第十話 剣と爪牙
白いミニサイズの猿が、どことなくしょぼくれた顔をしたままオレに近寄ってきた。
もうそこはパクっとしちゃえる距離なんだぞ? いいのか? どうしたんだお猿さん。
困惑するオレを他所に、猿は尻尾から何かを手に移して、オレの顔の前に差し出してきた。それは濃い赤色をした、小さいリンゴみたいな形の果物に見える。
え、オレにプレゼントなの? ほんとに? なんで? いいの? もらっちゃうよ? 返さないよ?
怒涛の疑問が頭を埋め尽くしている間に、気がついたら差し出された果物を食べていた。オレの口が勝手に……! 口の中が、控えめだけど幸せな甘さに包まれた。
……なんか久々に優しさみたいなのを思い出した気がする。ありがとうなお猿さん。
なんで急に果物をくれたのかはわからないけど、お返しはどうしよっかな、と思ったら、猿が一定の方向を指さしてキィキィと鳴いている。どこかへオレを連れていきたいのか?
左のつま先が痛いので低空飛行してついていく。森の奥へ進んでいるみたいだ。
体感で数十分ほど進むと、周りよりも大きな木が見えてきた。枝葉が大きく広がっている立派な木だ。オレを案内した猿とは別の白いミニ猿たちが、枝葉の影から何匹か顔を出してこちらを見ている。
前に見つけた猿が住む大木と似たような状況だけど、場所は完全に違うな。こんな感じの大木に猿たちは集団で住んでるってことなんだろうか。
案内してくれた猿は木の上を指さして、またキィキィと鳴いている。おうちにお邪魔していいのかい? よくわかんないけど、お邪魔しまーす。
頑丈そうな枝を選んで飛ぶと、近くに居た猿がびっくりして引っ込んでしまった。でも一緒に登ってきた案内猿が何事か仲間に訴えかけると、オレが大人しくしているのもあってか、落ち着きを取り戻したみたいだ。なんかオレのために手間かけてすまんね。なんで案内してくれたかオレも知らないけど良い家だね。
ちょこちょこと動き回るミニ猿を尻目に、太い二本の枝の間に尻尾をだらんと通し、枝葉の束を背に翼を広げて寝っ転がる。落ち着ける環境に来たせいか、少し気が抜けたみたいだ。気を抜くことができたって言ったほうが良いか。怪我は相変わらず痛むし、右腕は傷を中心に熱を持っている感じだけど、少し眠気が来ている。さっさと寝て治しなってサインなの?
まだあの猿の目的とか聞けてないんだけどな。でもどうやって聞けば良いのやら、ドラゴン語はわかるかい? オレもわからん。それにボス狼のヤロー対策もどうにかしないとな、アレを防御するためには……――なんて考えながら、意識は眠りに沈んでいくのだった。
――起きた後も、まだ猿たちはそばに居た。ここが猿たちの家なんだからそりゃー当然か。
伺うようにオレを見てから、近寄ってきて横から小さいキンカンみたいな果物を差し出してくる。これもわりとイケる、ありがとな。
傷が痛む右腕を見ると、少し潰された葉っぱが貼ってあった。寝ている間に猿がやったみたいだ。傷に効く植物とかなんだろうか? 物知りな上に親切な猿たちだぜ、まったく。
大穴が空いた右腕はさすがにまだまだ完治には遠いけど、他の怪我は大分良くなっている。ドラゴンの回復力はバケモン級だな。というかバケモンそのものなのか。がおー。
しっかし本当にボス狼はどうしたもんか。二回目は翼と風で守ったおかげか、あるいは距離があったからかまだマシだったけど……最初に近距離でくらったときみたいに、感覚が滅茶苦茶になって何もわからない状態にされるとどうにもならない。ヒットアンドアウェイって感じで吠えそうなときは急いで離れるしか無いか?
