第六話 強者との距離感

 

 オハヨー、カニ食べて元気いっぱいドラゴンだ。


 ……そういえば自分の名前を知らないなぁ。人間のときの名前を名乗ってもいいんだけど、どうせならドラゴンとしての名前を知りたい。親ドラゴンさんに会ったらわかるんだろうか。


 さて、今日はあいにくの雨みたいだ。どうりでちょっと涼しいと思った、霧雨みたいな細かい雨がふわふわと降っている。

 砂浜から森に戻って例のごとく枝の上だけど、木の葉が傘になってくれるおかげであんまり濡れなくて助かるね。いやドラゴンなら濡れてもへっちゃらなのか? 


 水滴は防げそうなものの、そのかわり地面からも薄っすらと霧が立ち昇っている。

 背の低い生き物はあんまり前が見えなさそうな程度の霧だ。


 こういう天候のときには家でゆっくりしたいところ。しかし今やオレはホームレスドラゴンなので、今日は山を目指して移動していこう。

 山にある自分が生まれた巣が家と言え・・るんだろうか? なんちて。


 地上に降りると前が見えにくそうなので、またもや枝の上を進む。慣れたもんだね。

 とんとん飛んで、地面を観察しながら進んでいるけど、他の生き物はあんまり動く気がなさそうだ。いつもは兎の一匹くらいは見つかりそうな感じなのに、今日はオレの風の流れを掴む能力にも何も反応がない。巣穴にこもってじっとしてるんだろうか。


 ……そうか、こうなって気づいたけど、オレって見えない場所で待ち伏せとかされたら察知できないんだ。動きがないと空気も動かないってことか、気をつけないとな。気をつけてなんとかなるとはちょっと思えないんだけども。


 熊の時みたいにいきなりすごいスピードで接近されるのも厳しそうだなー。

 むーん。待ち伏せと、突然の超スピードか。やっぱり奇襲という動きは強そうで、対処方法が思いつかない。


 そういえば、兎相手にオレがやってた口開け突撃噛みつきも奇襲か。

 やたらと強力なキバと顎は健在だ。それどころか、エアダッシュの習得と、カニパワーのおかげでさらに強力になったといえる。今こそ、横着口開け突撃をもう一度試すときではないだろうか? 小腹も空いてきたし是非やりたい。


 とはいえ、この霧だし獲物はなかなか見つからないかな。のんびり山のほうへ行こう。

 ずいぶん冒険したし、一直線に向かっても到着は夜になるかもなぁ。




 おそらく一時間くらい進んだころ、動くものを複数見つけた。


 鹿は背が高くて位置がわかりやすいね。そしてそれを取り囲む、雨と霧にまぎれた狼たちという、狩りの真っ最中の光景だ。前にも遭遇して近づかないようにしたっけ。

 一匹の狼が蹴り飛ばされて残り六匹になったところだけど、鹿のほうもけっこうな切り傷を負っていて大変そうだなぁ。


 ん? これ実は奇襲チャンスってやつ? 


 ……殺伐とした戦場にオレ、参上! お前らみんなオレの獲物じゃい! わははは! 


 鹿から狙うと狼に囲まれて死にそうだから、まずは狼からこっそり減らそう。


 木の枝を伝って、狼の頭上近くへ移動する。……よしよし、オレに気づいた様子はないな。もしくは狩りに集中してて気にする余裕がないのかな? 


 鹿の後ろをゆっくりと歩いて圧をかけている狼から狙ってみよう。鹿の前に四、後ろに二匹か。

 後ろの狼の、さらに背後を取るように動いて、ちょうど鹿が前の狼を鹿角で迎撃したのを好機としてオレも襲撃に入る。


 口開けよーし! 風に乗ってダーイブ! 

 

 霧に飛び込むように狼の首元に喰らいつき絶命させる。速やかに食事を済ませて、霧の中から隠れて木の上に戻る。早食いが得意なタイプのドラゴンで良かったぜ。


 狼たちには異変に気づかれたみたいだけど、まだはっきりと何が起こったかはバレてないみたいだ。タイミングが良かったかな。隣にいた狼だけすごい顔してるけど。


 そのまま隣の狼も上からの奇襲で素早くいただき、またもや木の上に戻る。オレはきっと忍者のドラゴンだったのだ。


 狼たちは、群れの数が減っているのがわかったようで明らかに動揺している。

 ふっふっふ。さあどうする? このまま一匹づつ減らしてくれようか……あーっ逃げた! 


 ちょっと大きい狼の一吠えをきっかけに、四匹の狼たちは統制を取り戻してどこかへ逃げていってしまった。

 あれが群れのリーダーってやつかな? 順番に減らして全部喰う予定が狂ったぞ。


 まぁこれで噛みつきが当たれば、狼には確実に勝てそうなのがわかったのは収穫だ。当たればだけどね、当たれば。


 んで、この噛みつきが、そこの鹿さんに通じるかどうかだ。


 狼が急に去ったことで所在なさげに佇む鹿さんだが、背後の狼から襲撃したおかげか、俺の存在に気づいていないみたいだ。霧を注視しつつ、周りを見回して警戒しているっぽい? 


