第四話 食いしんぼうパニック
樹上からおはようございます、枝ゴンです。
そういう種族なのかってくらい枝の上で寝るのが慣れてきた今日このごろ、全身が痛い。
いや昨日の激戦のわりには痛くない方なんだけど、ドラゴンでも痛いもんは痛い。
短剣つき狼との死闘を制したわけだけど、普通にギリギリすぎた。デタラメミキサーが当たらなければ、間違いなく死んでいたのはオレのほうだ。目を回すのは致命的すぎるだろふざけるな。
今後はもう少しまともに戦いましょう、反省終わり! なんか食いたくなってきたし散歩でも行こうぜ!
狼に追われたり追ったりして動き回ったせいか、元のオレが産まれた巣のあたりからはだいぶ離れてしまったようだ。
こうなると道とかもうヨクワカランし、気分で歩いてみよう。お散歩ドラちゃんのお時間だ。
まずは枝が倒れたからあっちと歩き、大木で直進できなくなったから次はなんとなくいい匂いがするこっちと歩き、兎が美味しかったから獣道になってるそっちに歩き、狼集団の狩りが遠くに見えたからどっちに歩き、と進んで進んで……。
太陽が頂点に達するころ、こうしてスイカみたいな果物とそのツルが茂っている場所にたどり着いたのじゃ。
あれ? スイカって野菜だっけ? まぁいいや、とにかくこれ。
皮が緑じゃなくて桃色っぽい感じの、スイカと同じくらいデカいボール型の果物が、木に巻き付いたツルから垂れ下がるように生えている。
果物かぁー、ドラゴンになってから果物にチャレンジするのって初じゃない? ちょっとワクワクしてきた、ファンタジー果物の味を見てやろうじゃないか!
それじゃあ、いただきまーす――と手を伸ばして飛びつくように果物へとすっ飛んだオレは、逆方向からオレと同じように大急ぎで接近する存在に気づくのが遅れてしまった。
全く同時にたわわに実った巨大な果実を掴む。左側がオレの手、右が……黒い熊の手だ。
お互いに限界まで目を見開いて驚き、固まる。
熊!? 熊なんで!? クマっ? あれ? なんかこいつビビってる? いやオレはお前にビビってるんだけど!? あっ、おまっそれオレんだぞ! 離せ! いや逃げるべきか!? いやその果物オレんだって離せ! あーっそんなに強く引っ張ったらだめだって潰れる!
両手とツメでガッチリ果物を掴んで、オレは
「
「ぐおーぐおー!」
お互いにビビりながらもガウガウグオグオ騒ぎまくってしばらく引っ張りあった結果、気づいたときにはもうミチミチと音がしていた。
思ったよりも柔らかかったためか、次の瞬間には裂けるように果物はキレイに真ん中から二つに割れて黄色い果肉をさらしてしまったのだった。
半分になっちまったー!? でも熊相手に半分も取れただけ良いのか? ムウ、でもうまそうだぞ。そっちのほうも欲しいぞ!
慌ててもう片方を抱えた熊のほうも、オレの持っているスイカっぽいのを名残惜しそうに見ながら、素早く木々を抜けて去っていってしまったのだった。ありゃ狼より速いなぁ。
しかしなんでビビってたんだろ? もしかして、オレの親ドラゴンを知ってて警戒したとか? でも空を見てもドラゴンとか飛んでないしなぁー、わからん。謎が謎を呼ぶってやつかな。
考えてても仕方ないので、ガブリと実食。お味はいかが?
皮は硬くない……うにゃああすっぱい! あ、でもすっぱさの後にじんわり甘みが広がって、すっぱさも後をひかないからサッパリしてて……わりといける。甘くて丸かじりできるレモンって感じだ!
ファンタジー果物、侮りがたし!
ふぃー、堪能した。気づけば無くなっているから困るね。
他の生き物を食べたときみたいな、進化しそうな衝撃こそ無かったものの。糖分が補給できたおかげか良いことを思いついた。
――そうだ、木登りしよう。
いつもやっているだろって? いいや、今回は、いつも寝床にしているような場所よりもっと高いところまで登ってから、さらに上に飛んでみようと思う。
上から見渡せば今、どんなところにいるかわかるかもしれないってことだよ! なんでもっと早くやらなかったオレ!
丁度いい感じの大木もさっきの散歩で見つけているし、そこまで戻ってみようか。
――戻ってきました大木の根本。
この木だけ明らかにデカイし長老って感じだ。歴史を感じるね。
そんで既にトラブルに遭遇しているってのが困るね、ドーモ。
上を見上げると、無数の目と目が合う。前にテレビでみたことがある、小さい猿のペットに似た姿で。白い毛のそいつらが、枝や葉っぱの影からじーっとこっちを見つめている。
前にここを通りかかったときは全然気が付かなかったなぁ。どっちに散歩するかしか考えてなかったし、ロクに上を見ていなかった。ドラちゃんうっかり。
いや普通に対応に困る。こっちを見つめるだけで動かないから余計にどうしよう。
オレが今までなんだかんだで余裕ぶっこいていられたのは、いざとなったら木の上に逃げればまぁどうにかなるんじゃないかな~という楽観的な考えによるものだ。
でもこうして新たな木の上の生き物と間近に遭遇すると、なんだか逃げ道を塞がれたような気分になる。今後のためにも、こいつらへの対応を決める必要があるな。
……よし、ものは試しっていうし、いっちょ登ってみっか!
