第二話 空からの襲撃?
ぐるぐる歩いて唸って悩んだ結果、安全な場所を求めてもう少しだけ森の奥に進んでみることにした。まずそうに感じたらすぐにでも戻ってくるつもりだ。オレはどっちかというと美味しい思いがしたい、お腹減ってきた。
安全そうな、良い感じの茂みの中にでも隠れられれば、一夜くらいはなんとかなるかな?
というわけで出発。夜までには寝床を見つけられますように。もしくは親ドラゴンさんが帰ってきますように。
てくてく歩きながら、ふと思う。
翼と尻尾でバランスが取れるおかげか、二足歩行でも違和感があんまり無かったから気にしてなかったけど、本来は四足歩行が動きやすいのかもしれない。人間のときのクセでつい二本足で立っちゃうけど。
試しに四足歩行をやってみると不思議と馴染む気がする。でも視界の低さに慣れないから普段は二足で、必要そうなときは四足にしようかな? 素早く動くときは翼を使って横にふっ飛んでるから、意外と使う機会は無さそうだけどね。
あと、この翼は単純に羽ばたく以外に色々とヒミツがありそうに思える。垂直に飛んでいられるのはせいぜい十秒ちょいでとってもゆっくり、しかし翼を動かさなくても少しだけゆるく滞空できる不思議な翼だ。
急加速する突撃のほうはまだ連続で使えないし、距離も二十歩分くらいで横限定だけども、今後成長していって、さらに長く連続で使えるようになればきっと空中を動き放題だ。早く大人になりたいと思うのはドラゴンの子供も一緒なのかな。
そんなことを考えて一人(一匹?)納得していると、前方に兎の背中発見。
逃げられる前に素早くガブッ! ……すると、目の前の藪に潜んでいた狼さんとばっちり目が合った。こんにちは。キミもしかしてこの兎狙ってた? ごっめーん☆ って感じの視線を送ったけど、理解されなかったようですっごい睨まれてしまった。
これも自然の掟だ、許せ。知らないけど。ところでキミ、ひとり? おいしそうだね……?
邪な考えを感じ取ったのか、狼さんはこちらを睨みつつ踵を返して素早く去って行ってしまった。腹に送りそこねた、残念。
実際、狼一匹相手なら勝てそうな予感がするので、ちょっと惜しかったなぁと思う。いや、ここまで食欲優先な子じゃなかったはずなんだけどね。兎さんが美味しすぎたのがいけないんだよもぐもぐ。
そんなこんなで、ゆらゆら太めの尻尾を揺らしながらまた歩く。
周辺に、オレの知ってるサイズ感のものが無かったからわからなかったけど、たぶんオレは八十センチくらいの大きさなんじゃないかなと予想してみる。学校で使った一メートル定規が、ちょうど足元に落ちてる葉っぱに近い感覚に見える。適当だけど。
そろそろお陽さまも地平線のベッドに寝そべる時間帯だ。自然の影が伸びてきて、このまま暗闇に食べられて終わりなんじゃないかと漠然と思ってしまう。要するに知らない場所で薄暗くて不安でちょうこわい。
最悪、落ちてる植物をひっ被って過ごせば、一夜くらいは無事に終わるかもしれない。でも狼は鼻が効くっていうし、あの川で遠目に見えた大きな熊に運悪く踏まれたりしたら、叫び声を上げて飛び起きてしまうだろう。そしてオレがおいしく頂かれてしまうわけだ。
いかにドラゴンでも、生まれたてだし、ただのトカゲとあんまり変わらないんじゃないかな。あの兎の出っ歯だって、当たりどころが悪ければ致命傷になったかもしれないし。それを考えるとやっぱり大きい生き物は怖いよね。
オレはいま頭上を飛んでるトカゲとコウモリが合体したみたいな生き物と大きな違いは無いんだろう。ところでコイツなに?
「ッシャアアアァァーッ!」
うわあすっごい威嚇音出してる! トカゲとコウモリが合体したような、コウモリのようなトカゲ……みたいなのが襲いかかってきた。
体の細さと小ささに対して、鉤爪つきの翼みたいな手がすごい大きいぞ。オレの頭より大きい。
トカゲコウモリが上空から急降下してきた瞬間、頭に衝撃が走る。ツノのあたりを思い切り引っかかれたみたいだ。びりびりした衝撃は残るものの、意外にも痛みはあまり感じない。……もしかして、オレのウロコとかツノとかって硬いのか?
