第十三話 緑の迷宮と飛来する弾丸
巨木の森を探検しよう。
とりあえず周囲の状況の把握と、寝床の確保くらいは日が暮れる前にやっておきたいところだね。
虎との戦いでちょっぴり疲れているので、あまり無理しない方向で行きたい。
相変わらず地面は巨木の根っこに覆われてグニャグニャっとしている。深い木々の合間を飛びながら、奥地を目指して進んでみよう。
木々の大きさから受ける圧迫感さえ無視すれば、ここは今のところ静かな森って感じの雰囲気だ。よくわからない虫や植物がそれなりに目に入るけども、あまり派手に存在を主張していない感じ。
そして、耳をすませば微かに上から聞こえてくる謎の鳥の鋭い鳴き声が、完全な静寂とは違うことを教えてくれる。
上を見上げれば、尋常でなく太い枝と葉っぱのかたまりで巨大な天井ができている。分厚すぎて空がほとんど見えない。なのに視界が通じる明るさなのは、ドラゴンの目のおかげなんだろうか?
まだ森の浅い部分だからか、はたまたさっきの虎対狼対ドラゴンの争いで動物たちが逃げたのか、しばらく歩いたけどもピンとくる獲物の気配は近場に見当たらない。見つけたのは、せいぜいが保護色で木に張り付いてた小さなヘビくらいだ。試しに食べてみたら意外とおいしかった。
……無理しない方向で、とか考えた矢先であれだけど。
ちょっと上の方を本格的に探索してみようか。
いやだって気になるんだもん! 明らかに鳥の声がするし、なんというか、いま何も目につかない下より上の方が楽しそうなんだモン! これは仕方ないよね。
というわけで上昇開始。
頭上のでっかい枝の隙間を目指して突入だ。高く高く昇り続けて、その隙間を抜けた先に広がるのは――
何重にも絡み合った緑の壁と、太く大きい枝の床。
空間は意外にも広々としているけれど、壁のように巨木と巨木の枝葉が複雑に組み合わさっていて、まるでとてつもなく大きな曲がりくねった廊下……回廊って言うんだっけ? の、中に居るみたいな気分だ。
しかも、無数に生えた木のすべてが壁だの天井だのを作っているせいか、同じような回廊が無限に重なり合っているように見える。中からだと複雑すぎてワケワカンネェ。
ここまで過密な緑に遮られた環境の中なのに、不思議と中まで太陽の光が届いている。横の葉っぱを手に取って観察してみると、どうやら太陽の光を微妙に透過している不思議な葉っぱらしい。だから下の森の中も、ちょっと薄暗い程度で済んでたのか。
とりあえず、大きめな枝葉の隙間から隣の回廊に抜けられるみたいだ。ちょいと探検しながら上を目指してみようか。
上へと曲がった回廊を歩いていると、隣の回廊越しに、黄色いリスのような小動物一家が通りかかった。かと思えば逆側の回廊でどう見てもネズミっぽいやつが走り去り、上の回廊では、丸っこい小鳥達が落ち着きなくこちらを枝の隙間から眺め回している。
なるほどなあ。小動物系は下の森じゃなくてこっちに居るのか。小さければ枝葉の壁の小さな隙間を楽に通り抜けられるけど、そうでないやつはスムーズに移動できないから、大きい外敵に狙われても自分たちだけが逃げやすいってわけか。
こうしてオレが枝の隙間に引っかかって困ってるようにな!
いやまあ、完全に密室ってわけでもないから、しっかり抜けられそうな穴を選んで進めば問題は無さそうだ。オレみたいに飛べるんなら抜けられそうな場所の選択肢はさらに増える。無理に微妙な隙間を横押ししようとすると、こうやって壁にハマるけど。
細めの枝なら頑張れば破壊できなくはなさそうだけど、労力がものすごく掛かる気がするからやめたほうが無難かなぁ。
ついでに付け加えると、回廊と回廊の間に何も無い空間があったりする。壁に突っ込んだオレの目の前の真下、かなり遠〜くのほうに地上が見えている。土地勘の無いやつが勢いで壁を突破しようとすると、そのまま落下していくってワケだ。ここは地元民にとっては天然の要塞みたいなエリアなんだろな。
むっ、背後の空気が大きく動いた。後ろからなんか近づいて来てる気配があるぞ!
