第八話 新たなる旅立ち

 

 ――……んあ……あー。


 ……どうしたんだっけ。


 そうだ。確か、痛すぎて気を失ったんだった。

 時間は……気を失う直前に見た太陽の高さが三時くらいに見えたけど、今はー……真上くらいだなぁ、一日経ってら。


 よっこいしょと身体を起こす。

 痛みはもう無いけど、異常は――あるなぁ。手足がなんか長くなってる。そんで子供っぽかったお腹の体形が、前より少しシュッとしているように見える。縦に伸びてちょっと痩せた? みたいな。


 立ち上がってみる。視界が高い。前の自分の視点と比較しても、身長一メートルは確実に超えた。一メートル五十センチくらいあるかな? うおー、ずいぶん変わったなぁ。立ったときの安定感なんか段違いだ、伸びている尻尾のおかげだろうか。ワクワクしてきた。

 本能に見せられた、雷のように空を舞うドラゴンのイメージにはまだ遠いけど、確かに近づいている気がする。赤ちゃんドラゴンから小学生ドラゴンになった感じだ。


 そしてなんといっても、この翼だ。身体に合わせてでっかくなっただけではなく、今までにない力強さを感じる。これだけ大量の風を纏えるなら、一時間以上は余裕で飛べちゃうはずだ。

 というか翼の頂点に、ちょんとツメが生えて翼爪ができている。ちっこいけどなんかカッコイイな。

 太陽の光を反射して、赤いウロコが金色にキラリと光った気がした。


 うん、全体的に正統進化って感じだ。意外性とかはないけど、飛ぶのに一番適しているのはこの方向だと思う。頑丈そうな顎はそのままに、全身がシュバッと洗練された形に成長している。

 他の姿の進化を選んだらどうなっていたかは気になるトコロだけどね。でも、これでいいのだ。


 ……じゃあ、飛ぶか! 


 オレはもっと強くなる。そのためにも、喰って喰って生き抜く必要がある。そしてどうせ喰うなら、今まで喰ったことのない未知の獲物のほうが良いと経験している。行ったことのない場所を目指そう。


 ドラゴンさんたちの亡骸を放って行くのは気が引けるけど、オレ一匹じゃ、埋葬とかはとてもできない。この山が墓石だ。

 ……食べることも、ほんの少しだけ考えたけど。それをやったら、二度と戻れない致命的なことになると本能が警告している。食いしん坊な本能がここまで食べたくないと主張するんだから間違いないだろう。強くはなれそうだけど、オレも家族だったかもしれない相手を食べるのは嫌だ。

 だから、ここでお別れだ。


 ――風を従えて飛び上がる。徐々に速度を増していって山頂からさらにぐんぐんと高度を伸ばし、雲に手が届きそうな高さになって、周囲一帯が完全に見えた。


 前に飛んで見回した時は森の端まで見えなかったけど、この高さならはっきりとわかる。ここは大きな島だ。


 オレが飛び立った山が島の中央から少し外れたところにある。島のほとんどが森に囲まれていて、川と湖も森に間借りするように挟まっている。一角が丘と草原になっていて、島の周囲をぐるっと囲むように砂浜と岩礁が縁取る。その外は海の青一色。

 遠く霞の先に、薄っすらと島とは別の陸が見えた。今のオレならなんとか届きそうな遠さだ。

 島を回り終わったら、次はあそこを目指してみても良いかもしれない。まだ見ぬ獲物が待っている、きっと。


 まずは川に沿って下り、湖へ行ってみよう。それから丘の向こうの草原だ。

 ドラゴンの視力の良さのおかげで草原あたりには前に動くものを発見しているから、何も居ないってことはないはず。


 ドラゴンの巣がある壁面から右に大きくズレた位置にある、山の前の川に向かって一気に空気の壁を突き抜けて下る。

 落下するように加速していき、すぐに川の上空に差し掛かった。熊がいた小川よりも太い、湖へと続く川だ。

 水は透明に澄んでいて何か危険が潜んでいるようには見えない。古代魚っぽい雰囲気を加えた鮭とか、マス? とかに似た魚が泳いでいるみたいだ。


 ぎゅんぎゅんと景色が後ろに流れていく。人間だった頃は想像もつかなかった、自力で飛行機みたいに空を飛ぶ経験に気分は高まりっぱなしだ。どこまでも飛んでいきたい。


 ――しかしやはり、空にオレ以外が飛んでいる姿は無い。この島にやってきた黄金・・の恐ろしいもののせいで、遠くまで飛べる鳥なんかは、みんな島の外へ逃げていったんじゃないかと思う。それほどの威圧感を、単なる一本の羽根から感じた。


 そこに見える川辺の黒い熊さんからもすごい威圧感を感じるんだけどね。進化したけど未だに全く勝てる気がしない。不意打ちしても無理そうなほどの差を感じるのに、飛んでるオレを見つけて慌てたみたいで、足を滑らせて川にどぼんと落ちている。オレもびっくりしたっつーのなんなのキミは。


