第4話 真相とはじまり

 * * *



 クルミの実の両親と接触し、その家に身代金の要求が入っているとわかった夕方――、一つの荷馬車が外に出ようとしていた。

 都市は外壁で囲まれているため、出るためには門番の前を通る必要があった。これから夜になるという時間帯に出ていく馬車を門番は訝しく思った。だが、全力で駆け抜ければ周囲が完全に闇に落ちる前に、一番近い村に行くことは可能だと思い、急いでいる彼らに対して門番は何も聞かなかった。

 しかし、門はすぐには開かなかった。二人の御者は眉をひそめ、ぎりぎりまで馬車を移動する。なんと門の傍には、開閉を担当する人間がいなかったのだ。

 御者の一人が席から降りると、声をあらげて門番に詰め寄った。


「おい、どうして開かないんだ。早く出ないと、村に着くまでに夜になるだろう!」

「ええっと、少し待てという話がきており……」


 馬車の前に二人の男が出てきた。栗色の髪の青年と漆黒色の髪の少年、まだ若造ともいえる男たちだ。


「何か用か、お前ら。俺たちは急いでいるんだ!」

「少しだけ、そう十分だけ、お時間をください。自分たちに荷物の中を調べさせてください。どうかご協力ください」


 にこにことした顔つきの栗色の髪の青年が前に出る。彼は胸元に警備団の証が刺繍されたジャケットを羽織っていた。男はむすっとしながらも、荷台へと二人を向かわした。

 すると二人は荷台に上り、中をくまなく見始める。箱を叩いたり、蓋が開けられるところは開いたりしていった。

 その様子を男はじっと見つめていた。若者たちは一通り見終わると、荷台から降りた。


「これで気は済んだか。こっちも急いでいるんだ」

「あと一ヶ所だけ見させてください」


 彼は荷台の下に目を向けた。そこは分厚い板と、下には車輪があり――。

 漆黒色の髪の少年が板の長さを見て、眉をひそめた。そして再び荷台に上り、床をつぶさに見ていくと、あっと声を漏らした。


「先輩、板に穴が空いていますよ」

「よく見つけた。ちょっと中を確かめてくれ」


 少年が板の隙間に指を突っ込む。そして、それを持ち上げようとし始めた。その様子を青年は腕を組んで眺めている。

 男は歯をぎりっと噛みしめ、ゆっくりと青年の背中に近寄った。ポケットからロープを取り出し、青年の首に巻こうとした。

 その直前、青年は直前でしゃがみ込み、右足を振り回した。足が触れる前に、たたらを踏みながら、男は後ずさりした。


「何かしました?」


 青年は笑みを絶やさずに男を見返した。男は彼を見て、背筋がぞっとした。

 始めは苦戦していた少年だったが、コツをつかんだのか、床をメリメリと剥がし始めた。


「お前ら、勝手に何しているんだ!」


 怒号をあげると、青年はにこやかに頭を下げた。


「好奇心旺盛な後輩が申し訳ありません。壊してしまった代わりに、もっと性能のいい馬車を用意しますよ。まずは荷物を移し替えましょう」

「――先輩! 気を失った女の子たちが!」


 少年の嬉しそうな声を聞いた瞬間、男はナイフを取り出し、青年に突っ込んだ。それを彼は軽々とかわして、背後をとってくる。

 男もすぐに反転し、ナイフを構えた。そしてぐっと力を込めてから、ナイフを青年の顔に向けて突きだした。

 青年は顔を横にずらして攻撃を受け流し、お返しとばかりに拳を向けてくる。

 男はそれをかわし、ナイフを四方八方から突き出す。

 青年は後退しながらも、器用にかわしていく。同時に、拳を突き出して威嚇してくる。

 男の手元が少し緩んだところで、青年に手首を持たれた。そして引き込まれるなり、腕を膝で蹴られた。その衝撃でナイフが落ちる。


「っち……!」


 青年はナイフを遠くに蹴り飛ばす。そして男を逆側につき飛ばした。

 飛ばされた男は青年が近寄っているのに気づき、大声で叫んだ。


「や、野郎ども加勢に来い!」


