二章 エルフってなに? 編

第十二話 樹海の来訪者

 

 ――飛ぶ。


 ――海を越えて、未知の大地を目指す。


 ――雄大な木々と、その上を舞い踊る名前も知らない鳥たちの輪郭が徐々に大きくなってきた。




 おー、この辺は鳥が普通に飛んでて……なんかちょっと感動だ。近めの鳥は慌ててオレから離れていこうとするけど、そんな速さじゃ食べちゃうぞぉ〜。


 逃げ遅れたカモメみたいな鳥をたまにパクッとしながら海上を進む。うーん味は塩っぽい鳥肉で悪くない感じ、飛ぶのも得意になりそうで尚良い感じだ。もう来た甲斐があったと思えてくるね! 


 しかし陸が近くなればなるほど、見間違いかと思いたくなるくらい……生えてる木のサイズ感がおかしい気がするなぁ。

 手前の海あたりに生えてるマングローブ地帯はまだ良い。いやこのマングローブっぽいのでも下手したら二十メートルはありそうな立派なサイズなんだけど、その奥の森がおかしい。オレの目が狂ってなければ、最低でも五十メートルは下らないはずだ。一番高い木はいったいどれほどの大きさなのか。何が住んでいるんだろうか。環境の変化に武者震いが止まらないぜ。


 まずはどこから攻めるべきか? 

 半ば海と同化している、海辺の陸地はマングローブの根っこまみれで、歩くにも飛ぶにも面倒くさそうだ。かと言ってマングローブの上には目ぼしい獲物は今のところ見当たらない、せいぜい小鳥が平和そうに飛んでるくらいだ。オレのグルメセンサーにはいまいち反応しない。


 というわけで、それならここは第三の選択肢だ。マングローブ林の合間に流れる川ッ! こいつを辿って、奥のジャンボすぎる森を目指してみよう。これならマングローブ地帯を中から見れるし、素早く移動もできて、ディナーにふさわしい獲物が居そうな奥地へとスムーズに到着できそうだ。観光と実利を兼ねた素晴らしい案ではないかね。


 方針が決まったところで、いよいよ陸地に手が届きそうな距離へと迫ってきた。

 何本もの穏やかに流れる川に沿って、でかマングローブが川を縁取るように生えている。その川のうちの広めな一本を選んで進入し、空中から川をのぼっていく。


 新たな土地で見る、初めての景色だ。


 大きな伏せた籠みたいなマングローブの根っこの上から水面を覗き込んでいた鳥が、水中からジャンプしてきた牙の大きい魚に食いつかれて落ちた。

 小鳥が輪になってくるくると飛び回りながら木の表面をついばみ、泥混じりの砂っぽい陸地に生えた紫の花の周りには、青い蝶がひらひらと漂っている。

 浅瀬や陸に高く張り巡らされた根っこの隙間に落ちた暗がりで、それなりのサイズの青いカニたちが身を寄せ合い潜んで砂を掻いている。


 川の上から見える部分だけでも、多彩な生き物が棲んでいるのが見て取れる。……魚に噛みつかれたくないからもうちょい高く飛んどこ。

 あのカニもかなり気になるけど、ここの砂は突っ込んだら泥まみれになりそうだからちょっと悩みどころだ。水で泥を洗おうにも、あの牙魚がいる川に入って洗う度胸がねぇ! 

 ……今は見逃そう。いずれまた食べに来たい所存。


 この土地の生態系を横目に見ながら飛び続けると、そのうち泥混じりの砂地に土が混ざり、やがて硬そうな地面になってきたところでマングローブが無くなり――それよりもさらに大きな、大きすぎる木に変わった。

 巨木の森だ。


 でっけぇ〜。

 あの島の木は、最大でもたぶんここの木の半分も高さが無いくらいだったのに……デカすぎてよくわかんないけど、ここはやっぱり低くても五十メートルはあるはずだ。しかも幹まで太すぎる。オレが十匹くらい並んで手を繋いで、ようやく手が一周回るかってくらい太い。それが途中で枝分かれしたり軽くねじれたりしながら、どれもが空へ向かって巨体を伸ばしている。そして枝も葉っぱもドカンと広がる。そんな木で構成された森だ。

 木々がでかすぎて逆に隙間ができてるのは新鮮すぎるね。ぶっとくてガッシリした根っこが地面を好き勝手に走っているせいか、地面の大部分がぐにゃぐにゃと波うっていて微妙に歩きにくそうだ。


 川の上を進みながら周辺を観察していると、早速、水辺で争う集団を見つけた。


 手前のあの後ろ姿は……普通に狼だなぁ。島から近いし、ここにも狼が居るのは当たり前かもだけど、知ってる顔でちょっとガッカリだぞ。

 狼が六匹と……あれ、奥のは狼じゃないな。四足だけど、柄も大きさも違う。……いや虎じゃん! あれ虎だよ! 虎にしては小さめな気がするけど、虎がこんなとこにいるとは思わないじゃん! 