 全身をそれなりに切り裂かれている鹿だけど、まだ動けるのは確か。

 もうちょい狼と削り合ってくれれば良かったけど、逃げる判断が早かったなー。次があればもっと待ってから漁夫とやらを目指そう。


 狼二匹分で食事はできたとも言えるから、ここで無理をする必要は無いんだけど……。


 味が、気になる。ここまで傷付いた鹿なんて、今後出会えるかもわからない。


 ……んおおお本能には逆らえねェ! オマエが欲しいっ! ここで食いたいんだぁっ! 


 オレは雨とともに鹿の首へ降りそそいだ。


 キバが分厚い毛皮をつらぬき――突然の痛みに反応した鹿が首を大きく振り回し、オレは鈍器のような太い角に殴り飛ばされた。


 首の皮が厚すぎたのか、奇襲でやれなかった。まずいかも。

 視界が揺れる。頭を殴られたせいか、うまく立ち上がれない。

 鹿のほうは、首から血を吹き出しながらもこちらを見据え、一歩一歩近づいてくる。


 前脚が届く距離になり、あの巨大な蹄でオレを踏み付け――


 ――ようとして、姿勢を維持できずに横倒しに倒れた。


 ……すごい血の量だし、さすがに限界だったのかな。なんにせよギリギリ助かったみたいだ。今だけは、ここまで追い込んだ狼たちに感謝したい気持ちでいっぱいだよ。


 ふらつく体を支えながらオレはゆっくりと起き上がり、今にも命の灯火が消えそうな鹿の前に立つ。

  横入りして倒した以上、多くは語るまい。いただきます――! 


 ――バクッ! ムシャムシャ。


 ……もがもが、デカすぎて、いつもみたいにペロリとはいかないぞ。

 しかも角と蹄がゴリッゴリしてて、なかなか……カニより硬いなコレ。


 しかししかし、ドッシリした肉の味に、どことなくフルーティでシャキッとした植物っぽい風味が感じられて、どんどん食べたくなる飽きにくそうな味だ。サラダ肉ってこういうこと? 

 ジビエの臭みとやらは体験したことがないけど、この鹿は無縁だな! 


 食べてみなぎるこの力。具体的には四肢の力が強くなって、ついでにツメとツノがさらに頑丈になった気がする。


 そして今回は何かが違う。

 心臓から湧き上がるような、このかつてない感覚はいったい? 

 ちょっとしたきっかけさえあれば、すぐにでも弾けそうなほどの鼓動の高鳴りを感じる。これが不整脈……? 


 少し不安になるほどの鼓動の強さだけど、具合が悪くなったような感じは無いからとりあえず良しとしよう。食に感謝しつつ食事を終える。


 腹もいい感じに満たせたし、先へ進もう。




 道中で霧も晴れ、雨が止んだころにはもう日が沈み始めていた。すでに山が大きく見える距離だ。

 今日のところは寝る準備を済ませて、明日に山の探索をするとしよう。


 木の上で枝をいい感じに寄せて、おやすみー。




 ――……夢の中で、何かがしきりに急かしてくる。強く、求めろと。


 えっなにを? もうちょっと具体的に頼みた――……




 おはよぅ。なんか変な夢を見た気がするけど、なんも覚えてない。夢ってそんなものね。

 まぁいっか。どうせ大した夢じゃないっしょ。


 さて、オレが産まれたであろう山はすぐそこだ。

 親ドラゴンさんたちの手がかりを求めて、行くとしようか。

  

 

 

 

――――――――――――――――――――

【バッザークラブ】

 砂浜に巣穴を作って根を張るように住み着く、横幅六十センチから一メートルほどになる丸っこくて赤い蟹。砂中の食料を食べやすいようにか、爪が細長く蟹の中では器用な動きができ、鋭利で切れ味も良い。

 

 普段は巣穴の中で砂に含まれる有機物を濾し取って食べていることがほとんど。

巣穴の前を何らかの獲物が通りかかると、鋭い爪を突き出して捕食しようとする。

 

 海沿いの国ではこの蟹を狩る専門の冒険者も存在する。

 長い槍と長い棒を持ち、砂浜に空いた穴を棒で突っついて蟹に掴ませ、引っ張り出してから口の中を長槍で貫いて仕留める姿は海辺の名物になっている。

 

 味もそこそこ美味でとりあえず茹でれば食べられるので、海辺の食料として親しまれている。

 胴体は殻を採取して、盾や鎧の一部などに加工されることが多い。

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