ってやばいやばい早くこの枝の穴から抜け出さないと、むおおおおッバタ足してたら抜けたっ!
穴から後ろにガボッと飛び出て急いで振り向く。すると、やたらと大きなギョロ目をカッ
そいつは血走った目でオレとしばし見つめ合った後、スッと姿勢を戻すと、四つ足になって素早く回廊の壁の隙間を抜けて逃げていった。
……なんだったんだアイツは。
オレより二回り小さいくらいのトカゲだったし、たぶん切られても致命傷にはならなかったとは思うけど……なんとなく卑怯そうなヤツだった。ああいうのも居るらしい。
気を取り直して進もう。小さい動物だけじゃないっぽいし、少し警戒しながら行くぞー。
大きな回廊を歩き、余裕を持って通れそうな天井の隙間を見つけて、飛んで抜けて隣の回廊に入る。また隙間を探して歩いて飛んでを何回か繰り返し……ようやく空が広く見えるくらいの上層に出られた。傾いた太陽が眩しいぜ。
さてさて、頂上からの景色はどんな感じなのかな。
細くなってきた枝と、密度が減った緑が、ここが木のてっぺんあたりだと示している。それでもやっと普通の木と同じくらいのスケールだ。オレもこれくらいでっかくなりたいもんだね。
少し森の奥へと進んだからか、森の外から見えた頂点付近とは様子が違うみたいだ。潮風から遠くなったこの空に、海鳥のような影は一つも見当たらない。代わりに視界を横切るのは――鉛色の影。
金属のような色合いの、タカとかトンビみたいな見た目の鳥たちが、風切り音と共にビュンビュン飛び回っている。時おりカン高い鳴き声をあげているので、下の森で聞こえた鳥の声の正体はコイツらだろう。
大きさはまさにタカとかそのくらいだけど、すんごい速いな。しかもパッと見でなんとなく……強そうな印象を受ける。
茂った木の葉から顔を出すと、メタリックな鳥たちも警戒し始めたみたいだ。広い範囲を飛び回っているまばらな群れ全体が、しきりにこっちへ視線を飛ばしてくる。そのうちの二匹がオレの近くまで距離を詰めてきた。
いいね、制限のない空中戦は何気に初めてだ。やってみようか――うぇっ!?
ただでさえ速い金属鳥が、加速してオレの胴体目掛けて頭から突っ込んできた。ギリギリでクチバシを避けることができたはずだけど――脇腹が薄く切れている。
なにで切られたのか、って言ったら、あの硬そうな輝きを放つ羽根くらいしか考えられない。見た目の印象通りに、刃物みたいな切れ味の羽根を生やしているみたいだ。
クチバシから突撃してきた以上はクチバシも硬いんだろうし、とんでもない鳥だ。しかも銃弾みたいに速いときた。
入れ替わるように突撃してきたもう一匹の刃を大きく避けるが、しかし大きく動いたせいで、このままだと最初の鳥の再攻撃が避けきれない。……南無さん!
体を捻りながら、相手の翼に咄嗟にぶつけた足の爪で刃を滑らせることで、辛くも直撃は避けることができた。南無さんが誰か知らないけど祈っといて良かった。
でもすぐにまたもう一匹の鳥が来る。反転が速すぎる。
守ってるだけじゃ勝てない。それなら、生憎オレは目が良いみたいなんだ。もう一度やってみるか!
相手の正面に向き合い、あえて突撃を待ってからの――白刃取りッ!
