図鑑Ⅰ とあるエルフの冒険

 

「……」


 船上の退屈を紛らわすために紙束を手に取り、おもむろに開いた。

 この紙束には文字と、簡単な絵がいくつも描かれている。




§




図鑑 空龍の楽園


第一項目:生物


【ナーラビット】

 世界各地の森で見られる、五センチほどもある大きな前歯が特徴的な、薄緑色のずんぐりとしたウサギ。

 生息地によってサイズや体毛の長さや毛の色、習性などに差異が見られるものの、一メートルを超える個体は居ない。一般的には三〇センチ程度。

 

 大きな前歯を使って硬い木の実や果物などを、種があってもお構いなしに削り取るように食べる。なんなら種だけでもそのまま削って食べたりもする。

 その食性から、森林がジャングル化するのを防ぐ性質があるようだ。

 

 外敵と遭遇すると大抵は逃走を図るが、逃げられないと判断した場合はその大きな前歯と体格に見合わない脚力を活かして果敢に立ち向かう。

 


【デミレッサーワイバーン】

 高地や深い森などで見られる、翼つきのトカゲのような動物。通称トカゲコウモリ。体は細く小さく、対照的に翼手が非常に大きい。体長は五十センチ程度におさまるが、翼幅は一メートルを越える。 

 樹上や大きな岩場などを拠点に巣を作って活動し、主に虫を捕食する。

 

 群れを作ることもあるが、広く散って食料になる虫を効率よく探すため、番であっても狩りは単独で行うことが多い。

 夕方から明け方まで活動するタイプの夜行性であり、昼間はどの季節でも巣でおとなしくしていることがほとんどようだ。

 

 名前が付け足し感甚だしい通り、レッサーワイバーンとワイバーンも存在する。

 というより、見た目がワイバーンに似ていたため、とりあえずワイバーンの一種だとして扱われたあとに、翼竜に比べてあまりにも弱々しい生態を考慮してどんどん名前も弱くされていった経緯がある。

 


【サベージウルフ】

 世界各地の森や草原など広い地域で見られる中型の狼。森に生息する個体は別名「フォレストウルフ」とも呼ばれる。木陰に潜むためか、暗くて茶色っぽい毛の色をしている。

 前足の側面に、骨が変化した短剣のようなブレードを持ち、爪自体も鋭く長い。

 

 家畜化されていない野生の狼なので非常に獰猛。群れを維持するために積極的に獲物を狩る。

 主にナーラビットなどの小型~中型の生き物を狙うが、群れの状態が良ければ、より大型の相手も狙うことがある。

 

 基本的に最低でも五匹程度の群れを作る。前に二、背後に三の割合で密かに獲物に忍び寄り、囲んでは獲物の死角からすれ違いざまに切り裂き、追い込む習性を持つ。とどめを刺すときは一斉に噛みつき爪を突き立てる。

 

 群れの特に若い個体に経験を積ませるために、小型の動物を単独〜少数で狩ってこさせる風習がある。その場合、群れの年長グループが事前に狩り場を検分し、大きな脅威が見られなかった地域へ送り出すようだ。

 


【ブラック・ロックベア】

 森林および森林に隣接する岩場や山で活動する、体長三メートル程度の真っ黒い熊。熊にしてはやや細身で手足が長く、筋肉質。生息地が大型化にあまり適していない関係からか、三メートル以上に成長することはほぼない。

 

 その体形と筋肉のおかげか、足場の悪い地形でも機動力に富み、視界の通りにくい環境に適応したためか聴覚も優れている。反面、視力はやや弱いようだ。

 

 長い手足を使った格闘戦が得意で、爪を揃えた手で槍のように突き出す通称「ブラックスピア」と呼ばれる技が冒険者たちに恐れられている。

 

 雑食でいろいろなものを食べるが、好物は森の果物に淡水魚、それと岩場に住む大型の蛇であるホワイト・スネーク。

 

 基本的には森林に寝床を作り生活するが、好物の蛇を食べるために岩場にも頻繁に進出することと、大陸中央付近に位置するロックスミスの街近辺で遭遇することが特に多いことからロックベアという名前がついたようだ。

 


【バッザークラブ】

 砂浜に巣穴を作って根を張るように住み着く、横幅六十センチから一メートルほどになる丸っこくて赤い蟹。砂中の食料を食べやすいようにか、爪が細長く蟹の中では器用な動きができ、鋭利で切れ味も良い。

 

 普段は巣穴の中で砂に含まれる有機物を濾し取って食べていることがほとんど。

巣穴の前を何らかの獲物が通りかかると、鋭い爪を突き出して捕食しようとする。

 

 海沿いの国ではこの蟹を狩る専門の冒険者も存在する。

 長い槍と長い棒を持ち、砂浜に空いた穴を棒で突っついて蟹に掴ませ、引っ張り出してから口の中を長槍で貫いて仕留める姿は海辺の名物になっている。

 

 味もそこそこ美味でとりあえず茹でれば食べられるので、海辺の食料として親しまれている。

 胴体は殻を採取して、盾や鎧の一部などに加工されることが多い。



【スタッグガーランド】

 豊かな植生に加えて、過密すぎない密度の森林に生息する大型の鹿。通称「森鹿」。最大サイズは角を含めて高さ二メートル五十センチほどで、首周りに美しい白の斑点があるのが特徴。

 巨大な鈍器のような角と、太く発達した脚の大きな蹄による一撃は同サイズの肉食獣すら蹴散らす威力を持つ。

 

 まず衝撃力の高い角で相手の姿勢を崩し、すぐさま身を翻して強烈な後ろ蹴りを叩き込む必殺の連携を行うことで知られている。

 

 草食であり、餌場を荒らされたり襲われたりしない限りは穏やかにすごしていることがほとんど。一転して脅威が近づくと、縄張りや仲間を守るため率先して立ち向かう。



【クルトン】

 背中が鎧のような鱗で覆われた豚のような生き物。キノコを好み、キノコを食べるために主にじめっとした森に生息している。嗅覚に優れ、キノコを探すのが得意。


 敵に遭遇すると素早く丸まり防御する。その鱗の鎧は下手な獣の爪牙など受け付けないほど硬く、また、相手のサイズや強さを判断して、逃げることができそうなら、丸まったまま転がって体当たりを仕掛けつつ逃走を図る。この体当たりはサベージウルフくらいなら軽く突き飛ばして逃げられる程度には威力がある。


 相手が自分より明らかに強そうな場合は丸まったままひたすら耐え続け、相手が諦めるのを待つ。防御力のおかげで助かることもあるが、そのまま食べられてしまうことが多い。



【バリー】

 退化した飛べない翼を持つ、赤褐色でフサフサとした羽根を豊富に生やした地上を走る鳥。成体は三メートル前後の大きさで、太い足を使って普段はのんびりと動く。

 雑食でそのへんの雑草すら食べ、ガンガン食ってガンガン増えるタイプの生態をしている。その数とサイズをもって周辺の縄張りを形成し、餌がなくなると群れごと移動する。


 敵に対してはその体の重量を生かしたダッシュ蹴りを行う。破壊力が高い上、群れごと広がって攻撃するので範囲も広い。


 天敵は飛んでいる大型の肉食生物全般。そしてその大きさと数のせいで強力な外敵を呼び寄せ狙われやすいため、頻繁に増えたり減ったりする。


 一部の国では騎乗用として家畜化されている。



【シルバーテール】

 木の上で生活する、尻尾の長い小柄な白い猿。平均で体高三十センチほどの大きさで、主に果物や木の実などの植物を食べる。か弱く、臆病な猿で、外敵に遭遇しても基本的に逃げることを選択する。


 獣としては非常に賢く、時には取引ができそうな相手に果物などを渡して、見逃してもらおうとすることも。また、手先も器用なので、ちょっとした編み物くらいならやってみせるほど賢い。

 緊急時の囮としても使うため、常に尻尾で何らかの果物や木の実を掴んで持ち歩き行動していることが多い。


 空龍スカイドラゴンの楽園と呼ばれている島にもシルバーテールが生息している。

 ドラゴンたちの計画的な島内管理の結果、通常は存在しているはずの樹上の脅威が一切存在しなくなったため、シルバーテールにとっても島は楽園となった。

 空龍スカイドラゴンのおかげで天敵が居ないと理解しているので、シルバーテールたちは代々、空龍スカイドラゴンを深く敬い、感謝することを受け継いで暮らしている。



 ……




第二項目:ランドマーク


【龍の森】

 広大な森林とそれに隣り合う完全停止した旧火山、そして山でろ過された豊富な湧き水などでできた川で構成されている森林地帯。


 とても肥沃な土地であり、捕食者の視点で見れば、溢れるほどの食料が見つかる理想的な環境。

 とはいえ巨大な島ではないため、超大型の生き物が棲むには向いていない。


 エリアによって植生が異なるためか、生き物の分布もエリアごとに異なる。

 例としては、南西の木々がほどよくバラけていて風通しの良いエリアには主にサベージウルフ、北東のやや樹木が過密でじめっとしたエリアは主にクルトンやシルバーテール、など。


 山の麓周辺は空龍スカイドラゴンを恐れてか、中型以上の生き物はほとんど近寄ろうとしないようだ。 



【楽園の龍山】

 空龍スカイドラゴンの楽園に存在する、空龍スカイドラゴンたちの生活拠点。大きくそびえ立つ、既に活動していない死火山は空龍スカイドラゴンたちの手によって住みやすいように徹底的に改造されている。


  巣穴が好んで作られる斜面はドラゴンたちの圧倒的なパワーで削られ、獣が登って来られないほどのもはや岩壁とでも言うべき急斜面となっており、さらに飛び立つ上で邪魔な植物が生えてこないように表面は丹念に焼き固められている。山の上部にはいくつもの平らな台地が造成され、空龍スカイドラゴンたちの憩いの場となっていた。満月の晩には、頂上に集まって月見を楽しむ習慣があったという。



【龍爪川】

 森の合間を流れる川。枝分かれするように複数の細い支流ができており、そのうちの一本が龍の泉と呼ばれる池まで繋がっている。


 川には淡水魚が棲み、それを狙ったブラック・ロックベアが頻繁に訪れる。

 また、成長した空龍スカイドラゴンの子供が、狩りの練習としてロックベアを追い回している光景もここ周辺に張り込んでいれば稀に見られる。 後方で見守る親からは、子龍の良い練習相手として認識されているようだ。



【龍の泉】

 ドラゴンが水浴びしに一日一度はやってくるホットスポット。近づく場合は十分に注意されたし。

 空龍スカイドラゴンが主に食べているバリーが生息する草原のほど近くという立地もあり、狩りの行き帰りついでに寄っていけるため空龍スカイドラゴンたちに重宝されている。



【龍の皿】

 島の北西に広がる大きな草原地帯。主にバリーたちが複数の群れで生息している。

 島のドラゴンはここのバリーを主食にしており、年長のバリーから順番に選ばれ連れて行かれるようだ。


 主食の数が減りすぎたら、島の外へひとっ飛びして、別の獲物を持って帰って来る様子も見られた。



【龍尾の砂浜】

 島の最北西付近にある砂浜。一年に一度の大潮のときだけ、潮が引くことで隣に存在する大陸の端っこと地続きになる。島への侵入手段はこの道を歩くか、空路か海路を使うしかない。

 ここに限らず、島の砂浜にはバッザークラブが住み着いているので、砂上を歩くときは特に足元に気をつけること。


 空からの大型の生き物はほとんどが空龍を恐れて近寄らず、海からの生き物がたまに川を遡上することはあっても、あまり広くない川なので巨大種などにはまず適さない。そして大潮の日に島へ渡ってくる新人が居たとしても、この砂浜の先にある草原に生息するバリーの群れに阻まれるため、この島の環境は大きく変化することなく非常に安定した状態に置かれている。



【大陸を臨む岬】

 ガラテア大陸が見える岬。隣の崖下に龍尾の砂浜がある。


 岬自体が小高くなっていて視界を遮るものが無いので、周辺の海や飛んでいるドラゴンなどがよく見える。ドラゴンに連れ去られている最中のバリーもよく見える。



 ……




第三項目:植物


【スリード】

 楕円に近い形の巨大な桃色の果実が生る、つる性植物。

 発芽すると周囲の樹木につるを絡みつかせて栄養を吸収する。そのためか、日の届かない深い森林などでもしぶとく生き残り成育する。

 

 春には吸い取った栄養をふんだんに使い、一気に果実を形成する。未熟な状態のままの種が食われるのを嫌ったのか、その成長の速さは果実ができ始めてからたった一日で完成するほど。