 こういう時のために雇っていた男たちを呼び出す。だが、誰一人としてこなかった。

 驚く時間もなく、青年が傍まで寄ってきた。蹴り上げて抵抗しようとしたが、逆に足を叩かれる。体勢が崩されたところで転がされ、あっという間に後ろ手を拘束された。


「畜生、どうして誰も来ないんだ!」

「……こっちだって人数用意しているに決まっているだろう」


 青年が冷たい声を落とす。男は顔を上げると、周囲から青年と同じジャケットを羽織った人間が五、六人出てきた。彼らの前には同じく拘束された男たちが転がされている。


「とりあえず公務執行妨害で連行する。少女誘拐容疑については、あとで聴取する」


 青年は男を立たせ、彼より年上の男に突きだした。


「班長、よろしくお願いします」

「ああ。お前たちは少女たちの保護を頼む」

「了解です」


 青年は床をさらにこじ開けようとしている少年の加勢にいってしまった。

 男は険のある表情をしている班長と呼ばれた男を見上げる。視線を向けられた男はドスのきいた声をした。


「さて、あとでたっぷりと話を聞こう」


 背筋が震えあがる。この男にも逆らってはいけないと、直感がいっていた。



 その後、馬車の周囲にいた男たちだけでなく、潜伏先にいた人間たちも全員拘束された。潜伏先の建屋の中には、施錠できる部屋があった。その部屋を細かに見ていくと、捕まっていた少女がつけていたイヤリングなどが発見され、そこに閉じこめられていたということが確定できた。

 男たちは観念したのか、抵抗することなく、洗いざらい話してくれた。


 誘拐した目的は、少女たちを売り飛ばして金儲けをするため。

 どの少女たちも両親とは、うまくいっていなかった。喧嘩をしたり、複雑な事情があったりと、一歩距離を置きたかった時期らしい。そこで両親たちを試しに心配させてみるために、しばらく身を潜めてみては? と、下調べをしていた男たちが誘ったのだ。

 だから半ば同意して、抵抗することもなくその場から去ったため、周囲の人に気づかれなかったのだ。


 少女たちは一時的に姿をくらますため、そして男たちは彼女たちを売り飛ばすために、しばらく部屋にこもっていた。やがて何人か連れ去ったのちに、クルミの番になった。

 彼女も実の父とは確執があり、心配させたいという気持ちがあった。男たちはその気持ちを利用しようと動いていた矢先、偶然にも店から去っていた彼女を捕らえたのである。

 彼女からは身代金を要求した。今まで要求しなかったのは、目的は金ではなかったから。クルミは立場上、身代金を要求してもおかしくなかったため、あえて要求したのだ。

 実際には、それも囮だった。金に目を向けさせている間に、彼女たちを都市から連れ出そうとしたのだ。



 それをいち早く気づいたのが、ギルベールだった。馬車が出発するなら、その日のうち、だが、夜はさすがに危険が伴うため、少なくとも夕方には出発すると踏んで、一番小さな門で待ち伏せていたのだ。

 念のために他の門にも警備団の人間は配備しておいたが、結局ギルベールが予測していた門から、男たちは出ようとしていた。

 ギルベールは荷物の中に少女たちはいると思ったが、そこにはおらず、僅かに焦ったそうだ。しかし、不自然なくらいに厚い板を見て、その間にいると判断したらしい。少女たちを発見後は、男を簡単に取り押さえ、マチアスの手助けに入ったのだった。

 団長は後ろからその一部始終を見届けており、彼の活躍に目を丸くしていたそうだ。ひと段落着いたところで、「これからも期待しているぞ」と言い、彼の肩を叩いて、警備団の本部へと戻っていった。



 出張所に戻ってからは、ギルベールは嫌々ながら報告書をまとめている。椅子に座って行う作業が、大変苦手らしく、十分置きぐらいに立ち上がって部屋から出ようとしていたが、それをマチアスが必死に制していた。