そんなことを考える頭をよそに、口は横から差し出される果物や木の実をひょいパクひょいパクと食べ続ける。
おいおい、オレはいつから王様になったんだい? お猿さんよ、そんなに良くしてくれてもオレには感謝の言葉を伝えることすらできないんだぜ。言葉が通じないって悲しいな。
結局、猿たちはオレに何をさせたがってるんだ。ただ親切なだけだったりするんだろうか。謎だ。問いかけるように視線を投げても、困ったような顔で首を傾げるだけだ。この顔つきは元々っぽいから余計わかんない。なんとなく撫でておこう。
不意に、木々の向こうから接近してくるものが見えた。
狼だ。普通の狼が一匹だけ。ボスじゃなくて良かったと言うべきか、少し安心したのも束の間。大木の前に到達してからオレを見上げた狼は、そこで大きな遠吠えを上げた。
ヤベェ。これ仲間を呼んでるよな。今から攻撃しても間に合わないか? いや、迷うくらいならやるか。
吠えてるうちに上から襲撃をかけて素早く仕留め、朝飯を追加しつつ木の上に戻る。猿が心配そうに見てくるけど、ちょっとどうなるかわからない。すまん。
木々の奥から獣が駆けてくる音が聞こえる。さほど間を置かずに四匹の狼が周囲に集まってきた。そして、即座に始まる合唱。遠吠えが重なって木霊し、さらなる広範囲にこの位置を知らせている。
群れ総出でオレを探してたってことかよ。じゃあ次に来るのはアイツだろ――!
少しずつ大木を囲むように狼たちが集まってくる。
そして出てくる、群れのボス。額の剣のような長い角に、通常の狼より長い、両腕の横から生えた骨の剣。アイツだ、ボス狼だ。
まだどうするかも決まっていない。一回逃げるか? ここに居たら、きっと猿たちまで巻き込まれてしまう。アイツの狙いはオレだろうから、オレさえ離れれば大丈夫……なはずだ。とりあえず移動を――
オレの姿を確認したボス狼は
マズイ、オレはともかく猿たちはこれ大丈夫か!?
できるだけ防御範囲を広げるために、背中を向けて翼を限界まで開いて、壁を張る。纏った風を伸ばして、ほんの少しでも広く守れ――!
猿たちは木にしがみついて耐えようとしているけど、
端にいた数匹の猿がボトボトと落ちていく。
足元に転がった無力な存在を、ついでのように狼達が噛み殺した。
――……猿に世話になっておきながら、巻き込む前に場所を移動しなかったオレのせいだ。
オレの馬鹿さ加減、オレ自身の弱さ、狼のしつこさ、どうすれば良いかわからない攻撃、猿の犠牲。
オレだって最初は猿を食おうとしたし、自然界じゃ殺し殺されなんて普通だ。きっとこの怒りの大半は、八つ当たりみたいなものなんだろう。
でもオレは、まだあの猿たちに恩返しすらできてねえんだ。
怒りのままに飛び上がる。
オレが飛び出したのを見て、ボス狼もまた嗤いながら咆哮の構えをとった。もう知らねえ。オレは、全てを込めて叫んだ。
『グルァオォォオン!!!』
『
咆哮がぶつかり合い、見えない何かが衝突し合って周囲に散った。
ボス狼がそのことに驚き、近距離に居る普通の狼は何故か身体が硬直している。何だかわからねえけど、殴り合えるなら上等だ。
驚いている隙に接近したオレの右手のツメが、ボス狼の左目の下を切り裂くが大した傷にはなっていない。怪我のせいか右腕の動きが鈍い、右ツメはあまり頼れなさそうだ。意識を切り替える。アイツも真っ向から殺し合いをする気になったみたいだ。
反転して振るわれる剣角と両腕の剣を、飛んで後退しながらツメとウロコで受ける。額の剣が長すぎて噛みに行くには邪魔すぎるな。しかもここは森の中だ、自由に飛ぶことができない。大木の周りに少し空間があるおかげで軽く飛んで動くことはできるけど、横にエアダッシュなんて到底無理だ。そして狼には
オレの放った飛び蹴りを回避したボス狼が続けて跳んだ。一本の木の幹を足場にして、三角飛びで後ろに回り込みながら切る動きだ。ドラゴンと違って細い狼だからこそ、森の中でも使える技。でもそれは知っている。
オレは軽く避けて、翼を薄く切られながらも
進化で伸びた尻尾を使えば、腕を使うよりも後ろに回った相手を殴りやすいってことよ。威力は大したことないけど、翼もない狼じゃ空中で避けられないだろ?
