どらごん・ふぁんぐ ―お前を喰って進化する―
RauD
一章 楽園崩壊編
第一話 誕生
――うおー! ガオー!
本能がオレに訴えかける! なんだか無性に咆えたい気分だ!
ずいぶん長く寝ていた気がするけど、起きた瞬間こんな気持ちになったのは初めてだ!
腹もすごく減って……減って……?
ふと、少しだけ冷静になって周りを見渡す。
なぜか目がしょぼしょぼして見づらいけれど、どうやら大きな鳥の巣? の中心あたりにオレは居るらしい。外は大ぶりな枝で組まれた壁にふさがれて見えない。
上を見上げれば、岩肌と明るい空が半々。ついでに言えば、今自分が座っている硬い床は、卵の殻のようにも見える。
まるで
まだまだ違和感はある。重く感じる頭で下を見下ろしてみれば――
くすんだ赤い
ぽっこりした白いお腹に、未熟ながらも頑丈そうな関節。
これまたウロコに覆われた足はやや太くがっしりとしていて、指が三本。手足の指の先とカカトには鋭いツメが生えている。
頑張って手を伸ばして顔を触ってみれば、大きな顎に、鋭いキバまで生えているじゃないか!
しかもこの頭の大きさは、とても頭でっかちだ。頭の頂点まで手が届かないので三頭身くらいかと思われる。
おまけに、やはり手が届かないので半分見える部分からの想像だけど、背中に一対の羽と頭に二本のツノも生えている予感がするぞ。
――これは……ドラゴンだな?
不思議とそう納得できた。本能がそうだと言っているような感覚。恐らくオレはあのファンタジーな、ドラゴンの子供に生まれ変わってしまったんだろう。たぶん。
しかしながら、原因は全く思い当たらない。昨日まではごく一般的な、人類の子供として楽しく日々を生きていたはず。寝ている間に隕石でも直撃して死んでしまったのだろうか?
あまり詳しくないけど、仏教のりんねてんしょーがどうとか聞いたことがある。そう……これはきっと生まれ変わりってやつなのだ。知らないけど。
前の人生を惜しむ気持ちはあるけれど、とにもかくにも、腹が減っている。
こうして
しつこいようだが、腹が減った。これがドラゴンの
この飢えに抗うことは難しい。今にも飢え死にしてしまいそうだ!
追い立てられるような感覚にたまらず、生まれたての足を
立ち上がったことで少し視界が高くなる。高まった衝動に突き動かされるまま、背中の翼を動かし――飛んだ。
「
驚きの余り声が漏れたが、この喉は人間語に対応していないようだ。悲しい。
広げたことで、思ったより大きいことが判明した翼を懸命に動かし、巣の外へと羽ばたく。巣の壁よりも視界が高くなったことで今、初めて周囲の状況が把握できた。
ここは急峻な山の麓であり、すぐ目の前は森林だ。周囲を背が高く葉の長い木々が覆っている。地面は見える範囲ほとんど、絨毯のようにやわらかそうな植物で覆われていて、なんだかこころなしか輝いて見える。
そして自分が生まれた巣は、山の急斜面の途中で軽く掘られた横穴の中に、大量の枝を組んで作られた本格的なものだったようだ。
(まだ見ぬおとーちゃんおかーちゃん、ごめん! ちょっとご飯食べてきます!)
目の前に広がる森林へと文字通り飛び出し……! すぐに気がつく。飛ぶのめっちゃ疲れる。
生まれたての筋力で羽ばたくのは無謀だったのか、みるみるうちに高度が落ちてゆく。せめて落下して怪我することは避けたいと懸命にふんばり続け、どうにか、柔らかな草に覆われた地面に着地することができた。
地上から見ると予想以上に、大小いろんな植物が生えていた。これならそこらへんの藪でも突っつけば、ヘビイチゴくらいは見つかるんじゃないかと思う。
しかし、しかしだ。この飢餓感は木の実程度じゃ満たせない。もっと大きな、せめてリンゴやモモのような果物があれば……。
! あれは?
一羽の兎が木のうろから飛び出してきた。兎にしては大きく見える、自分の半分くらいのサイズで、薄緑の毛並みと大きな前歯が特徴的だ。兎は気が動転しているようで、飛び出した勢いのままに逃げようとしている。
このままでは、逃げてしまう。
ひと目見た瞬間から、目が離せなくなってしまった。とっても魅力的に、そう……美味しそうに見えるのだ。
あれこそが求めていたものだと、何かが叫んでいる。
木の実や果物なんて探している場合じゃない、目の前の獲物を喰らえ! 加速する意識の中で本能に急かされ、オレは兎に飛びかかった。
しかし、浅かったみたいだ。兎は死にものぐるいで体勢を立て直し、逃げるのが困難と判断したのか、こっちに向き直ってきた。
あの目はヤる気だ……! あいつは兎、対してオレは生まれたてのドラゴン。自然界の中で生きた年季はあっちが上だけど、ドラゴンとして生まれたからには勝ってみせるぞ。
さっきの翼を使った突撃は偶然できたものだ、しかし直線の動きなら同じことができる気がする。突っ込むか、あるいは別の……ッ!