 マチアスも共に行動していた者として、報告書をできる範囲でまとめていた。それを終えてからは、彼を助けたりしたりしている。

 だらだらと書類をまとめ、苦痛そうに椅子に座っているギルベールは、仕事ができる先輩にはまったく見えない。

 だが、一度事件が起こると、顔つきは変わり、集中力も研ぎ澄まされて、人とは違った考えをし、積極的に行動する姿は見習いたいところだった。

 癖はかなりあるが、いい先輩の下につけたと思う。


「マチアスは勉強できる方なのか?」

「まあ、そこそこは……。先輩は苦手でしたね?」

「体を動かしていないと頭が回らない人間だから、こういう作業が大嫌いだ。俺の両親は頭がいい方らしいんだが、それは全部妹に持っていかれたよ」

「自慢の妹さんですよね。どんな方なんですか? あ、女性という意味ではなく、人としてです」


 ギルベールの眉間に一瞬しわが寄ったが、すぐに戻った。


「俺と似ているところは、負けず嫌いなところだな。ちゃらけた兄ちゃんをひっぱたく、しっかり者。でも恥ずかしがり屋で、寂しがり屋の面もあるから、可愛いんだ」


 穏やかで、優しい表情をしながら喋る。


「もし、外の任務で俺の村に行くことがあるようなら、一度会ってみるといい。歳も近いし、きっといい刺激を受けるさ」


 マチアスは絵の中の少女を思い浮かべた。優しそうだが勝気な可愛い少女、そんな彼女が兄を叱っている様子が容易に想像できた。

 いつか会えるときになったら、もっとギルベールに彼女の話を聞こうと決めた。



 * * *



 それから三年間、マチアスはギルベールと一緒に、町中を見回りしつつ、時に犯人を追いかけ捕まえたりと、めまぐるしい日を過ごしていた。

 思った以上に、細かい厄介ごとは起きている。住民の安寧を守るために、二人は町を駆け抜けた。

 時々、ギルベールが暴走してしまったあとは、班長たちにこっぴどく叱られたりもした。さすがにその時は彼も落ち込んでいたが、その晩にマチアスとぱーっと呑んだりして、気分を晴らすと、翌日は何もなかったかのように行動していた。


 マチアスには兄がいないため、ギルベールをまるで兄のように慕っていた。適当そうに見えるが、やるべき時はやる男だった。

 幅広い情報網、様々な人とあっという間に仲良くなる姿、すぐに行動に移すなど、現場では学ぶことが多かった。

 当初はマチアスも人と話すことに緊張していたが、だんだんと慣れてきた頃には、口調も軽くなり、気さくに話すようになっていた。

 やがてマチアスの成果が認められるようになった頃、外に出る護衛を頼まれた。

 ギルベールにそれを報告すると、たいそう喜んでくれた。目標の第一歩を踏み出せたなと、お祝いをしてくれた。その時飲んだ酒は、とても美味しかった。



 それから数日後、二人で巡回をしている時――、アスガード都市を震撼させる出来事に巻き込まれた。

 突如、ある建物が爆発、その影響で複数の建物が倒壊し、死者十数名、重軽傷者も百名以上出した現場に居合わせたのだ。

 爆発物はレソルス石ではないかと推測されている。誰かが石に熱を持たせすぎたのではないかという考えだ。しかし、実証されたわけではないため、今もはっきりとした理由はわからない。

 爆発に巻き込まれたマチアスは、十日近く意識を失うほどの怪我を負ったが、見事生還した。

 だが、マチアスを瞬時的にかばったギルベールは、そのまま帰らぬ人となった――。



 マチアスが意識を取り戻した時には、彼の葬儀は終わったあとだった。遺体を直接この目で見ていないため、まだ生きているのではないかと錯覚してしまう。殺そうとしても、するりとすり抜けるような人だと思っていたからだ。

 しかし、ヤン班長から淡々と葬儀を終えたと告げられて、もういないのだなと思わざるを得なかった。



 体の傷も癒え、職場にようやく顔を出せるようになったとき、マチアスは誰もいない部屋で綺麗になったギルベールの机の前に立っていた。陽が落ち始めているのか、徐々に暗くなっている。


「戻ってきてくださいよ。もっと教えてくださいよ。先輩……!」


 気さくに話しかけてくれた、先輩の顔が思い浮かぶ。もっと教えて欲しいことがたくさんあった。早すぎる死だ。


 もし、自分がかばわれなければ、先輩は生きていたのではないだろうか――。


 己の弱さに苛立ちを隠せない。

 ギルベールの椅子に手をかけ、腰を下ろすと、足下に箱が当たった。それを取り出すと、片手で持てるくらいの小さな箱があった。鍵がかかっている。


「鍵……?」


 ぼんやりとしていた脳が、一瞬で覚醒する。自分の机に戻り、引き出しから小袋を取り出した。中には小さな鍵が入っている。あの爆発が起きる一週間くらい前に、ギルベールから託されたものだ。

 ちょうど家の掃除をしていて、大事な鍵をなくすといけないから、しっかり者のマチアスが預かってくれ……っと、言われて。

 今、思えば不自然な言い方であった。まるで何かを予見して、マチアスに渡したかのようだった。だが当時は、机の上がいつも汚いギルベールの言葉だったため、疑問に思わず預かったのだった。


 鍵を手に取り、ゆっくり鍵穴に差し込む。すっとはまり、軽々と回すことができた。

 鼓動が大きく打つ中、蓋を開ける。使い込まれた一冊の手帳が入っていた。ギルベールが仕事用ではなく、私用で使っていた手帳だ。その手帳に書き物をしている時に近づくと、慌てて閉じられた覚えがある。何か大切なことが書かれているに違いない。



 はやる気持ちを抑えて、最初のページを開く。

 同時に薄明の中、塔の鐘が鳴り響いた――。




 

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薄明を告げる鐘の音 ~未来を繋ぐ出会い~ 桐谷瑞香 @mizuka_k

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