第三話 狼の狩り方

 

 オレより大きい、茶色い体毛の狼が五匹。

 眼下の木の根元で、こちらを睨みながら挑発するように爪で木肌をガリガリ引っ掻いている。


 木の上で寝ててよかったよかった。……ウーン、こんなときは現実逃避しよう。

 一晩寝たことで、地味にずっと痛かった、兎に思いっきりかまれた腕は痛みが引いている。それどころかたくさん食べて寝たおかげか、身体の調子が良い。やっぱり成長期ってやつなのかな、全体的に一回り強くなった気がする。

 って、生後ゼロ日だったのに成長期は早すぎるやろがーい!


 ……さて、自分の調子は良いとして――そろそろ現実を見よう。どうしようかなぁ、あの狼。

 オレが獲物を奪っちゃった狼とそのお仲間だよね、絶対。あのときすっげえ睨んでたし今も睨んでる。


 よく見ると、前脚の側面に鋭い骨みたいな短剣が生えている。脚も長くていかにもはやそうなカンジ。

 脳天気なオレでも五匹を相手にして勝てるとはちょっと思えない。生後満一日児だからして、せめて成長するまで待ってもらえないだろうか?



 しつこく現実逃避しながら樹上で枝から枝へ飛び移り、横へと移動してみる。

 身体を隠すような動きもしたけどぴったり付いてくるね、匂いを覚えられちゃったってことなのだろうか。


 どうしよっかなぁ、降りていって戦うのは最後の手段にしたいかも。兎の噛みつきで危ういところがあったんだから、それより大きい狼五匹にいっせいにかまれたら流石に幼児ドラゴンでも死んじゃうと思うんだ。


 とりあえずで枝を渡って木々をパタパタ移動していたら、昨日発見した小さな川が見えてきた。黒い熊さんが入っていた川だ。


 と、ここで唐突にひらめきが降りてきた。熊さん近くに居ないかな?


 川のおかげで視界が通って少し見渡しやすい。

 そのまま川に沿って枝を飛んで探して……いたいた、黒い熊さんだ。今日も川辺で魚捕り。

 こうして近くで見ると思ったよりも手足が長く、体格が良いはずなのに不思議と細く見えるね。その長い手を使って川をあさって集中している様子。

 オレからはお土産をあげよう。


 熊さんがよく見えるくらいに近づいてから、思い切り叫ぶ。気持ち狼っぽくね、せーのっ! 


「ガオオオン!」


 そしてすぐに木の陰に身を隠す。すると熊が、オレの足元にいる狼たちに気づいたようだ。うっひっひ、どうなるのかな? 熱い友情でも生まれるのかな?  


「グオアアアアアアア!!!」

「グル!?」

「キャン!?」


 魚獲りを邪魔されたと思った熊がすぐさま猛烈な勢いで狼たちに突進していった。おたけびを聞いて怯んだ狼は、熊のぶちかましに当たって二匹吹っ飛んで、無事だった三匹はその直後にすぐさま散り散りに逃げ出した。熊は倒れた狼に追撃を加えている。

 うわー、大惨事だよ。やったのオレだけどね! でも謝らないよ!


 そしてオレは木からそろそろと降り、逃げた狼のうちの一匹を追いかける。

 うおお唸れオレの足、見失わないように走るんだ!


 ドタドタとみっともない音を立てる短い足は、まるで速度が出ない。

 狼のケツすら拝むことができない速さ、これではすぐに見失ってしまうのは確定的に明らかだ。

 チクショウ、どうしたら……いや、まだ手はあった。今こそ四足歩行だ、手を使え!


 走るのに馴染む姿勢に切り替えたことで、ベビーカーから三輪車くらいの速さになった。手も足も短くて話にならない。


 仕方がないので、翼で羽撃はばたく横っ飛びを挟んで直線をショートカットしつつ地道に追いかける。

 熊のお陰でパニック状態の狼は、早々にスタミナ切れになっていたようで、思ったよりも早く追いつくことができたのであった。


 場所は相変わらず木々に囲まれた森の中。

 地面は平らなほうだが、この空間なら狼は走り回ることができないだろう。おまけにスタミナ切れだ。


 卑怯なことをした気もするがもう忘れた。いざ尋常に勝負!


