第七話 目の当たりにした滅び

 

 目の前には、山。

 長かった道のりを戻り、オレはやっと最初の山の麓まで戻ってきた。


 いっそ不自然なほど急すぎて、もはや岩壁としか言えない斜面が聳え立っている。遠くの高い位置に並ぶ大穴がドラゴンの巣なのか。


 産まれた直後は全然飛べなくて巣に戻れなかったんだよなぁ。

 改めて見ても、ただ飛んで登るにはキツイ高さと角度だ。一番低いところにあるドラゴンの巣っぽい穴で、十階建てビルくらいの高さだろうか。


 あんなに高いところから冒険が始まったんだと思うと、少し感慨深いものがある。


 しかし今のオレには、頑丈になったツメもある! 

 いざとなればツメを使って、ロッククライミングもできるはずだ。なんなら、やろうと思えば自力で巣穴を作ることだって可能だ。たぶん。

 何日かぶりの帰宅といこうじゃないか。


 木登りとほとんど同じように上に登る。上にエアダッシュ、ツメで岩壁に掴まって休んで、また上エアダッシュの黄金コンボだ。良い風が来るおかげか、いつもより高く飛べている気がする。


 さほど時間はかからずに、一番下の穴に辿り着いた。


 壁面に掘られたドラゴンサイズの大きな穴、その中。

 最初は鳥の巣かと思ったけど、こうしてじっくり見ると、大ぶりな枝で丁寧に組まれた籠に近いものだとわかる……オレが産まれた場所。

 卵の殻らしき白い破片がまだ散らばっている。


 そっかあ、オレが産まれた巣が一番下にあったんだな。


 もっと高い場所だったら、産まれた直後に飛び立ったときにスタミナ切れで落ちて、落下死してたかもしれない。低くて良かったと思う。


 こうして、久しぶりに実家に帰ることが早々に叶ったのだった。

 しかし、やっぱり親ドラゴンが帰ってきたような痕跡はどこにもない。

 ……他の巣穴も見てみよう。一つでも手がかりがあれば嬉しい。


 オレの巣穴から上に飛び立ち、並ぶ他のドラゴンの家を順に昇って見ていく。


 明らかに腐っている大きな肉が保存されていたり、光る石がたくさん飾ってあったり、床面に角度が付けられて枕っぽくなっていたり、土が盛られてそこから植物が生えていたり。

 巣穴ごとに家主の個性みたいなものが見られてなんか面白い。

 ほとんどの巣に籠が無いあたり、子供が産まれた家庭は少なかったのかな? 卵に籠が絶対必要なのかどうかはわからないけど。


 一番上の方にあった巣穴に一つだけ、枝で組まれた籠が置いてあった。

 でも中に卵そのものや、卵の破片なんかは見つけることができなかった。籠だけ完成して、まだ卵を産んでいなかったとかだろうか? 