殴られて怯み地上に落ちたボス狼の頭へ、風で回転を加えた空中右回し蹴りを叩き込む。つま先のツメが食い込んで、ボス狼の顔面を強く切り裂いた。
蹴りの衝撃も入ってふらついてるな。でもまだだ、まだ終わりじゃねえぞ。
ボス狼が一吠え発すると、近づこうとしたオレの前へ、硬直から立ち直った狼たちが慌てて立ち塞がる。邪魔すんな。
群れの壁の向こう側で、ボス狼が咆哮しようとしているのが見えた。
『グルルォォオン!!!』
『
もう二度とやらせねぇ。変な手品は無しだ。
正面の狼たちを風を纏った突進で蹴散らして、ボス狼へ左ツメで斬りかかる。剣角で捌かれるけど関係ねえ。反撃の切り返しを避けきれずオレの身体にも赤い線が走るが、それに構わずもう一度左ツメを連続で角へ入れ、ダメ押しにつま先を立てた蹴りを角に叩き込んだ。
ここまでやって折れないとは大した角だけど、いい加減ふらつきが酷くなってきたなボス狼さんよ。そういや角も頭の一部だもんな、頭にダメージを負った状態でそんな無茶したら、そうなるのも当たり前か。オマエも知らなかったみたいだけどな。
追い詰められたボス狼は苦しげに唸ると、一か八かの勝負に出てきた。それは強く踏み込んで剣角を突き出しながら跳び出す、一直線の突進突き。
オレの右腕を貫いたのも突きだったな。でも今なら動きが見え見えだ。
オマエの最大の武器がそれなら、オレの最大の武器はキバだ。オマエの剣にだって勝てるはず――!
突き出された剣先を上からキバで
驚愕に動きを止めたボス狼の頭を掴み、抑えつけ――首を咬んでトドメを刺す。
……二度目の咆哮でまた硬直していた群れの狼たちは、ボスがやられたのを見てから、弾かれるように怯えながら逃げ散っていった。
ちょっと薄情だなとは思うけど、群れ全部と連戦しなくて済んだのはよかった。さすがに疲れた気分だ。ボスをやれたことで、幾分か怒りも落ち着いた気がする。
休む前に、まずは普通とは一味も二味も違いそうなボスを食べておく。
――バクッ! ムシャムシャ。
むむ、通常よりワンランク上の味。強化自体はコイツも狼だからか控えめな感じだけど、進化にはグイッと近づいた気がする。やっぱり進化した狼だったのか?
そしてそして、それとは別に、なんだろう……いつもの強化とは全く違う部分が強くなった、と思う。容量が大きくなったみたいな、ゲームっぽく言えばマジックポイントが増えたような、そんな感覚だ。適当に言ったけどこれは魔力とかでいいんだろうか。風を起こす能力は、言われてみれば魔法っぽい気がするし……真相はいかに。
特に剣角から、みなぎる力みたいな何かの塊を感じた。ここに栄養でも詰まってたのか? というか明らかに凶器な剣角まで食べちゃえるのはどうなのオレの胃袋。今更ではあるんだけどさ。
オレがボスを食ったのを見て、完全に決着がついたと思ったのか、猿たちが何匹か木の上から降りてきた。
ごめんなぁ……。オレのせいで、巻き込まれて何匹か死なせてしまって……。
猿の表情は、心なしか安心したようにも、感謝しているようにも見える。……ほんとの内心でどう思っているかはわからない。でも少なくとも、オレを避けてはいないみたいだ。
どうやって恩を返したら良いのかわからないけど、仇討ちくらいは少しはできたと思いたいな……。
猿たちの控えめな歓声が、やりきれないオレの気持ちを慰めてくれた。
――――――――――――――――――――
【魔物とは ギルド会報誌】
人間種以外で魔力の扱いを理解し、何らかの魔法を行使することができる生き物のことを魔物と呼ぶ。冒険者のスラングで
魔物となった生物は環境などに合わせて、進化とも言えるほどの変化を遂げることが多い。例としては身体の大型化や真逆の小型化、角や棘などの形成、部位の強化、など。
また、使う魔法に関しては種族ごとに明確に向き・不向きがあるらしく、過去に魔物化が確認された同じ系統の種族は、過去の例と同様の魔法を使うことがほとんどのようだ。
大抵は長く生きた賢い魔物が、何かの拍子に突然、魔力とはどういうものかを理解して魔法に目覚めるパターンが多いと言われている。とはいえ魔物の発生自体が非常にまれ。
極一部の種族は、生まれながらにすべての個体が魔物となることが知られている。代表的な例は
魔物となった生き物はより上質な魔力を求め、他の魔物へと引き寄せられ食い合う性質を持っている。そのため、ただでさえ少ない魔物がさらに減っているので、冒険者などが魔物と遭遇することはあまりない。
運良く、または運悪く遭遇してしまった場合は、諦めて各ギルドの規定に則り、可能なら情報を持ち帰ることを優先し、生命を保護するための行動を取ることが推奨されている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます