第五話 海辺のバイキング

 

 昨日は思ったよりも早く鹿が帰ってくれて助かった。ナワバリがあそこまでだったとかかな?


 でも中途半端に逃げたせいか、海側に近くなってしまったので、まずは海に行こうと思う。べ、別に海の幸に釣られたわけじゃないんだからねっ! 


 実際、昨日と一昨日はあまり多く食べていなかったせいか、少しパワーダウン気味な気がする。燃料をくれぇ。

 傷のほうはすっかり癒えているあたりさすがドラゴンって感じだけど、疲労感のような、じっとりとした飢餓感みたいな感覚は昨日よりずっと強く纏わりついてくる。

 これが酷くなると、産まれた直後のように、何かを喰べたいという考えで頭がいっぱいになるんじゃないだろうか。そんな予感がした。


 こんな状態で熊とか鹿とか狼の集団とかに鉢合わせたくないので、木の上から枝伝いに海へ向かおうと思う。潮風を目指して出発だ。


 枝を蹴って軽く飛んで、ぴょいぴょいと進む。道のりは青々とした葉っぱと太めの枝でできている。ほどほどに木と木の間隔があるけど、ジャンプに失敗して落ちても飛べるから安心だ。


 なんだかびっくりして飛び起きた様子のトカゲコウモリと遭遇したけど、オレへのご褒美かなにかかな? 

 一直線に飛んでガブリとやって、逃さず朝ご飯を堪能する。うまうーま。


 前に熊を発見したときや、高く飛んで見回した時にもしやと思ったけど、今のオレは目が良いみたいだ。ドラゴンの目は鳥よりも遠くが見えるんだろうか? 

 視界も横に広いようで、こうして眼下に兎を発見していつでも襲撃をかけることもできるし、鹿を見つけて避けることもできる。

 人間だった時の感覚では思いも寄らないほど、高いところは有利に感じるね。

 

 ただ、こうして視点を高くしたまま活動したことで、前々から薄っすらと感じていた違和感がようやくはっきりしてきた。


 鳥がいない? 


 こういう森って鳥が飛んでたり、鳴き声が聞こえたりするものだって田舎のじいちゃんに遊びに行ったときに体験したはずだけど、この森は飛んでいる生き物が極端に少ない気がする。


 トカゲコウモリはいるけど、アイツはあまり高く飛ぶタイプじゃなさそうだ。

 木の上を越えて高く飛ぶ影を見たことがない。空に鳥がいない。


 ……オレ以外のドラゴンさんがいない理由にも関わってくるんだろうか? 

 想像もつかないけど、なんとなく高く飛びすぎるのはやめようと思った。




 そんなこんなで、追加でもう一匹ばったり出くわしたトカゲコウモリをおつまみにしつつ、潮風がはっきり感じられるところまでやってきたのであった。


 地面に砂が混じった瞬間、木々がなくなって視界が夏になった。


 海だ、白い砂浜だ! 

 左の方には岩場もあって、磯っぽくなっているみたいだ。思ってたより遊べそうだぞ! 


 テンションに任せて砂を蹴ったら、さっそく細長い貝がコンニチワした。つまんでみると、オレの指と同じくらいのサイズ感。

 海の幸の第一村人だ。でも貝って焼かないとヤバいっていうし、これは大丈夫なんだろうか? 

 

 本能に問いかけるようにムムムと悩むと、本能が「大丈夫ダヨ(裏声)」って言った気がした。いや言ったのは俺なんだけど、そう受け取るだけの気概を本能に感じた。オレは食うぜ。


 カリッとかむと、じゅわっと貝のうまみが溢れ出す。オレは今まさに海にいる。

 殻ごといけるのはドラゴンの特権かな。なんだかカルシウムが補給できそうな、骨が丈夫になりそうな気分になれて嬉しいね、こいつぁ。


 調子に乗って砂を蹴って遊んで走り回っていたら、砂浜に穴が空いているのを見つけた。俺の頭がギリギリ入りそうな広さで、中に水が溜まっている。


 中には何がいるのかな〜? 魚とかだったら良いな。

 好奇心に任せて暗い穴を覗き込んでみると、危機を感じた。水面が白く泡立つ。

 すぐ顔を逸らさないとマズイ、何かが発射される・・・・・・・・!?


 咄嗟に仰け反ったおかげか、頬をかすめるだけで済んだ。

 穴から出てきたのは――カニの爪だ。目の前でガチンと鋭利な爪が合わさる。慌てて後ろに飛んで距離をとった。


 カニィ!? カニの巣穴だったのか! 危なかった、避けるのが遅れて首でも掴まれていたら、ここで死んでいたかもしれない。


 巣穴の中から、爪の主がカニ歩きで出てきた。丸っこいフォルムで、鋭く長い爪を持った――オレより少しデカい赤いカニ。前世でお前みたいなの味噌汁で食ったことあるぞ! 


 カニがカニ歩きで突撃してきたので、すぐに上に飛んで避ける。

 元いた場所に遅れて爪が振り抜かれる。あれくらいの速さならなんとかなりそうだな、狼よりはスローだぜ。


 着地した後に、またもやカニ歩きで回り込むようにして接近してきた。

 同じように飛んで避けた直後、真下にあるカニの背中めがけて、エアダッシュを使った急降下キックを叩き込んだ。ミシリとカニの甲羅が悲鳴を上げ、衝撃でカニの身体が軽く砂浜に埋まる。

 自分で思っていたよりも威力が高くてビックリ、食べた分は強くなっているようで嬉しくなるね。


 砂にハマってもがきながらダウンしたカニに乗り上げ、最後のトドメを思案する。

 今の蹴りでも甲羅が割れないんだから、ツメは当然通じない。となると噛みつきで終わらせたいんだけど、カニってどこに噛みつくのが良いんだ……? 


