第九話 遠征
ミシッ、ベキベキ――バキッ!
のわぁ!? なんだあ急に!?
……あ、寝床にしてた枝が折れたのか……ふぅ。驚かせやがってってあれ、なかなか落ちないな。
びっくりしたポーズのままゆっくりと下降するオレ。
……ああー、忘れてたけど、オレってそういえば羽ばたかなくてもゆっくり滞空できるんだったなぁ。全然使わなかったからすっかり頭から消えてた機能だ。翼を動かさないと上昇はできないからさ。
夜の大地にぬるりと着地する。森のベールで月の光が届かない、ほぼ完全な闇だ。
そういえば夜の森は探索したことが無かったな。夜の森は危険だって前世で聞いたことがあったから、夜までには少しでも安全そうな木の上に登って寝るようにしていたんだけども……どうせだからちょっと歩き回ってみようか。
なにせ、あの平和そうな豚マジロが呑気していられるくらいだ。この森の危険な肉食獣って、狼くらいしかいないんじゃないかと思う。んで狼も昼間に積極的に動いていたから、夜行性ってわけでもないはず。というわけで実はこの森は夜、わりかし安全なんじゃなかろうか?
それにしても暗い。ドラゴンの目が暗闇にもある程度対応していたからなんとかなっているけど、そうでなきゃあこんな暗さで夜に活動とかできないよ。
ぼんやりと浮かび上がる輪郭を頼りに散歩する。
でも特に何も無いなぁ。木の上の方でトカゲコウモリがなんかバタバタやってるくらいか。あいつも暗視できる能力持ってそう。……ああ、木の上の方なら、地上よりかは月の光も届くのか。なんか納得。
よし、なんもないしオレも上に行くか。
おもむろに飛び上がり、途中でトカゲコウモリをバクっと回収しつつ木を追い越して空に出た。
月明かりが降り注ぐ空は地上よりもずっと動きやすい。
星の位置は地球とは違うんだろうか? 天体とかには詳しくないけど、小さいボタンみたいなサイズの月っぽい見た目の星とか、月だと思ってたけど、よく見たら青白くうっすらと燃えてそうなデカい星とかは地球から見えなかったのは流石にわかる。あれがこの世界の月かぁ。まさに別世界かな。
飛んだついでに、進化してエアダッシュが何回できるようになったかも確認してみよう。昨日は蹴られた翼が痛くてそれどころじゃなかったからね。まだ痛いけどこれくらいならまあいけるっしょ。
まずは一回、二回。風が空気を叩いて独特な音が鳴り、爆発的な加速で三十メートルくらいの距離が瞬く間に縮まる。連続で同じ方向にやるとさらに加速するみたいだ。
もっと繋げたら一体どうなってしまうんだ。オレは新幹線になってしまうのか。ちょっと疲れた感じはあるけど、とりあえず二回は問題なさそう。じゃあ次!
いち、にい、さん――! あっやべ。
同じ方向への加速を重ねたことで、瞬間的にまさしく新幹線を凌駕する速さになった。そして激痛。やっぱりダメでしたと言わんばかりに翼が悲鳴を上げ、しかも飛ぶ力をほぼ使ってしまったようで、ミサイルみたいな勢いで墜落し始めた。
ギエエ痛いし途轍もなくヤバい! でも限界まで風をふり絞って減速するんだ、手遅れになる前に! ま、に、あ、えぇぇえ!!
全力で減速した結果、なんとか進路上にあった木と熱烈なキスをするだけで済んだ。そのまま木にしがみついて必死に休む。もう屁も出ねぇよってくらい全てを使い果たしたぜ……。
……そういえば屁どころか、ドラゴンになってからトイレに行きたくなったことが無いな。あれ、ドラゴンってみんなこうなの? なんか違うよね? 以前の食ったもん全部燃やしてるような感覚が事実なら、消化が良すぎるってコト……?
考えても仕方がなさそうなので、念のためゆっくり休んでからまた飛び立った。
エアダッシュはとりあえず二回までにしたほうが無難だな。三回は本当に緊急のときだけにしたいよ、急に飛べなくなるの怖すぎだって。
気持ち優しめに低空飛行していると、横から光が射した。
空の彼方で太陽がゆっくりと頭を出す。夜明けだ。
太陽と月っぽい星が空に並ぶこの光景は夜明けならではだね。ちょっと得した気分になりながら、差し掛かった丘を越えて飛んで行く。
丘に区切られた先に広がるのは、背の低い色んな草が生えまくっている草原地帯だ。島の一角を引き伸ばすように存在するこの広い原っぱに、きっと未知の生き物がいるはずだ。
期待を込めて覗くように眺め回すと早速いた。赤茶色のフサフサした太いダチョウ……みたいなのが、数十匹の群れで集まっていた。
夜明けとともに起き出したみたいで、ゆったり歩きながらあくびしているヤツもちらほら見える。もしや襲撃チャンスってヤツ?
いそいそと空から近づいてみると、思ったよりもデカいのがわかった。オレの倍以上は目線が高いのもいるぞ。
オレの存在に気付いたダチョウっぽいのが増えてきたみたいで、にわかにピーピーと騒がしくなる。でもなんかデカいのだけはほとんどが静かだ。なんだろ、諦めたような顔してるのが微妙に気になるな……。
さすがにオレの倍あるダチョウっぽいのは厳しそうなので、オレよりちょいデカいくらいの若そうなのに狙いを定める。その端っこに居るオマエだぁ!
若ダチョウの頭上を取ると、あっちも狙われているのが自分だとわかったみたいで混乱している様子。それじゃあ空の旅に招待してあげようか。
背中に取り付いて両手両足で掴み、飛んで持ち上げ……いや重っ! 全然持ち上がらないぞ重いなコイツ! あたたたたった頭をつつくなイテェ!
たまらず手を離して離脱する。重いと飛べないみたいだ、狼くらいの軽さじゃないとまだ空輸とかはできそうにないな。変なことしないで普通に狩ろっか。
……普通に頭上を取って、普通に上から噛みついて狩りは終わった。若ダチョウは必死に蹴ろうとしてたけど、普通に上まで届かなかったのがちょっとかわいそうだったな。まぁ食うべ。
――バクッ! ムシャムシャ。
……ダイナミックな鳥肉? いや、これは、クリスマスに食べたことのあるターキーだ。ダイナミックなターキーだ! 今日はクリスマスだったのか? いやそんなことはない、でもそのままで豪華な食事のメインを張れそうなくらいのボリューム感ある味だ。良いお味してらっしゃる。
主に脚力が強くなった気がした。島に飛んでる生き物が居ないせいか足ばっかり強くなるなぁ。やっぱり近いうちに別の場所に旅立とうか、そうしないと飛ぶ能力が育たなさそうだよ。じゃないとそのうち蹴りドラゴンになってしまう。きっと。
食事も終わったしと周りを見てみると、他のダチョウっぽいの達は恐れおののくようにしながら、寝ぼけた様子もすっかり無くなって全員で固まってオレを警戒しているみたいだ。また空から襲撃をかければ蹴りも当たらないし何匹か仕留められそうだけど、どうしよっかな。
というか自由に飛べるのって強いなぁ、対空手段なかったらこうなるのか。鹿みたいに角を生やすんだぞキミたち。
あそこまで集まられると次に地上に降りて食事する時に蹴られるかもなので、ダチョウっぽいのの群れを尻目に別の場所に移動する。もうちょいぐるっと周ってみよう。
空から見渡したところ、広い範囲に似たような群れを五つ見つけた。この草原に大きな生き物はダチョウっぽいのしか存在していないみたいだ。もしかしたら小さいのは居るかもしれないけど、それはオレのターゲット範囲外だ。成長しちまったもんだぜ。
――結局、最初と同じように二つほど群れを襲撃して、一匹ずつ頂いた。これでしばらくは安心腹だな。
これからどうしようか、いっそ海岸まで行って、明日あたりに海の向こうでも目指してみようかな、なんて考え始めながら丘の手前まで戻ってきたとき。
この草原に近づいてくる圧力を感じた。丘の向こうの、まだオレが行ってなかった方面の森からだ。
姿が見えてないのに感じる圧力っていったいなんなんだろう。今までこんなことは一度もなかったはず。格上感のある熊だって、見えない距離から威圧感を感じたりはしなかった。
いや、黄金の羽根から少し似た圧力を感じたかもしれない。でも
とりあえず、圧力の正体を見てみたいから、いつでも逃げられるようにしながら待ち構える。さぁ来い。
圧力の主が丘を越えて、草原エリアにやってきた。
狼の群れだ。三十匹程度の普通の狼たちに加えて、雨の日に見た、少し大きいリーダーのような狼――それを四匹も従えた、さらに大きな狼。両腕の短剣は通常の狼より長くなり、しかもそいつの額からも、剣のように長くて切れ味良さそうな角が生えている。その狼から圧力が発せられていた。
なんだぁアイツは? リーダーのさらに上、言うなればボス狼ってやつなのか?
あんなのが居たのか。他の狼とは明らかに別格だし、他には無い角まであるなんてな。……まさかアイツも、オレみたいに進化した狼なのか? いかにも進化してそうなくらい普通とは違うし、そうなのかもしれない。そんで群れを引き連れて、ここのダチョウっぽいのを狩りに遠征しに来たってとこか。
うーむ、よその狩りに乱入する気分でもないし、オレは無視して帰ってもいいかな?
でもなーんか惹かれるものがあのボス狼にはあるんだよなぁ。本能さんも「今すぐあれを喰え!」ってよだれを垂らして言っている気がするし、見てるオレも異様に腹が減ってきた気分になってる。ドラゴンとしては是非とも喰いたい対象なんだろうか? ドラゴン歴が浅すぎてわからぬぅ。
ボス狼もこっちを認識していたようで、視線はオレを睨むように、ずーっとこっちを見つめながら歩いてくる。なんだやんのか? おぉん?
そしておもむろにボス狼は挑発するように地面を叩き、オレを見ながら
……やってやんよオラァ!!
「ガオォオォン!」
「グルォォオン!」
お互いにやる気満々になったところで開戦のゴング代わりに咆える。相手は群れだし、時間をかけたら不利なのはオレだなきっと。というわけで空から奇襲をかけて一気に決めてやろう、とりあえず狙うはボスのみだ。
一気に飛び上がり、エアダッシュで直上を取ってからの、急下降して噛み砕く! これで終わりだ!
オレが真上から急降下し始めてもボス狼の足は動かない。こっちを見ながら動かしたのは口だ。何かが口に集まって、咆哮とともに弾けた。
『グルァオォオオン!!!』
なんだ? 鹿に殴られたときみたいに視界が揺れる。
地上と空中の区別が付かなくなって、今――たぶん地面に落ちた。痛いのか、そうでないのかもわからない。感覚が無い。良くないのは確かだ。
墜落したオレへと、ボス狼が額の剣みたいな角を突き立てる。がむしゃらに腕で防御したはずだけど、どうなっているんだ。とりあえずまだ死んではいない。感覚が徐々に戻ってきた。何かが痛いことはわかる。
他の狼達も集まってきて、次々にオレに噛みつく。まだ浅い、けど手遅れになる前に、翼に思いっきり風を纏ってデタラメに回転した。狼達を吹き飛ばすことはできたみたいだ。
上下の区別は付くようになってきた。ここに留まるのはマズい、まずは飛ぶべきだ。
飛び上がって体勢を立て直そうとすると、ボス狼がまた
『グルァオォオオアアア!!!』
咄嗟に風を纏ったままの翼を前に出して防御した。またもや感覚が曖昧になるが、さっきよりはマシだ。風が壁になったんだろうか。それとも距離か。
墜落しないようになんとかバランスを取りつつ、フラフラになりながらもその場を離れた。じっとりとしたボス狼の視線が背中に張り付く。
あの咆哮はきつい、あのまま群れごと戦っても勝てる気がしない。あいつらが飛べなくてほんと良かった。
今になって感覚がハッキリしてきたぞ、全身が痛い。特に痛いのは左足の先端と、右腕の大穴だ。たぶん左足から墜落したってのと、ボスの剣角を右腕に受けたんだと思う。完全に偶然だけど防御できてて良かった。この頑丈なウロコをたやすく貫くってことは、急所に喰らったらかなり致命的だ……。
他の痛みは狼どもに噛みつかれたとこだね、よく見たらハッキリと歯型がついてて嫌になるぜ。
とにかく一旦、どこかで休みたい。傷も洗いたいし湖に行こう。
寄り道せずに飛んだ結果、あまり時間はかからずに湖に戻ってこれた。ようやく一息つける。
水で傷口と、流れて張り付いた血を洗っておく。痛いのは我慢だ。
……ああ、完全に負けたのは初めてかもしれない。ドラゴンなのに負けるなんて悔しいっ! 鹿はノーカンね。
でも悔しいって言えるだけ幸運なんだろうな。オレが今まで狩った獲物たちや、親ドラゴンさん達のように、負けたら死んで食われるのが自然だ。ということは、まだ生きてるオレは負けてないってことで良いのか? いや、良いに違いない。最後に生き残れば良いのだ!
湖の横で寝っ転がりながらなんとか自分を奮い立たせて、次に出会ったらどうするか悩み始めたとき。
いつか見た白い猿が湖の近くの木から駆け下りてきて、オレの近くに立ち止まったのだった。
……なんだ? 傷ついたオレへのご褒美のおやつか…………!?
――――――――――――――――――――
【バリー】
退化した飛べない翼を持つ、赤褐色でフサフサとした羽根を豊富に生やした地上を走る鳥。成体は三メートル前後の大きさで、太い足を使って普段はのんびりと動く。
雑食でそのへんの雑草すら食べ、ガンガン食ってガンガン増えるタイプの生態をしている。その数とサイズをもって周辺の縄張りを形成し、餌がなくなると群れごと移動する。
敵に対してはその体の重量を生かしたダッシュ蹴りを行う。破壊力が高い上、群れごと広がって攻撃するので範囲も広い。
天敵は飛んでいる大型の肉食生物全般。そしてその大きさと数のせいで強力な外敵を呼び寄せ狙われやすいため、頻繁に増えたり減ったりする。
一部の国では騎乗用として家畜化されている。
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