 濃い森色の迷彩柄の、手足が妙に長く見える三匹の虎が、狼の集団と争っているみたいだ。お互いにまだ傷は浅そうだけど、虎側が優勢な気がする。数が少ないのにやる・・みたいだ。


 と、川の上からじっくり観察していたら狼側に気づかれたようで、目に見えて狼の群れに動揺が走った。

 まぁいつの間にか川にオレ、森側に虎で挟まれてたらそりゃあびっくりするよね。オレもドラゴンと虎に囲まれたら嫌だもん。

 さすがに無理だと思ったのか、狼たちは慌ててスタコラと逃げていった。あばよっ。


 残ったのはオレと、三匹の虎。

 虎も狼を追ったりせず、オレを警戒するように姿勢を低く構えたままだ。煙のような虎の髭だけが揺れている。


 ……よぉし、ここでの最初のチャレンジは虎狩りか。やったるぜ。


 相手の出方を窺うように、静かに川辺へ向かって飛行する。

 虎たちにまだ動きは無い。森に入ってくるのを待っているみたいだな。……オレも攻撃が届かない川の上で待ってても仕方ないし、誘いに乗ってみるか? 


 川辺から森の浅い部分へと入り、さらに奥へとじわじわ進む。


 大した距離を進んだわけでもないのに、ヒリつくような緊張感が加速度的に増していく。

 まだ虎たちは動かない。オレにとってもまだ射程距離外だ。


 ゆっくりと進んでいき――ここだ。


 急加速して右ツメを振るう。咄嗟に飛び退いた標的の虎は予想外の速度に避けきれず、片目を切り裂かれ、同時に残りの二匹が背後に回り込みながら飛びかかり爪で強襲してくる。

 背後からの爪は風を纏った翼で防御して被害を軽減する。翼の表面を薄く切られたけど、これくらいなら軽いぜ。

 後ろの虎たちは風に押し返されたことに不思議そうな顔を浮かべ、その間にオレは左目をやった虎に追撃する。右ツメ、噛みつき、左ツメ、尻尾打ち、噛みつき――片目の虎はかすりながらも器用に直撃は避けていく。避けるので精一杯なのか反撃はしてこないけど、虎の反射神経が良すぎて困る。

 時間を稼がれすぎたし、残りの仲間が黙っちゃいないな。そろそろ来るかも。


 気を取り直したらしい二匹の虎は、おもむろに近くの巨木へと走り、跳んだ。

 巨木の幹の側面で体を縮め、全身をバネにして撃ち出す――三角跳びの亜種だ。


 うおおい! お前らもそれ使うのかよ! 森の生き物たちの間で流行ってんのそれ⁈

 狼を超える速度で飛来しながら爪を振り抜く虎を、驚きながらもかろうじて避ける。似たような動きは狼で散々見てるし、そうそう当たらんわい! 


 続けて二匹目の虎が跳び、木の側面で構えた。

 同じ手で来るならもうオレの勝ちだ。複雑な軌道で動く狼を何度も仕留めたオレが、そんな直線の動きに対処できないわけないだろ! 


 虎の体の動きを見て、足を伸ばしたタイミングに合わせて打ち下ろすように両ツメを振る。ここだ――!


 ……あれ? 当たった感触が無い。

 視界に映る木の側面には、未だに虎が張り付いている。足を伸ばし切った状態で、足の爪を木に食い込ませて無理やり張り付いているみたいだ。

 つまりこれは――フェイント?


 ツメを全力で振り切った状態の間抜けな隙を晒したオレに、改めて木の側面を蹴った虎が襲いかかる。

 その速度自体はさっきよりもずっと遅かったものの、体勢を立て直せなかったオレが防御に使った左腕と、カバーしきれなかった顎に虎爪が入った。

 間髪入れず残りの二匹がオレの足に噛みつこうと跳んでくるが、こっちは上昇することでなんとか避けることができた。もう少しだけ上昇して、ここは仕切り直しに持ち込む。


 ……いてぇ。左腕と顎の表面をザックリやられちった。顎の骨が頑丈じゃなかったら、もっと悲惨なことになっていたはずだ。丈夫に生まれたことに感謝感謝だぜ。

 この虎たちは思ったよりずっと戦うのが上手いみたいだ、初めてフェイントとか使われた気がする。オレも見習っていかなきゃな……。そのためにも、まずはここで勝利しないといけない。ちょっとだけ考えてみよう。

 森にしては空間が広いけど、横にエアダッシュするには少し手狭で、場所を選ぶ必要がある。でもあの島の森と違って、森の中でも斜め下とかにエアダッシュする分にはイケそうなくらいの広さはある。特に天井が高いから、真下に急降下したり真上に急上昇したりは問題なくできそうだ。やってみるか。


 オレがなかなか降りてこなくてイライラし始めてそうな虎を煽るような感じで、アホみたいにバタ足しながら、釣りエサを垂らすようにゆっくり降りてみる。ほれほ〜れ。

 すると一匹の虎がまた木の幹に跳んで張り付いた。よしきた、フェイントでも本命でも構わない、真上に向かって急上昇! 