 美味なためか、果実食の生き物の間で競争が起こりやすい。



【ブラッドベリー】

 微量の毒を含む赤い実をふんだんにつける、大きくても二メートル程度に収まる低木。大量に実が生るが、毒の影響で虫が食べずに残りやすい。

 

 この毒は小さい虫や小動物にとっては致命的なものになるものの、人間種くらいの大きさがあれば数粒食べれば体が短時間、ほんの少し麻痺する程度の強さなので一応食用可能。とはいえ特別味に優れているわけではない。


 主にこの毒が全く効かないスタッグガーランドが食べまくって消費し、その巨体の維持に役立てている。



【リム】

 一般的なヒューマンの身長より低いサイズの幹から、重力に逆らうように上へと枝を伸ばしていく低木の一種。その枝から短く曲がった棒状の果実を空へ向けて実らせる。一説によると、鳥が食べやすいように上へ上へと向けていると言われている。


 果実は甘味として良好な味。硬い種が数粒混ざっているので、食べるときは強く噛まないように注意が必要。



 ……




 (たまたま拾った冒険者ギルド会報誌の内容をメモってみた、と注釈が書かれている。)

【魔物とは ギルド会報誌】

 人間種以外で魔力の扱いを理解し、何らかの魔法を行使することができる生き物のことを魔物と呼ぶ。冒険者のスラングで化け物モンスターと呼ばれることもある。

 魔物となった生物は環境などに合わせて、進化とも言えるほどの変化を遂げることが多い。例としては身体の大型化や真逆の小型化、角や棘などの形成、部位の強化、など。

 また、使う魔法に関しては種族ごとに明確に向き・不向きがあるらしく、過去に魔物化が確認された同じ系統の種族は、過去の例と同様の魔法を使うことがほとんどのようだ。

 

 大抵は長く生きた賢い魔物が、何かの拍子に突然、魔力とはどういうものかを理解して魔法に目覚めるパターンが多いと言われている。とはいえ魔物の発生自体が非常にまれ。

 極一部の種族は、生まれながらにすべての個体が魔物となることが知られている。代表的な例はドラゴン種全般。


 魔物となった生き物はより上質な魔力を求め、他の魔物へと引き寄せられ食い合う性質を持っている。そのため、ただでさえ少ない魔物がさらに減っているので、冒険者などが魔物と遭遇することはあまりない。

 運良く、または運悪く遭遇してしまった場合は、諦めて各ギルドの規定に則り、可能なら情報を持ち帰ることを優先し、生命を保護するための行動を取ることが推奨されている。




§




 ――……ふぅ。


 あの島……『空龍の楽園』で俺が書いた図鑑はこんなのだったな。久々に読み返したけど、やっぱりあそこは俺にとって特別だ。


 空龍スカイドラゴン達は元気にしてるんだろうか。思い出したら、あの空を自由に舞う雄大な姿を見たから、俺も自由に世界中を飛び回ること夢見て憧れたんだったか。まぁ、ただのエルフにゃ空を飛ぶことはできなかったわけだが。


 楽園の近くにある故郷にも、もう二十年くらい帰ってないのか。思い出したら懐かしくなってきたな。でもまだ帰るわけにはいかない、俺が老いを感じずに動ける時間は恐らくもう長くない……少なくとも、世界を完全に解き明かすにはまるで足りない。

 何か大きな、時代の節目みたいな出来事に立ち会えたら一回くらいは帰る気にもなるかもしれない。そん時は親父達に自慢してやろう。


 さて、海の中心には何があるのかな? 大海原に出て今は何日目だったか……親父の知識通りなら海しかないんだろうけど、こういう特別なロケーションには何かあるもんだろ。俺はこういうの・・・・・には詳しいのさ。

 本当は海の底も冒険してみたかったんだけどなぁ。脆弱な人間種の身が恨めしくなるぜ……いや、風魔法と水魔法と長命を親に貰えただけで十分すぎるか。少なくとも隠密と操船に長けた風魔法と、サバイバル用の水魔法が無ければ今までの無茶な冒険はできなかった。親に感謝だな。


 暇だし海上から見えたものでも図鑑に纏めるか。他人が読むことを想定してない自分用の図鑑だし、引き続き俺にしかわからない表現が入っても別にいいよな。里の仲間に見せるときは、適当に都会の表現とか言って誤魔化しとけばいいだろ。


 おー、相変わらずリヴァイアサンは色んなとこで見るなあー――……

 

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