 このまま悩んでいるとカニが復帰しそうなので、手っ取り早く決める必要がある。

 もういいや、とりあえず頭にいっきまーす! 


 バギリと派手な音を立ててキバが食い込む。

 すると、途端にカニの動きが鈍くなって、やがて動きを止めた。かにみそを仕留めたぜ。


 食べるのに苦労しそうな甲羅をしてるけど、カニの味が気になるオレには障害物もなんのその。ドラゴンなら殻ごといけると信じて、いただきます――!


 ――バギョッ! ゴリッゴリッ……。


 う、うん。ゴリゴリするけどなんとかくえるし、味は……カニだな! 

 重くのしかかるような濃〜いカニの味だ。カニ、カニ、カニ。口の中がカニに支配されている。カニが好きならこれを食え。頭の中までかにみそになれるカニづくしの楽園が、そこにはあった。


 まるで身体の隅々までカニになった気分だ。

 全身のホネやキバやツメなど、元々硬い部位がさらに硬くなったように感じられた。

 オレの中の進化ゲージがぐぐんと伸びた気がする。いや進化ってなんだよ。とにかくこれがカニパワー……! 


 食べるのに苦労するだけの価値はあった、とオレの中の評論家が言ってました。いきなりこんな美味をぶつけてくるとは、やっぱり海ってすごいね。


 もっと何かを食べたくなったので軽く飛んで砂浜を見渡してみると、似たような穴が点々と浜辺に空いているのが見て取れた。ここはカニの国だったのか……。

 カニが食べ放題だと気づいたオレは、電撃的に一つの作戦を思いつく。


 ――カニに気づかれる前に巣穴に突っ込んで、片っ端から食えば良いんじゃね? 


 爪による先制攻撃なんて、密着すればできまい! 

 辛抱たまらん、突撃じゃー! ……




 ……カニの巣穴に片っ端から突っ込んだ結果、十五匹目くらいでようやくちょっと満足できたのだった。


 巣穴に突っ込んで砂ごと噛みまくってびっくりさせ、穴から飛び出たら頭をかんでトドメを刺しつつそのままお食事の流れが鉄板となった。最初のカニのおかげで、顎が強化されて食べるのが速くなったのが勝因だな。

 予想よりずっとスムーズにカニフィーバーができて楽しかった。ご馳走様でした。

 

 そして今回のカニで確信した。初めて食べる生き物とそれ以外とで、強くなる幅に明確な違いがあるみたいだ。


 何度も食べてる兎やトカゲコウモリも、最初はビビッと来るほど強くなった気がしたけど、二回目からは最初ほどの衝撃を感じなくなった。ウマいけどね。

 今回のカニもそう。一回目はあんなに硬くなった気がしたのに、二回目からはなんか控えめだ。同じ現象が起こっている。


 つまりきっと、オレはまだ見ぬ、味を知らない獲物を食べることでより強くなれるってことなんだよ! 

 食べるために挑戦する口実が重なっていく。勝ったな。海入ってくる。


 もう全身砂まみれだし、海で洗い落とさないとやってられないよ。

 そういえば体を洗うのって、ドラ生で初めて? まさか狼に匂いで追跡されてたのって、オレが臭かったからってこと……? 


 少しショックを受けたが、浅瀬でバシャついて体をきれいにしておく。塩っぽくなるのは我慢だ。


 せっかく海に入っているし、魚とかも最後に食べたいなーと欲を出して、綺麗で澄んだ海に少し潜ろうかと進みだした矢先。


 遠くの――比較できるものが無いから正確にわからないけど――沖合いのほうで、クジラのような、とにかく大きそうな生き物が水面を跳ねた。


 それを追って、さらに巨大な、凶悪な鱗まみれのウツボみたいなのが飛び出てきて、クジラっぽいのに噛みついた。

 そのまま水中に引きずり込まれたあとには水柱だけが残されて、何も浮かんではこなかった。


 ……うみこえー。潜るのはやめとこ。


 オレは粛々と海から上がり、今日の一日を閉めにかかるのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

【ブラック・ロックベア】

 森林および森林に隣接する岩場や山で活動する、体長三メートル程度の真っ黒い熊。熊にしてはやや細身で手足が長く、筋肉質。生息地が大型化にあまり適していない関係からか、三メートル以上に成長することはほぼない。


 その体形と筋肉のためか、足場の悪い地形でも機動力に富み、視界の通りにくい環境に適応したためか聴覚も優れている。反面、視力はやや弱いようだ。


 長い手足を使った格闘戦が得意で、爪を揃えた手で槍のように突き出す通称「ブラックスピア」と呼ばれる技が冒険者たちに恐れられている。


 雑食でいろいろなものを食べるが、好物は森の果物に淡水魚、それと岩場に住む大型の蛇であるホワイト・スネーク。


 基本的には森林に寝床を作り生活するが、好物の蛇を食べるために岩場にも頻繁に進出することと、大陸中央付近に位置するロックスミスの街近辺で遭遇することが特に多いことからロックベアという名前がついたようだ。

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