第十一話 楽園出発


 あの戦いから翌日。


 変わらず歓迎してくれた猿たちの棲み家にまたお邪魔させてもらい、ゆっくりと寝て過ごすことができた。でも傷はまだ治りきっていないし、何日かはあんまり無茶せずに過ごしたいなぁ。


 さて、何はともあれ、ミニ猿たちにどうにかして恩返しはやっておきたいところ。戦いに巻き込んでしまったことも含めて、とりあえずお詫びを兼ねて色々探して渡してみよう。


 まずは軽く木の上のほうを飛び回って探索するか、と飛び出して、速攻で視界に入ってしまったトカゲコウモリを仕留め、そのまま持って帰ってきてみた。


 さぁどうだいお猿さん! 新鮮なよくわからないナマモノだよ! 

 両手を揃えて差し出したトカゲコウモリは、集まって食事中だった何匹かの猿たちに渋い顔で遠慮されてしまった。ノーサンキューって感じだ。……そういえば猿たちは果物とか、木の実なんかの植物系しか食べてないっぽいな。肉はダメかー。


 食事の様子を観察したところ、キノコなどもたまに食べているみたいだ。あとなんか葉っぱも食べてる。葉っぱはそのへんに生えてるから良いとして、キノコはちょっと意外だったな。猿の食料庫になってる隣の木の穴を覗くと、カラフルなラインナップの中に確かにキノコが混ざっている。次は果物や木の実と一緒にちょっと探してみっか。

 

 ……近場をしばらく探してみたところ、なんも見つからなかった。探すのが下手すぎる。

 もしかしたらこの辺は猿たちが回収済みなのかもしれないな。まだ気分的に激戦の直後で疲れ気味だから、遠出は明日にしよう。

 この日は自分で獲ったトカゲコウモリと、猿たちに分けてもらった木の実で食事を済ませて寝た。




 次の日。上空から見て、いかにも色んなものが生えてそうな森の深そうな部分を目指す。


 ちなみに山から見て湖を正面とした場合、オレが世話になっている猿の大木は湖から右に行った場所にある。

 今回の目的地はさらに右奥の未探索エリアになる。オレが産まれた直後に探索していたあたりは主に左側寄りで、もっと左奥の未探索だったとこがボス狼の縄張りだったと思われる。ちなみにダチョウっぽいのが居た草原は湖をまっすぐ越えた先だ。


 飛んで降りてとうちゃーく。ここは今までの森と違って、湿った感じのちょっと暗めの森だ。木が他のとこより密集気味なせいかな? ここなら今までとは違った森の食料が見つかりそうだ。


 適当に歩くと、キノコに齧りついている豚アルマジロを発見した。……ああ、キノコだしね。まぁ居てもおかしくないよね、明らかにキノコ好きの代表だし。


 手早く自分の食事を済ませて、あとに残った小さな小指サイズの白いキノコを集めてみる。が、取りにくいっ……! ツメが、こう、こんなちまちましたモノをつまみやすい形をしていないっ……! ドラゴンなんだからデカい肉食えって身体に言われてるみたいだ。こりゃ人間の感覚で細かい作業なんてできないね。


 近くに生えてた他の雑多なキノコもまとめて、腕で抱えられるだけ集めて帰ることにした。帰り際に他の豚マジロも見かけたし、あそこが豚マジロの主な生息地なのかもな。キノコ多そうだし。




 猿の棲み家に帰ってきた。

 さっそく近くに居た猿にキノコ類を見せてみると、半々くらいの感情でたぶん喜ばれた。困惑も半分くらい混じってそうに見えるのは気のせいだと思いたい。

 その猿は手近な猿たちを呼び寄せると、足元の枝葉を寄せ集めて器用に葉っぱを編んで組み合わせ、皿のように平らに成形してみせた。オレがキノコをそこに広げてみると、猿たちはすぐに選別に取り掛かる。その顔はまさに職人だ。あ、それもしかしなくても毒なんすね。すんませんっした。


 大体五割くらいにオッケー判定が出たみたいだ。思ったより量が少なかったけど、最終的に喜んでくれたみたいだしまぁいっか。




 そのまた次の日。傷はほとんど治りかけてるみたいだ、右腕も問題なく動くようになってる。人間だったら大怪我なのにもうへっちゃら間近さ。そう、ドラゴンならね。


 昨日のキノコ選別の様子を見るに、猿たちは近所に生えてる食べ物くらいは全部把握してそうな感じだと思われる。

 それなら身体の具合も良くなってきたし、今日は少しだけ遠出してみようか。そこはズバリ、推定ボス狼の支配地だったかもしれないエリアだ。この猿家から湖を挟んで反対側のほうだね。