 さらに進んだ途中、川で水を飲んでいた狼を空から掻っ攫ってみた。手で引っ掛けて持ち上げ、口でガブっとやる。狼くらいの重量ならまだ飛べるねモグモグ。お仲間の狼たちが地上でギャンギャン吠えているが、今回は見逃してやろう。ふはは。


 たぶん正面から戦っても、今なら狼の曲芸みたいな動きに対応できる。空中で思うように動けなかった頃とは違うのだ、小回りが利くって素晴らしい。




 うねる川を辿り続けて、湖が見えてきた。


 湖も川と同じように澄んでいて綺麗だ。ドラゴンが飛び込んで水浴びするのにちょうど良さそうなサイズだし、ちょっと寄っていこうかな。透明な湖面の下には、危険そうな生き物の姿は見えない。


 高度と速度を徐々に落として着水する。ひんやりした水がなんとも気持ちいい感じだ、進化に興奮して火照った身体と頭が冷やされる。……今更だけど、高く飛んだのは危なかったかも。黄金・・がまだ近くに居たらジ・エンドだったじゃん。アブナイ。

 冷やしついでに、水に潜って魚をバクリと食べてみる。川にもいた、古代魚と鮭が合体したみたいなやつだ。普通の魚より硬いんだろうけど、ドラゴンのキバには無駄なのだ。脂控えめな鮭っぽい味でわりとイケる。ちょびっとだけピンときたから、進化に必要なものも含まれていたんだと思う。何が進化に影響しているんだろう? 魚をたくさん食べたら魚っぽく進化できるとか? 


 進化に思いを馳せていると、森の中から湖畔へ出てくる影が複数見えた。


 鹿、鹿、鹿。鹿の一家だ。大きくて立派な鹿と、今までにも見た普通くらいの鹿、それに子鹿がくっついている。

 落ち着かない様子の鹿の一家はオレに気づいたようで、立派な鹿が前に出て家族を庇い、逃がそうとしているみたいだ。行動まで立派だな。


 サイズはまだまだあっちが大きいけど、成長した今なら、なんとかあのデカい鹿と正面から戦えそうな気がする。本能も「やってみろ」と言わんばかりに静観の構えだ。


 ……よし、わかった。オレも生きるため、そして強くなるために食わなきゃいけない。オレとオマエで真っ向勝負だ。

 そして戦いの結果がどうなったとしても、家族は追わないと約束するぜ。これはただの自己満足だけど、なんとなくそうしたくなった。


 進化の感触を確かめるように湖から飛び上がる。水しぶきがぶちまけられ、鹿が家族を逃がした。


 まずは小手調べにと素早く飛びかかり、長くなった腕とツメで切り裂きにいった。一撃、二撃と鹿の大きな硬い角で巧みに防がれ、硬質な音を響かせるが、前よりずっと威力が高くなっているのを実感した。進化前とは違って頼れる攻撃として選択肢に入りそうだ。

 鹿が反撃として振るった角を、空中に居るまま紙一重で避けて距離を取った。これも進化前だったら避けることなんて絶対できなかった速さだ。ましてや空中でなんて、たまらないね! 

 離れた距離を詰めるようにエアダッシュで急接近し、今度は首への噛みつきを狙う。速度も移動距離も伸びている――はずだけど、鹿は対応してきた。


 タイミングを完璧に合わせた角によるスイング。家長の重みを感じる打撃を顎に受け、前のように視界が揺れる。そこへ間髪入れずに、素早くターンして後ろ蹴りのポーズ。ヤバい。

 咄嗟に両腕をクロスさせ、その上に両翼を重ねてガードした。直後に爆発音――としか思えない音がガードした箇所から鳴り、吹き飛ばされた。

 景色が上下にグルグルしている、いや回っているのはオレ? 空中から湖の水中へ突っ込み、目の前が泡まみれになる。


 翼の飛膜と両腕が痛む。でも折れたりはしていないみたいだ。なんというか、翼の表面に張られた風の塊が、攻撃の威力を弱めたみたいだ。大きくなった翼は盾としても使えるのか……これが無かったら両腕が粉砕されてたかも。本当にヤバかった。


 ……油断してたつもりはないけど、バカ正直に突っ込むのはダメってことか。クールになろう。

 水中に居るおかげか、追撃が来ない。このラッキーな状態から次はどう動くか……実はそのヒントはすでに貰っていた。


 狼だ。アイツの三角飛びにオレは大いに苦しめられたけど、それは対応できないほどの複雑な軌道で動かれたからだ。

 進化した今ならどこまで空中で動けるか、それを試す時が来たみたいだ。

 

 水中から飛び上がり、またしても派手に水しぶきが散らばる。第二ラウンドだ! 