 ――喜び勇んで飛びかかった俺に対して、狼が取った行動もまた『飛び』だった。


 曲線の軌道で飛んだ狼は、オレから見て左にある木の腹を蹴り、オレの背後へと半月を描くように回り込みながら、脚に生えている短剣で左翼を切りつけてきた。


 背中の外側から灼熱感。感覚から翼の骨は絶たれていないが、皮はスッパリやられてしまったようだ。血が流れ、遅れて痛みがやってくる。


 ……傷は手羽先一丁ってとこだな。得意げな狼にちょっぴりイラッと来るが、実際びっくりした。森に住む狼ってあんな動きをするのか。『走れなくとも、こういう素早さってのもあるぜ』って見せつけられた気分だ。


 オレが姿勢を整えてもう一度飛びかかろうとすると、焼き直しのように狼が三角飛びをして逆の翼が切られた。翼は自分の身体のうちで口からとても遠い位置にある、噛みつきがやりづらい。また血が流れる。

 間髪入れずに飛びかかってきたのを咄嗟に体をひねって手のツメで迎撃しようとするものの、カスりもせず終わる。

 動きを見てアイツも警戒して切りつけてこなかったようだが、次は攻撃してくるだろう。


 ツメは駄目だ、当たっても仕留めきれない。噛みつきでは動きを追いきれない、でも当たればこの狼でも一撃で噛み砕くことができるだろう。やれるか? 


 迷っている間にまた左翼を切られ、反撃の噛みつきは当たらず、その隙に右肩を切られ、再度反撃の噛みつきは尻尾の毛をかすめ、お返しとばかりに左角の付け根のあたりを鋭い爪で引っかかれ、血が滲む。


 ……まずいぞ、傷が増えてきた。

 骨が頑丈なおかげか、致命的な傷にはなっていないものの、血を流しすぎるのはドラゴンだって危険な気がする。


 風の流れを感じられるおかげで動きの軌道はだんだんわかってきたけど、まだ空中で自在に動けないせいで動きを追いきれない。


 打つ手は、打つ手はないか、ツメ――キバ――尻尾――……。


 だめだわからーん!! 

 こうなりゃヤケクソだ! 全部使ってから考えるんだよぉ! 


 狼が木を蹴る直前。


 垂直に飛び上がり、全力で手足のツメを使い周囲をひっかきまくりながら、狼へ向かって横っ飛びを放つ。とにかく一撃を当てるんだ! 


 変な姿勢で横っ飛びを使ったせいか、斜め上方向へひねるように回転が発生した。

 数メートルを一瞬で移動する勢いがそのまま高速の回転に変わったうえ、さらに風を巻き起こす翼の影響か周囲を引き寄せるような竜巻状の風も生み出されたことで、ドラゴンの頑強な爪、角、翼などがフルに使われた天然ミキサーとなった。

 なってしまったのだ!


ぐるああどうなってあああ!?んだこれー!?

「グゥっ!?」


 飛びかかってきた狼はドラゴンミキサーに巻き込まれ、右半身を強く切り裂かれながら吹っ飛んだ。オレも回転を制御できなくて吹っ飛んだ。

 頭をぶつけた上に目が回りすぎてまともに立ち上がれないけど、やってやったぜ……。ちょっとたんま。

 狼のほうも、右側の脚を二本とも負傷したようで、立ち上がろうとして倒れてもがいている。脚をやれたのは運が良かったな。


 少し時間をかけてオレが立ち上がったのと、狼が負傷した脚で辛うじてバランスを取って立ち上がったのはほぼ同時だった。

 

 あの脚の傷じゃ今更逃げることはできない、逃げられても簡単に追いつけるだろう。狼もそれが分かっているようで、オレと決着をつけて生き残ることを選んだみたいだ。静かに睨み合う。

 

 ――狼が負傷していない脚を強く使って地面を蹴った。最初と比べればずいぶんと不格好な飛び方は、曲線ではなくほとんど直線の動きだ。これなら追える。


「グルァア!!」

グオアアアそこだ!!」


 木を蹴って三角飛びをした狼の剣を、正面から抑えるように片腕で受け止めた。刃が食い込むけどそれだけだ。あんまり速度が乗ってない。

 もう片方の手で頭を掴んで逃げられないように固定し、すぐさま首元に噛みつく。――何度も聞いた命が砕ける音が鳴った。

 