ちょっぴり喰う気満々のオレは、地面を蹴って上に飛び上がった。
すると、猿たちは一斉に驚くように反応したあと、一目散に枝を伝って走ったり跳ねたりしながら逃げ散っていくのだった。
……オレのおやつがどこかに行ってしまった。あのすばしっこさで木の上を逃げられたらちょっと追いつけない。味を見れなくて残念な気分に変わった。
気を取り直して木登りを再開する。
上にエアダッシュして、木に掴まって一瞬休んで、また上エアダッシュの木登り法が完成した。これが一番楽だと思います。
エアダッシュを使ったときに何かを派手に消費するような感覚があるけど、一瞬休めば即満タンになっている気がする。
何か燃料的なものを使っているのか、これが足りないと普通に飛ぶこともできなくなってしまうみたいだ。でもすぐに補充されるのはなにゆえ? わからないけど便利に尽きる。どんどんドヒャッと使おう。
そうして枝を途中で避けながら十五メートルくらいも登ったころ、木々のカーテンが完全にひらいた。遮るもののない空だ。
そこからさらに上へ登って、軽く飛んでみると――
視界の殆どが見渡す限りの森。広すぎて、この高さじゃ果ては見えないみたいだ。
森がちょっと切れている正面のあそこは川だろうか? 前の小川よりは大きそうだ。
左前方の遥か遠くに、小高くなった丘と草原も少し見えてて、そこに生き物のような点がかすかに動いている。
右手には――灰色の山が見えた。富士山みたいにデカいわけじゃないけど、周囲の森の木々よりはずっと背の高い山だ。古くなった、もう動いていないすり減った火山みたいな雰囲気のあそこは、ドラゴンとしてのオレの生まれ故郷で間違いないと思う。巣に帰ることはできそうだ。
後ろを見ると、日帰りできそうな距離に海が見える。海ってなんかいいよね。なんかね。海で遊んでいきたい欲求も出てきてしまったなこれは。
ゆっくりと降りて枝に着地する。さて、これからどうすべきか。
山を目指して、元の巣のあたりを探索してみてもいいかもしれない。今なら少しは余裕を持って見て回れると思うし、親ドラゴンさんの手がかりがあるとしたらこのへんだろう。同族ドラゴンと一度は会ってみたいしね。
でも海も行きたいし、川の魚とかもちょっと気になるな〜と浮気ぎみなキブン。
地面へと飛んで、とりあえず山に向けて歩き出した。
気が変わったら横にそれれば海や川にも行けそうだし歩きながら決めよう。
もう夕方になるから道中で寝ることになるけど、小腹がすいたし食えるものでも探しながら行こうか。
とかなんとか思ってたら早速、低木に生えた木の実発見。
赤いブルーベリーみたいなのだし食えるはず。口に入れてから判断すりゃオッケー!
軽く飛んでちょいと失礼……味は……なんかちょっとピリピリするけど、まぁイケるイケる。スパイス入りのしょぼいブルーベリーって感じの味。
それなりの量があったから調子よくパクパクしてたら、近づいてくる生き物の気配を捉えた。コイツもけっこうでかいぞ?
土を踏み鳴らしながら姿をあらわしたのは鹿だ。角が大きな曲がった鈍器みたいな質感で、足がぶっとくてデカい蹄がついている、二メートルくらいの鹿。
ついでになんか微妙に怒ってそう。
あ、もしかしてこの木の実が欲しかったのかな? もう食べちゃったしキミの分はないよ! もっちろん反省してない!
心の声が通じたわけじゃないと思うけど、すっごい華麗なステップを踏んで木々を避けながら接近してきた。やべぇ逃げよ。
大急ぎで上へのエアダッシュを駆使して近くの木に登ると、そのぶっとい足で後ろ蹴りを木に叩き込んできた。爆発みたいな音がして、頑丈そうな木がぐわんぐわんと揺れる。ツメが無かったら落ちてたぜ……。
こりゃかなわんと枝伝いに逃げ飛んで、今日の一日を終えるのだった。
逃げられたり逃げたりばっかりの日だったな!
――――――――――――――――――――
【サベージウルフ】
世界各地の森や草原など広い地域で見られる中型の狼。森に生息する個体は別名「フォレストウルフ」とも呼ばれる。木陰に潜むためか、暗くて茶色っぽい毛の色をしている。
前足の側面に、骨が変化した短剣のようなブレードを持ち、爪自体も鋭く長い。
家畜化されていない野生の狼なので非常に獰猛。群れを維持するために積極的に獲物を狩る。
主にナーラビットなどの小型~中型の生き物を狙うが、群れの状態が良ければ、より大型の相手も狙うことがある。
基本的に最低でも五匹程度の群れを作る。前に二、背後に三の割合で密かに獲物に忍び寄り、囲んでは獲物の死角からすれ違いざまに切り裂き、追い込む習性を持つ。とどめを刺すときは一斉に噛みつき爪を突き立てる。
群れの特に若い個体に経験を積ませるために、小型の動物を単独〜少数で狩ってこさせる風習がある。その場合、群れの年長グループが事前に狩り場を検分し、大きな脅威が見られなかった地域へ送り出すようだ。
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