 というわけでびゅいーんと飛んで大体この辺りかなという位置。

 上から見ても他の森エリアと違いがわからないけど、まだ来たことない場所だし油断せずに行こう。


 降りてみると、すぐに何匹かの狼たちの集まりが視界に映った。でもなんか群れって感じの纏まり方じゃなくて、なんとなく集まっちゃいました、くらいの温度感に見える。ボス狼の群れみたいにギラギラしてない感じだ。


 オレの姿を見つけた狼たちの反応は大きく分かれた。リーダー手前くらいのサイズのやつはビックリした動きのあとすぐに逃げ出して、他の大半の狼はおろおろして判断に困ってるみたいだ。一匹の若そうなのだけ、緊張しながらこっちを睨みつけている。


 うーん。思うに、あの逃げたやつはボス狼の群れに居たやつなんじゃないかな。あの戦いを最後まで見てたから、ボスを仕留めたオレにビビってたわけだな。

 そんで他の狼はここらへんで活動している野良狼かな。というかあれだ、ボスがいなくなったから、今ってリーダー不在なんじゃないのかな、もしかしたらだけど。残ったボスの群れの個体が縄張り内を纏めようとして頑張ってる、みたいな状況? 


 おっ、若そうな狼が飛びかかってきたぞ。自ら朝食になりに来るとは殊勝な奴めもぐもぐ。

 他の狼は……ああ、メスもいるっぽいなぁ。子犬みたいなちっこい狼たちを、身体と木を使って必死に隠そうとしてる。べつに狼全部を滅ぼしたいわけじゃないし、逃げてもいいよ。今回は果物とかを探しに来たんだからな! 

 纏まりのない集まりを放置して歩き出す。指導者がいないって大変ね。わりぃ、オレが食っちまったんだった。


 ……おお? なんか面白いちっちゃい木が生えてるぞ。一メートルちょいくらいの高さの真っ直ぐ伸びた幹から、上に反り返った枝が何本も生えてて、その枝から逆さに反り立ったバナナ……の成り損ないみたいなのが連なって生えている。このバナナもどきはオレが知ってるバナナの半分くらいの長さで、緑色をしてて微妙に丸っこい形だ。


 味はどうかな? 一つ取って、もしゃっと一口。

 ……まぁイケるねぇ! バナナみたいな強い甘さじゃないけど、ねっとりしつつもサッパリした甘みが楽しめる良いオヤツになりそうだ。こういうのもアリだな! 

 んじゃこれを……いやもう根っこごと掘り出して持ってくか。枝をたくさん折って持って帰ったら枯れそうだし、丸ごとお土産にしよう。


 うごごご、根っこがすげえガッツリ伸びてて、なかなか……木を掘るのって大変なんだな……。ドラゴンパワーと頑丈なツメのおかげでなんとかなってるけど、人間だったらスコップ使ってもできる気がしないぜ。


 ……すげえ時間かかったけどなんとか掘れた! 

 途中で何回か、はぐれ狼が差し入れしに来てくれたから、あんまり腹が減らなかったのが救いだな。お腹に向かってお礼言っとこ。

 よーし、でかい収穫ができたし、日が暮れる前に早速帰ろう! 

 ギリギリ飛んで運べそうな重さみたいだ、幹が細いおかげかな。むしろ運べなかったダチョウっぽいのはどんだけ重かったんだよ。ともかく飛べるならヨシ! 




 ……ふぃー。長時間手足で木を抱えながら飛んでたせいか、手足がぷるっぷるだぜ。良い筋トレだよホント。


 帰ってきて大木の根元に降りたわけだけど、もう猿たちの様子が違う。期待と興奮が伝わってくるみたいだ。ほーらバナナもどきだよー、おいしいよー。

 さあて、腕ぷる状態だけどもう一仕事するか。穴掘って放り込んで埋めるだけなら、まだ根っこ掘りよりは楽でしょ。

 ガツガツとツメで木が生えてない少し離れた地面を掘ってると、猿たちも騒ぎながら木から降りてきて一緒に掘り始めた。もう待ち切れないってわけだな、わかるよその気持ち。クリスマスの朝にプレゼントを開けようとするオレもそんなテンションだったし。


 キャイキャイと騒がしい工事が終わったのはすっかり日が暮れる頃だ。

 猿たちは喜びに湧いている。そんなに喜んでくれるなら、運んできたかいがあるな! 