 虎がオレの元いた空間に発射されたけど、そこにオレはもう居ない。空中での一瞬のすれ違い。

 強い脚力で撃ち出された虎は、本来なら追いつける生き物なんてそういないだろう速度ですっ飛んでいるけど、こっちは空が得意なドラゴンだ。

 エアダッシュで急加速して、まだ着地する前の虎に後ろから空中で追いつき、その背中にキックをぶち込んで地面に叩きつける。動きの止まった虎へともう一度急加速して組み付き、首に噛みついて素早くトドメを刺す。ようしまずは一匹!


 急いでふり返ると、一匹の虎は近くの木に張り付き、もう一匹の片目の虎は地上で低く構えている状況だった。何か連携しようとしていたみたいだけど、予想外の速度で仲間がやられて予定が崩れたって感じだな! 

 木に張り付いた虎へと飛んで接近する。木に爪を突き立てて止まってるってことは、地上みたいに細かく動けないってことだ。フェイント目的とかでそのまま動かないなら、空中から好き放題させてもらうぜ。

 接近された虎が慌てて木から爪を外して、変な体勢でオレを迎撃しようとする、が、そんなんじゃあどうにもならない。高所でワタワタする虎の横から噛みついておしまいだ。ラッキーなことにもう二匹目終わり! 


 残りは手負いの虎だけだ。

 思ったより上手くいって助かった、やっぱり戦う場所と戦い方を選べば、それだけ有利になるってことなんだな。

 空中戦でドラゴンに勝てる相手なんてそれこそ鳥くらいでしょ、きっと。


 片目の虎は、相変わらず低い姿勢を保ちながらもジリジリと下がっている。

 なんだかんだで、オレとしてもそうやって地上で構えられた方が困るかもしれない。地上の虎の方が明らかに小回りが効いてるし、最初から三匹がかりで回避と反撃を徹底されたら、もっと傷が増えていたのは間違い無いと思う。

 虎の方も、オレの飛行能力を知らなかったから空中戦に踏み切ったんだろうけどね。普通ならあのスピードで飛来する虎に対処なんてできないはずだ。


 最後の虎も油断せずに仕留めにかかろう。たぶん地上の虎の方が危険だ。

 潰れた視界へ回り込むように、飛びながら右回りに動いて隙を待つ。勝負を焦る必要はない。

 巨木の根っこでデコボコした地面を、見えない視界を抱えて歩き続けるのはどう見ても難しいんじゃないかい? 

 ぐるぐる回って追い込んで……大きな根っこに突っかかって姿勢が崩れた瞬間、上から両手を叩きつけて動きを止め、噛みつく。


「ガァ……ォ……」


 ……よし、虎狩りチャレンジ達成だ。

 虎よりも強くなれたっていうのは、なんだか感慨深いものがあるねぇ。でも目指すはもっともっと高いところだ。

 何はともあれ、食事の時間にしよう。


 ――バクッ! ムシャムシャ。


 ……ほほう、獣の力強さを感じる強い肉の味の中に、ハーブのような爽やかさをも纏っている、新感覚・森グルメ……! 結構なお手前で。

 そしてなんとなく、主に脚力とツメが強くなったような感触だ。感覚もちょっと鋭くなりそうな気がする。しっかりビビッときたし、進化への期待も高まる良い一食だったね。


 ペロリと三匹やっつけたところで、今日一日は満足できそうなくらい腹持ちが良くなった。幸先いいよー。

 巨木の森の探索はまだ始まったばかり、さっきの虎より大物なヤツとかもどこかに居るんだろうか。

 このスケールがでかすぎる森なら、何が出てきてもおかしく無いと思えてしまいそうだ。


 目の前には未知の大自然が広がっている。俄然ワクワクしてきたぜ!

 

 

 

 

―――――――――――――――――――― 

【マッド・シザー】

 主に泥地を好む蟹の一種で、水質で色が変わる平たい甲殻と異様に長い右爪が特徴。生息する環境と栄養状態によって大幅にサイズが変動する。カルの漁村にあった、漁師が仕留めたという横幅七メートルもある青い甲殻の持ち主が今まで見た中で最大。


 普段は泥中の死骸などを食べているが、自分より小さい手頃な獲物を見つけた場合は泥の中から奇襲して襲いかかる。

 また、食欲旺盛かつマッド・シザーを標的としていない肉食魚などと協働して狩りを行う場合もある。

 

 味も環境によって大きく変化するが、大抵は海辺の個体のほうが美味。茹でると良い出汁が出る。

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