 高く飛んで鹿の頭上を取り、上から落下しながらジグザグに動くことを意識する。この風に流される木の葉みたいな動きを捉えられなかったのか、背中へのツメでの切り裂きが当たった。

 鹿がたまらず暴れて反撃するが、すぐに飛んで距離を取って回避する。この方向性は合ってるみたいだ。ありがとうかつての強敵! 

 回避で空いた距離をエアダッシュで突っ込む。今度は正面じゃなくて斜め上へ。

 圧倒的な速度で背後を取り、鹿が完全に振り向き切る前に、勢いに任せて連続で・・・エアダッシュを使った。狙うは首だ。

 突き刺すように首に噛みつく。激突の勢いで体ごと地面になぎ倒し、命までをも噛み砕いた。


 ――……空中三角飛び、ってやつか。勢い任せの偶然だったけど、これは新たな必殺技って感じだ。連続でエアダッシュできたことに、一番進化を実感しているかもしれない。


 ガブッと鹿をいただく。一度食べてるけど、今回は自力で狩ったから感動もひとしおだ。うまい! 

 身体が大きくなったおかげか、前よりもすんなり食べられるのが助かるね。


 蹴りをくらった翼の飛膜がめっちゃ赤くなってて痛いけど、とりあえず飛ぶことはできそうだ。風のおかげであんまり翼を動かさなくていいから、こういう時にすごい助かる。


 飛び上がって引き続き草原を目指して進む。




 ……しかし、飛んでいる最中に唐突に気づいてしまった。

 ――なんか物足りないと思ったら、空中からだと木が邪魔で食料探せなくね? と。


 これはまずい。まだ見ぬ獲物を求めているのに、その姿すら探せないのは良くないぞ。少なくともこの島にいる間は、森でほとんど下が見えないから、生き物を探すときは地上に降りないとダメみたいだ。

 今回は草原を目指してるから良いんだけどさ〜、と誰にともなく言い訳をする。

 でもそろそろ夕方だし、地上に降りて寝床でも探そうかな。他意はないよ。


 適当な木の隙間から地上に降りて、再び歩き始めた。

 えっちらおっちら歩いているけど、やっぱ歩くのも悪くないね。飛ぶほうが好きではあるけど、こっちのほうがのんびりできる感じだ。飛ぶより遅いだけともいう。


 そろそろマジで寝る場所探そうかな、という時間になったとき。

 森の影からのっそりと、新たな闖入者がエントリーしてきたのだった。


 なんだあれは……アルマジロ、かと思ったら豚か……? 背中側がアルマジロみたいに鱗で覆われていて、いかにも丸まりそうな形をしている。でも顔は豚だし、サイズも豚だ。でもあの背中はアルマジロ……フゴフゴいってるしやっぱり豚か。


 地面を嗅ぎ回って、何かを探している様子。餌を求めているんだな、その目を見ればわかるぜ。オレが近くにいるってのに大胆なヤツだ。ちょっかいかけてやろ。


 つんつんとツメと尻尾で突っつくと、意外と素早い動きで丸まった。これが呑気していられる理由かぁ、防御力に自信アリってことかな? 

 軽く叩いてみても反応がない。ここからどうする気なんだいったい。


 …………。




 ――ガブッ! ムシャムシャ。




 ……歩くキノコソテーだ。

 キノコが好きなんだろうな、ってわかる味。オマエの探してたもの、わかったよ……。

 ついでになんか鱗が強くなった気がする。ちょっぴり嗅覚も。


 まぁでも、狼の攻撃くらいならわりと弾けそうな硬さはあったな。カニをも噛み砕けるドラゴンと出会った不運を恨んでくれ。


 思いがけず寝る前の腹ごしらえもできたし、今日はもう寝よっか。

 いつものように木に登って枝を寄せて、……なんかギシギシいってるな、大丈夫か? 身体が大きくなったせいか体重もけっこう増えてるのかも。折れなきゃオッケーなんだけどね。


 そんじゃオヤスミーと気分良く眠りについたのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

【スタッグガーランド】

 豊かな植生に加えて、過密すぎない密度の森林に生息する大型の鹿。通称「森鹿」。最大サイズは角を含めて高さ二メートル五十センチほどで、首周りに美しい白の斑点があるのが特徴。

 巨大な鈍器のような角と、太く発達した脚の大きな蹄による一撃は同サイズの肉食獣すら蹴散らす威力を持つ。

 

 まず衝撃力の高い角で相手の姿勢を崩し、すぐさま身を翻して強烈な後ろ蹴りを叩き込む必殺の連携を行うことで知られている。

 

 草食であり、餌場を荒らされたり襲われたりしない限りは穏やかにすごしていることがほとんど。一転して脅威が近づくと、縄張りや仲間を守るため率先して立ち向かう。

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