クチバシが刺さるギリギリで胴体を掴めたぜ。羽根のせいで手が切れて痛いけど――確実に頭から噛みつける。
――バクッ!
それと同時に、背中に突き刺さる激痛。
予想してたよりずっと次の突撃が速かった。仲間が掴まれたから、助けるために加速したんだろうか。
掴んだ鳥は仕留めることができたけど――右の翼膜の端っこが、二つに裂かれたティッシュみたいになってる。咄嗟に背中をひねったものの、かわせる速度じゃなかった。
しかも、仲間が一匹食われたせいか、離れた距離で様子を見ていた他の鳥まで怒って、一斉に動き始めたみたいだ。かなーりマズい。今逃げないと死ぬかも。
逃げるならあっちだ。枝葉の回廊。早くしないとまた近くの鳥が攻撃してくるぞ。
裂かれて血をばら撒く翼をなんとか動かし、落ちるように一番近い回廊の隙間に突入する。――なんとかケツを切り裂かれる前に入れたみたいだ。
回廊の中までは追って来る様子が無い。鳥が自由に飛び回れないこの場所に逃げ込んだのは正解だったらしい。
……ふー、まずは一安心かぁ。
翼を裂かれてしまったけど、端っこの方だけで助かった。まだなんとか飛べそうな範囲だし、何日かあればしっかり治りそうだ。
……おっと、仕留めた鳥さんを両手に抱えたまんまだったのを忘れていたよ。逃げるのに必死だったけどよく手放さなかったオレ。食い意地に感謝。
では傷を治すためにもイタダキマス!
――バクッ! ぎゅりぎゅり……。
んんー硬い! カニよりよっぽど硬いよこの鳥! 食感がなんかぎゅりぎゅりしてる!
今まで食べた中でもトップクラスに硬い。ボス狼の剣角と良い勝負だ。とくにクチバシと羽根が、針金の束を噛んでるみたいな気分にさせられる。味も鉄分って感じでいかにも不毛。
あっ、でも鳥肉部分は悪くないかも……。金物臭さを超えた先には、ちゃんと鳥っぽいジューシーさも待っていた。地鶏的な、親子丼とかにしたいタイプの味わい。
でもこの味のために狩るのはワリに合わないかもですねぇ!
ついでに、飛行能力と、キバとかウロコとかがそれとなく強化された気がする。全身がオレのキバくらい頑丈になってくれたら無敵なのにな。
しかし今までは風の防御で色々となんとかなってたけど……金属鳥の突撃にはまるで風の効果が無かった。それだけあの突撃は威力が高かったんだと思う。
……今回は調子に乗ってヤンチャしすぎたかぁ。虎に勝ってテンション上がってたし、仕方ないよネ。痛いしもうすぐ日も暮れるし、大人しく寝て少しでも傷を治そう、そうしよう……。
痛みを余計な思考で誤魔化しつつ、回廊の適当な平たい空間を選んで、さっさと寝ることにしたのだった。
――すぐに目を覚ますことになる。
――――――――――――――――――――
【スラッシュタイガー】
深い森林に生息する迷彩柄の虎。虎にしては小柄だが、体格に比べて長い手足が特徴。濃い迷彩柄の毛で森林に溶け込むためか、別名「フォレストタイガー」とも呼ばれる。
手足の先に頑丈な爪を持ち、これを活用することで起伏の激しい地形や樹木をものともしない素早い移動を可能にしている。優れた筋力と合わさって、木を垂直に歩いて登ることができるほど踏破性に優れている。
基本的に群れで行動するが、数自体は少数であることが多い。また気まぐれな気質のようで、中には単独で行動する個体もいる。
縄張りが被りやすいサベージウルフと頻繁に争っている姿が目撃される。
特定の深い森では遭遇しやすい上、単体でも生半可な新人冒険者では太刀打ちできないほど強いので、冒険者の登竜門として扱われる地域もある。
主に活用されるのは毛皮で、森林用の迷彩装備として需要がある。
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