進化に要求される食事の量は、最初の進化のときより確実に多い。
さて、持ち前の治癒力のおかげか、なんとか動けそうなくらいの体調にはなったけど……控えめに言って全身ズタボロだ。虎に引っ掻かれた傷に金属鳥に裂かれた傷、そして黒フクロウに掴まれた首の傷。おまけに寝不足。
どいつもこいつも一癖も二癖もあって、まさかこんなに苦戦するとは思わなかったよ。島ではなんだかんだで調子良く戦えてたけど、地元を離れたらこんなもんなのかな。
とにもかくにも体調がよろしくないから、じっくり休みたいんだけど……この巨木の森で、休める場所があるんだろうか。少なくとも、もう一回このまま枝の上で寝る気にはなれない。
島に引き返す? うん、それもありだ。高く飛べば島までも迷わない。すごく良い案に思える、けど……島が見えるように高く飛ぶと、あの金属鳥に見つかるかもしれない。それは嫌だ。
陸の上から歩いて帰ろうにも、緑の回廊をうろうろしたせいか、島の正確な方向がよくわからない。だめだ、こんな状態で長距離移動なんて無理無茶無謀を通り越してる。他の道を探した方がマシだ。
……ともかく、回廊から降りよう。ここに居たらいつまでも気が休まらない気がする。
痛む翼でゆっくりと滞空しながら地上に降りると、幾分か森の景色が変わっていた。
巨木の根っこでひん曲がっていた地面が、この辺りはほどほどに起伏が少なくなり、前よりもよっぽど歩きやすい足場になっていた。これならスムーズに歩いて進めそうだ。
よく見ると、木々の根っこの隙間のデコボコを埋めるように、苔のような植物がモッサリと生えているのが見てとれた。これのおかげで起伏が少なく歩きやすい地面になっているようだ。今の自分にはありがたい配慮だよこれは。
翼の傷を庇うためにも、少しでも歩きやすい地面を進んで、なんとか休める安全な場所を探したい。この森にそんな場所があるかわからないけど、立ち止まっているよりはきっとマシだろう。
そうして進むことしばらくして。
木々の陰に隠れながら、周囲をよく確認して何も居なさそうな方向へと進んでいたオレは。
同じような感じで、隠れながら顔を出した人間とバッタリ出くわしたのだった。
人間。
金髪の、
人間?
両者の距離二十メートルくらい。木を挟んで頭だけ出して見つめ合っている。
あーこの森って危険だし、そりゃ警戒しながら進むよねぇ。人間が虎とかに遭遇したら大ごとだし、そりゃあそうねぇ。
人間ってほんとうに? 人、いやドラ生で初めて見た。この森に人間が居たのか。オレはどうすればいいんだ。
か、かいわを……。
「
咄嗟に出た声が人の言葉じゃなくて悲しくなった。今のオレはしかしドラゴンなのだ。
向こうも気が動転しているのか、目を白黒させながら頻繁に横を向いて何かをしている。
――その直後、最初の人と似た雰囲気の人たちが、木陰から次々と飛び出して来た。
金髪の男の人と女の人たち。九人組で、革っぽい防具をガッチリと着込んで荷物入れを背負った、弓を持った一団が姿をあらわした。
やべぇ弓持ってるよぉ。
危険な森だし、武器持ってるのは当たり前なのかもだけど、今のオレはドラゴンなんだ。撃たれたら……どうしよう。
「
「
「
向こうも全員すっごい慌てながら何かを喋ってるけど、――すぐに弓を構え始めた。本当にどうしたら良いんだ。
逃げる。隠れる。……戦う。
……オレにはとてもじゃないけど決められないよ。こうなったら。
お願いするしかねぇっ! 全力のお願いだ!
土下座……は正座ができない、仰向けで駄々っ子……も尻尾が邪魔だから、体を伏せてお頼みもうす! お頼みもうす! オレは戦いたくないし、敵対もしたくないんだぁっ‼︎
「
「
「
「
「
金髪の人たちは何かを叫びながら後ずさり、距離を取った後に背中を向けて、全力ダッシュでどこかに行ってしまった。
交流失敗の巻。言葉がわからないから仕方ないけど、久しぶりに会った人とお話ししたかったなぁ。
そういえば今更だけど、みんな耳が長かった。オレ自身がドラゴンになってることだし、ファンタジー繋がりで……エルフってやつなのかも?
でも、エルフってなに? 金髪で耳が長い人ってだけ? 普通の人とどのへんが違うんだろう。あとなんか森に住んでそうってくらいしか知らない。わからん……。
思わぬ遭遇だったけど、たぶんオレにとっての収穫はあった。あのエルフさんたちの通った道は、比較的安全な道なんじゃないかという予測が立ったからだ。
あの人たちは装備を整えて多人数でいたけど、この森で危険な道を選んで散歩できるほどの規模じゃないように見えた。だからまぁ、エルフさんを追っていけば、隠れて進むのに丁度良い道があるんじゃないかって思ったわけよ。
できればもう一度会って、お話とかできないかなーって思う気持ちもあるけど……言葉が違う以上は叶わぬ夢ということ。今度こそ撃たれる可能性もあるから、遭遇は避けるのが無難でありましょう。かなぴぃ。
エルフロードを辿って歩こう。
一体どこに向かっているかは知らないけれど、闇雲に進むよりかは良いと信じて。
――――――――――――――――――――
【エッジビーク】
銀灰色をした、金属のような刃状の外羽根を持つ猛禽。背の高い森や丘などに生息する。羽根だけでなく嘴も槍の穂先のように鋭く頑丈にできているため、全身が凶器と変わりない。単純な速度に関しても飛行する生物の中で上位に位置する。
高速で飛来する金属に近い硬さの刃へ対処することは非常に困難。幸い地上付近にはほとんど降りてこないため、冒険者などが直接遭遇することは少ない。依頼などで狩る必要がある場合は、頑丈な大盾を持った前衛が随伴することが推奨される。
ミスリルに手を出せない段階の熟練軽戦士などが、この鳥の羽根を束ねて作られた装備を代用として扱うことがある。
全身危険な上、金物臭さが取れないらしいため食用としては考えられていない。
どらごん・ふぁんぐ ―お前を喰って進化する― RauD @massi
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