 猿たちの視線から感謝が伝わってくるようだ。オレも助けられたし、いいってことよ。


 さっそくバナナもどきを収穫し始めた猿たちを尻目に、疲れ切ったオレは木の上にあがって寝る準備に取り掛かるのだった。




 もう一つ次の日。


 ……よし、怪我はもう完全に治ったな。調子も悪くないし、これならきっといける。


 前々から考えていた通り、今日は海を越えた先を目指してみようと思う。このまま居候していたら、猿の食料庫に確実なダメージを与えそうだしな……。


 今が旅立ちのときってやつだ。


 未探索だったエリアは十分に見て回ることができてないけど、ボス狼みたいな威圧感はどこからも感じなかったし、たぶんまだ見ぬ大物は居ないと思う。新たな獲物を求めるなら、冒険が必要だ。

 ……熊だけは倒せてないのが心残りだけど。あの熊が謎にビビらなかった場合、今のオレじゃ普通に勝てない気がするんだよなぁ。あれから出会ってないけど元気してるんだろうか。いつかチャレンジしてみたいね。


 そういえばあのときの猿は結局、なんでオレを助けてくれたんだろう? 今も特になにか要求されてるわけでもないし、これで良かったんだろうか。適当な猿と目を合わせて聞いてみても、首を傾げるばかりだ。

 この分だと本当に親切なだけだったのかもしれない。気にしすぎても仕方ないのかも。


 ……善は急げって言うし、じゃあ行くか! 


 バナナのようなもので朝から盛り上がっている猿たちに別れを告げる。伝わるかはわからないけど、伝わらなくても問題ない。オレが居なくても猿たちは今まで通りやっていけるはずだからな。オレもきっと、強くなってこの島に戻ってくるから、また会えるさ。


ガッガウまたな!」


「キッキィ!」


 木の上の猿たちに見送られながら、猿の住む大木を後にした。


 森の上を飛んで島の端を目指す。前に草原の上空あたりから見えた、細長く伸びた島の先っちょの岬が一番向こうの陸地に近そうだったから、準備するならそのへんがちょうど良さげだな。


 森を抜けて、湖を越え、草原の道中でダチョウっぽいのを襲撃して朝飯を補給しつつ、草原を通り過ぎて海沿いに出る。

 水平線の向こうで小高く膨らむシルエットが見て取れた。ここが島の先端、岬だ。


 山から見たときは遠すぎて陸地だとしかわからなかったけど、ここから見るとあっちはジャングルっぽく見えるなぁ。海の次にいきなり太い木がででんと山盛りになってる感じだ。

 なんだっけ、海に生える木がマングローブっていったっけ。一番手前はドデカいあれじゃないかな? というかここから見えるドラゴンの視力ヤバイな、生きてる望遠鏡かよ。


 着地して少し休みながら先を眺める。そして、後ろを振り返った。


 オレが産まれた山。埋葬することもできなかった家族たち。でもきっと、強く大きくなったらまた帰ってくるから、その時は骨くらいは埋めてやりたいな。


 どんな理不尽にも立ち向かえる力が欲しい。黄金・・にも負けない力が。それにオレが何よりも強くなった姿を見せれば、あの世にいった家族たちも安心できるはずだ。


 そのためにも――行こう! 


 最後にもう一度だけ故郷を振り返り、海の向こうへ飛び出した。




 ――海上を飛ぶ途中、一羽の白い鳥とすれ違った。


 ――その鳥は、ついさっき飛び立ったあの島の方へと飛んでいくようだ。


 ――滅び去るものもあれば、新たにやってくるものもある。いつかきっと、あの山にもまたドラゴンたちが戻って来るような気がして、少しだけ希望を感じた。




 

 

 

 

――――――――――――――――――――

【シルバーテール】

 木の上で生活する、尻尾の長い小柄な白い猿。平均で体高三十センチほどの大きさで、主に果物や木の実などの植物を食べる。か弱く、臆病な猿で、外敵に遭遇しても基本的に逃げることを選択する。


 獣としては非常に賢く、時には取引ができそうな相手に果物などを渡して、見逃してもらおうとすることも。また、手先も器用なので、ちょっとした編み物くらいならやってみせるほど賢い。

 緊急時の囮としても使うため、常に尻尾で何らかの果物や木の実を掴んで持ち歩き行動していることが多い。


 空龍スカイドラゴンの楽園と呼ばれている島にもシルバーテールが生息している。

 空龍スカイドラゴンたちの計画的な島内管理の結果、通常は存在しているはずの樹上の脅威が一切存在しなくなったため、シルバーテールにとっても島は楽園となった。

 空龍スカイドラゴンのおかげで天敵が居ないと理解しているので、シルバーテールたちは代々、空龍スカイドラゴンを深く敬い、感謝することを受け継いで暮らしている。

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