敵を前にして迷ったからか、兎のほうが先に動いた。後ろ足で地面を蹴ってえぐり、砲弾みたいに飛び出してからの――大きな前歯による噛みつき!
反射で右腕を使って防御する。腕から二度と聞きたくなくなるような、硬いものが削れる音がした。鱗はギリギリ貫通していないようだが、前に頭にタンコブができたときよりずっと痛い。この噛みつきは、この兎なりの最大の攻撃なのだろう。
右腕は防御している、もう片方の腕では恐らく一撃で仕留めきれない。兎の噛む力が強い、時間をかけるとこのまま鱗も耐えきれず、右腕を噛み砕かれる気がする。それでもツメで攻撃するか、何かないか。
そうだ、かみつき。動物は噛みつくものだ、この兎のように。なら、ドラゴンが噛みつけばどうなる!
「ウオオオオオオッ!!」
初めて、食べるために、自分の手(でも使ったのは口)で命を殺した。思うところはあるけれど、魂の抜けた兎を前にして、もはや我慢することはできない。いただきます――!
――バクッ! ムシャムシャ。
…………ウマい! うますぎる! 腹が減っていたとはいえ、こんなに美味しいものなのか! 兎ってすごい!
五臓六腑に染み渡るというやつだろうか、体の奥底から電撃が走るような、衝撃的な体験。
なぜか、より具体的に「脚力」と「牙」が主に強くなったような気がする。不思議とそう思ったけど、さすがにそこまでの効果はないでしょ~と自分でノリツッコミしてみる。
ほとんど丸呑みみたいなノリで食べちゃったのが惜しくなるくらい美味しかった。いや、まさか自分でもあんな食べ方ができると思ってなかった。頭からガブリて。食べられたけど。
一先ずの飢えが去って、ほっと落ち着いたところでちょっと思い返してみる。さっきの死闘についてだ。
本来なら圧倒できるほど強さの差があったんだと思う。兎の全力の噛みつきに、この体の鱗は耐えきった。腕まだ痛いけど。
そして、この口は一撃で兎を仕留められる威力を持っていた。ひどい戦力差だね。
多少なりとも苦戦した原因はわかってる。どう見ても強そうには見えない、ちっちゃな腕とちっちゃなツメを使ったせいで手間取ってしまったんだ。
人間としての意識があるからか、どうしてもパンチやキックに近いものを打ちたくなるクセがあるようだ。
ドラゴンなんだから、この明らかに
この、やたらと風を掴むことができる翼もすごい。まるで自分で大きな風を起こしているみたいだ。この翼を使って高速で突っ込んで、口を開けてそのまま噛みつけば必殺技になるんじゃないかと思う。
――実際にやってみた。
飛ぶのはまだすごく疲れやすいため、徒歩で木の陰に隠れたりしながら地味に進む。動物に警戒されないようにそーっとね。
なんとなく何かが居そうな茂みに近づいて、そこが当たりなら、ドラゴンとしての超感覚か、風の流れがなんとなく把握できる感じが、そこに動くものが存在することを教えてくれる。大体五メートルくらいの距離までかな。
感覚に従ってなんとなくの大きさを察して、兎っぽかったら……全力で翼を動かし、突撃! 口開けガパッ! 何かが口に入ったら思いっきり噛む! うまい! もしくはまずい!
当たればお食事、外れれば木の幹なんかをバリバリ噛み砕いてしまう。いやぁ、本当に顎が頑丈で良かった。軟弱だったら今頃、顎の骨のほうが砕けてそう。やってからその事実に気づいたんだけど。テヘッ!
もう五匹は「いただきます」したけど、未だに胃袋が埋まり切る気配はない。体の大きさ考えるとおかしくないかな? これが育ち盛りってやつか。
実のところ、さっきから兎以外の生き物も見つかっている。ついでに流れのやさしい小さな川も見つけた。
生き物はまず、そのへんにいる虫。大きいのから小さいの、芋虫から甲虫っぽいのなど、たくさん。爬虫類的に考えて、たぶん虫も普通に食べられるんだろうけど、人間としての意識が虫に手を出すことを拒否っている。飢え死ぬ一歩手前くらいになったら考えよう。
そして、木の上に張り付いていた白い猿っぽいのと、川の下流に遠目に見えたオレの五倍くらいデカくて黒い熊、それから数匹で固まっている茶色い狼みたいな動物だ。
猿は高すぎて届かないし、熊はとりあえず置いておいて、狼はちょっと気になっている。まだ一グループしか見つけていないが、足跡などの痕跡からして、そこそこいるようなのだ。そして、美味しそうに見えてしまうのが困りもの。犬肉なんて食べたこと無いんだけどね。
サイズ的にはオレよりちょっと大きいけど、一対一なら勝てそうな気がするんだ。あいつら数匹で固まってるんだけどさ。
というか、兎のついでにそれとなく上を意識して探してみたんだけども、オレの親っぽいドラゴンが未だに帰って来ない。一体どこへ行ってしまったんだろう。
森の奥まで入らないように、巣から大きく離れないようにしてたけども困った。巣に戻ろうにも高すぎてあそこまで飛べないし、このまま陽が落ちて夜になったらと考えると……。
森の奥に入ってでも、安全そうな場所を探すべきかもしれない。
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