目には当たらないように気をつけながら、繰り返される急降下アタックに腕を盾にして応じる。やはり衝撃は強いものの、ウロコが切り裂かれる様子は無い。兎の噛みつきに比べたら軟弱だな!
防いだ腕でそのままツメつきチョップをお見舞いしてやると、コイツの胴体が小さいためか、思いの外効いたようでバタバタと墜落した。兎より根性無いなキミ。
足で押さえ込んだまま考える。見た目は同じ爬虫類っぽいもの同士だけど、これは食べられるのだろうか? 近めの親戚とかだったらどうしよう。本能さんに問いかけるように悩んで見れば、なんとなく「ウマいよ」って返答があったような気がした。気のせいだけど。
それなりに腹は減っていたので、仕留めた以上はいただきますだ。
バクッ、モグモグ。
ううーんなかなかデリシャス。
獲物を食べたときに感じるこの独特の感覚はなんなのだろうか? 兎のときもそうだったけど、実際に強くなってたりするのかな?
試しにちょっと飛んでみよう。
パタパタ、パタパタ、うーん……一ニ秒くらい。誤差かもだけど、伸びてると思う。いや、確かに少しだけ長く飛べるようになってる。はず。
比較しづらいからわからないけど、きっとキバと脚力も、兎のおかげでちょびっと強くなってるんじゃないだろうか?
これがドラゴンパワーなのか、成長期だからなのかはわからないけど、すごいぞドラゴン。いっぱい食べる口実ができた。美味しいものをたくさん食べよう。
さてと、お腹も膨れたし宿のことを考える。もうすっかり陽が見えなくなって、木々の間から降る月明かりしか頼れるものはない。
本当ならほとんど前が見えなくてもおかしくない環境だけど、これもドラゴンになったおかげか、薄っすらと地形が見えるのはラッキーだった。
そしてオレには妙案がある。あのトカゲコウモリがどこから来たのかは知らないけど、ヤツは上のほうからやってきた。そう、頭上まで高く伸びる大きな木に登れば大型の動物はやって来られないはず! これはイカしてる発想だぜ。
飛べる高さは大したことなくても、この手足に生える鋭いツメが使えると思う。いざ、木登り。
パタパタ、パタパタと飛んで、手足のツメで木肌にザクッ。ふぅ、そのまま一息。そしてまたパタパタ、パタパタ……そうしてやってきました木の上のあたり。
枝が多くて葉っぱも多い、それゆえに下からの視線をごまかせるはずだ。
いい感じに落ち着ける場所を探して顔を左右に動かすと、左奥の木の側面に大きめの穴が見えた。オレくらいなら入れそうな大きさの穴に見える。寝床に丁度いい場所かも。
近寄ってみるとわかった。これは……巣だ。
小さな、まだウロコがやわらかそうなトカゲコウモリの子供が、三匹。オレが生まれた巣に比べたらずっと小さな巣で少し震えながら、静かに身を寄せていた。
ああ、アイツはここから降りてきたんだなぁ。巣を守るため、飛べそうに見えたオレを追い払いに来たんだろうか。今となっては察することしか出来ないけど、なんとなく自然の一部を知った気分だ。
親は食べてしまったが、もう片方の親がきっと近くに居るだろう。弱肉強食の流れだし謝るつもりもないけれど、子供を好んで食べる趣味もないし、放っておく。おいしく育つんだぞ。
ちょっと切ない気分になりながら、横へ横へと木々を移動して、離れた枝の上で眠りについた。
――あの、起きたら足元に狼が五匹くらい集まってこちらを睨んでるっぽいんですけど、オレなんかしちゃいました?
――――――――――――――――――
【ナーラビット】
世界各地の森で見られる、大きな前歯が特徴的な薄緑色のずんぐりとしたウサギ。
生息地によってサイズや体毛の長さや毛の色、習性などに差異が見られるものの、一メートルを超える個体は居ない。一般的には三十センチ程度。
大きな前歯を使って硬い木の実や果物などを、種があってもお構いなしに削り取るように食べる。なんなら種だけでもそのまま削って食べたりもする。
その食性から、森林がジャングル化するのを防ぐ性質があるようだ。
外敵と遭遇すると大抵は逃走を図るが、逃げられないと判断した場合はその大きな前歯と体格に見合わない脚力を活かして果敢に立ち向かう。
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