 ――……よし、勝った。勝てたぞ。想像してたよりずっと強かった。一対一なら勝てそう、なんて我ながらよく言えたもんだねまったく。


 しかし朝からしつこく追い回されて、何も食べていない。腹が減った。

 犬っぽい生き物を食べるのなんて本来は躊躇しそうだけど、ここは厳しい自然の中。ましてや自分が仕留めた獲物を前にしては、そんな躊躇など犬の餌にもなりはしないのだ。

 いただきます――!


 ――バクッ! ムシャムシャ。


 ……うーん、ワイルド! ワイルドなお味! 

 どんな高級な赤身肉だって持ってない、野生の旨味が詰まったような、力強く足を踏み出したくなるような味だ! ウマいぞ! 


 より具体的には、脚力が大幅に上がって、細かい動作がちょっと機敏になった気がする。

 今までより確実に強まるのを感じる。身体が内側から熱くなっていく。


 もしかして、強い生き物を食べたほうが食事の効果が上がるんだろうか? 味はどうなってしまうんだろう? 

 比較しようにもこれ以上強い相手と戦うのは厳しいから、今は確かめようがないけれど。しかし興味は尽きないのだった。


 ……いやというか、さすがにサイズ的におかしくないかな? ハラヘリのあまりオレよりでかい狼を一気飲みくらいの勢いで食べたんだけど、胃袋どころか身体より大きな獲物が入るのはおかしいよね? 

 ふと体の中で直接燃やしているようなイメージを抱いたが、実際どうなっているのかわからない。謎だ。

 ――ドラゴンってすごい。改めて思考を停止してそう思った。


 ここで一旦、戦いを思い返してみて。

 やっぱりがむしゃらに出した横っ飛びが決め手だった。もはや竜巻高速回転だったけど、あれのおかげで接近してきた狼を迎撃することができた。

 同じ手が何度も通じるとは思えないし、自分も目を回して吹っ飛んじゃうから可能な限りやりたくないけどね。必要ならまたやるけど。


 怪我の功名というべきか、変則的な横っ飛びを経験したことで、別方向への飛び方のコツを掴んだ気がする。飛びたい方向の逆へ向かって、翼で風を掴んで真っ直ぐ強く投げるような感じだ。


 もはや横だけじゃないなら、なんて呼ぼうかな……〝エアダッシュ〟にしようか。転生前にやってたゲームで、そんな名前の空中を走る技があったから真似しよう。必殺技っぽくてテンション上がってきた。


 というわけで試してみた。


 真上エアダッシュ! 三メートルくらい一気にドヒャッて飛び上がれて楽しい!

 斜め上エアダッシュ! 勢いのままに長めの距離を山なりに飛べて爽快!


 今オレは痛みにのたうち回っている。狼にもらった傷を忘れて二回も連続でエアダッシュを使ったからだ。

 風を起こすと翼に負担がかかる、忘れちゃだめだよ。未来のオレと約束だ。


 もうやってられないくらい痛いので、必死こいて木に登って眠りについた。

 また明日頑張る。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――


【デミレッサーワイバーン】

 高地や深い森などで見られる、翼つきのトカゲのような動物。通称トカゲコウモリ。体は細く小さく、対照的に翼手が非常に大きい。体長は五十センチ程度におさまるが、翼幅は一メートルを越える。 

 樹上や大きな岩場などを拠点に巣を作って活動し、主に虫を捕食する。

 

 群れを作ることもあるが、広く散って食料になる虫を効率よく探すため、番であっても狩りは単独で行うことが多い。

 夕方から明け方まで活動するタイプの夜行性であり、昼間はどの季節でも巣でおとなしくしていることがほとんどようだ。


 名前が付け足し感甚だしい通り、レッサーワイバーンとワイバーンも存在する。

 というより、見た目がワイバーンに似ていたため、とりあえずワイバーンの一種だとして扱われたあとに、翼竜に比べてあまりにも弱々しい生態を考慮してどんどん名前も弱くされていった経緯がある。

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