 大まかにチェックしたはずだけど、行き先の手がかりに繋がりそうなものは特に無かった。

 ……あとは、もっと高いところへ登ってみるくらいか。不安を感じるけど、ここまで来たら徹底的にだ。行こう。




 巣穴が並ぶ住宅地を過ぎ去り、もっと上へ。


 急すぎた傾斜は緩やかになっていき、徐々に歩けるくらいの角度になってきた。山の地面に足をつけてしっかりと着地する。


 植物の生えていない、なだらかな斜面を歩く。


 歩く途中で、斜面に引っかかるように存在する、オレよりも遥かに大きな……残骸・・が視界に入った。


 翼のような形をした骨が背中についた、ところどころが激しく傷つき、損傷している――鮮やかな赤い鱗を持つ、ドラゴンの残骸・・・・・・・だ。

 オレが大きくなったら、ちょうど似たような姿になるんだろう。まだ肉と皮の残った、形がわかる亡骸。


 それが山頂に向かって、点々と落ちている。


 ……オレの両親になにがあったのか、なぜ戻ってこないのか。

 なぜ、オレと同じドラゴンがどこにも居ないのか。

 きっとその理由が目の前に続いている。

 最後まで登らなければいけない気がした。


 進むごとに残骸の量も増えてくる。一つ、二つ、五つ、十、二十――


 散らばる鱗、角の破片、翼の一部。

 幾つもの大きな影を通り過ぎて、ついに――山頂へと辿り着く。


 頂上は緩いすり鉢状になっていて、残骸で彩られていた。


 中央に一際大きいドラゴンの骨と……赤黒い血の痕がついた、黄金の羽根が落ちている。


 太陽の光を反射して目に痛いほどに輝く黄金の羽根。いくらか千切れているにも関わらず、一本がオレよりもずっと大きい。

 ただの羽根が・・・・・・あの熊と同じ・・・・・・くらい大きい・・・・・・


 オレに鳥のような羽根は生えていない。あるのはこの一対の翼だけだ。他のドラゴンの身体を見たって、黄金の羽根なんて生えていない。


 きっとオレの両親は、ドラゴンの群れは、空からやってきたこの羽根の持ち主に殺された。そう確信できるくらい存在感の強い、異質な羽根だった。持ち主はとっくに離れているだろうに、威圧感さえも感じる。


 ……仇討ちがどうとかは、まだよくわからない。ドラゴンとして生まれてから、両親と会話すらしたことがないし、第一、これと戦って勝てるとは思えない。


 でも、おとーちゃん、おかーちゃんは、きっとオレを守るためにこいつと戦って死んでいった。


 だからもしこいつと遭遇しても、喰ってやれるくらいに強くなろうと、そう強く、強く思いながら決意した。



 

 ――瞬間、鼓動が爆発した。

 

 

 

 なにごとぉ!? 

 鹿を食ったあたりから鼓動がやたら強くはなってたけど、ここまで弾けるのは聞いてないよ! 大丈夫なのこれ!?


 爆音を放つ心臓の辺りから、迸るように様々な色の光が漏れている。


 光を見ていると脳裏によぎる、今まで食べてきた獲物たちの姿。


 兎――トカゲコウモリ――兎――狼――トカゲコウモリ――カニ――カニ――カニ――カニ多いな……――狼――鹿――


 オレが狩った、特に生命力に溢れた生き物たち。

 それが今、本当の意味でオレの血肉になろうとしているのがわかる。


 直感的に悟った。オレは今、進化しようとしている。


 今まで食べたものを元にして、さらに強く――ちょっと待って! 本能さんちょっとストップ! お願い! 


 オレは大急ぎで、目の前にある黄金の羽根を食べ始めた。


 この羽根の持ち主を二度と忘れないためにも! 

 オレがもっともっと強くなるためにも! 

 ここでこの羽根は喰って持って行く・・・・・・・・! 


 舌が電撃を食らったかのように痺れる。負けるもんか。

 ただ何かを食べているとは思えないほどの衝撃を受け続けるが、構わずすべてを喰らい尽くした。


 エネルギーのようなものは増えた気がしなかったけど、しかしその代わりに空を飛ぶイメージが鮮明になった。




 ――本能が選択肢を突き付けてくる。三つの姿を幻視した。


 空をいかずちのように舞うドラゴンの姿。


 陸を力強く駆ける獣のようなドラゴンの姿。


 海の底を闊歩する硬そうなドラゴンの姿。




 ――オレは当然ッ! 空を選ぶぜ! 


 両親や他のドラゴンたちのように、諦めずに空を目指す! 

 空に何が居ようともだ! 

 

 そう強く思った瞬間、光が散った。

 さらに次の瞬間、全身にやってくる――凄まじい痛み。


 ぐおおお痛い痛い痛い! 転生前に体験した成長痛の百倍痛い! 

 全身がメキメキいって、これは、ちょっと、気が――


 オレは倒れるように意識を失った。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

【楽園の龍山】

 空龍スカイドラゴンの楽園に存在する、空龍スカイドラゴンたちの生活拠点。大きくそびえ立つ、既に活動していない死火山は空龍スカイドラゴンたちの手によって住みやすいように徹底的に改造されている。


  巣穴が好んで作られる斜面はドラゴンたちの圧倒的なパワーで削られ、獣が登って来られないほどのもはや岩壁とでも言うべき急斜面となっており、さらに飛び立つ上で邪魔な植物が生えてこないように表面は丹念に焼き固められている。山の上部にはいくつもの平らな台地が造成され、空龍スカイドラゴンたちの憩いの場となっていた。満月の晩には、頂上に集まって月見を楽しむ習慣があったという。

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