動機依存症
そうざ
Motivation Addiction
「先週来たばっかなのに、もうまたかよ」
上半身裸の男が競馬新聞を片手にドアを開けると、スーツ姿の女が佇んでいた。年の頃は
「……会いたくて」
「お前、俺中毒だな」
アラサーはへの字口で顔を
「女は素直が一番だからな」
男は薄笑いを浮かべ、アラサーを部屋に引き入れるや否や小突いた。アラサーは勢い余って
「金」
男が掌を差し出す。アラサーはバッグからそそくさと現金を取り出す。
「十万……マジ?」
男は一瞬素の顔を見せたが、直ぐに現金を尻ポケットに捩じ込み、アラサーを軽く足蹴にした。
「おらぁ、さっさと飯を作れよっ」
アラサーは台所に立つと、買い物袋から食材を出し、先ずは鍋に昆布を入れて火に掛けた。
一方の男は、スマホに向かって小声を発する。
「……オプションを」
アラサーは乾燥
電話を切った男は、語気を荒げる。
「おい、酒っ。ったく気が利かねぇなぁ」
アラサーが慌てて缶ビールを開けて男に渡すと、インターフォンが鳴る。
男が顎で指示をする。
「誰か来たぞ、出ろ」
アラサーが出迎えると、玄関の外に若い女が立っていた。年の頃は二十歳前後、ばっちり決めたメイクに露出度の高い
「よぉ、入れよ」
男は初めて本当の笑顔になり、女を招き入れる。
「このおばさん、誰?」
「俺専用家政婦」
「もう摘まみ食いしちゃった?」
「バ~カッ、賞味期限切れなんか食うかよ」
盛大に嗤う二人を尻目に、アラサーは黙々と料理を続ける。
鍋の湯に小さな気泡が現れ始める頃、馬鹿げた男女の会話が艶めかしい息遣いに変わった。アラサーが見るともなく視線をやると、二人は半裸で抱き合っていた。
アラサーは湯が沸騰する前に昆布を取り出し、今度は鰹節を投じる。女の喘ぎ声を聞かされながら、鰹節が湯に沈むのを合図に布で出し汁を
仰向けの男と俯せの女が互いの股間に顔を
「ゴムは?」
「んなもん要らねぇよ」
具材に火が通ると、アラサーは一旦火を止め、味噌を溶き入れる。結合した男女が塵の中で縺れ合う。
再び火を点け、アラサーはその時を待つ。
「どうだっ、どうだっ!」
「めっちゃ奥に当たって気持ち良いぃ~っ!」
男女が最高潮を迎えようとする時、煮えばなとなった鍋に長葱がぶち込まれる。
「おぉうっ、もうイキそうだっ!!」
「アタシもイックゥ~ッ!!」
男女の猛りが塵に埋もれるのと同時に、アラサーは鍋の火を止めた。
「おぉい、ティッシュ持って来い」
アラサーがその辺に転がっていたボックスティッシュを持って行くと、男が煙草を
「あんたも俺とやりてぇんだろぉ?」
「やっちゃえばぁ? 世界が変わるよ~」
そう言いながら、女はティッシュで股間を拭う。細身には不釣り合いな乳房は重力に負けていない。
男女が浴室に消えると、アラサーはシャワーの音を聴きながら味噌汁を味見する。
包丁を握る。この社会は使い方次第で幸不幸を分けるもので溢れている。
男のスマホがアラームを鳴らす。アラサーは我に返る。
浴室からタオルを巻いただけの男女が出て来て、アラサーに言う。
「お疲れっす」
「お疲れ様~」
パンツを穿きながら男が尋ねる。
「今日は延長なしで良いんすか?」
「えぇ……予定外の出費しちゃったら」
「急に十万も渡されて吃驚しましたよぉ。オプション付きって聞いてなかったし」
「アタシも急に呼ばれて、慌ててアフターピル飲みましたぁ」
女はブラジャーのホックを留め、それを百八十度回転させる。
「ご免なさいね、オプションでも付けないとモチベーションが保てそうにないと思って……」
「フェミニストって大変なんすねぇ」
「アタシには絶対無理だわぁ」
男がスタッフにサービス終了の連絡を入れる。
アラサーは改めて思う。無知蒙昧を苦界から救わなくてはならない。女を食い物にする男と、男に寄生する女を、この社会から駆逐しなくてはいけない。その為には
「それ、備品なんで置いて行って貰って良いですか?」
「……あら、私ったら」
男に指摘されたアラサーは、自分が包丁を固く握り締めていた事に初めて気付く。沸々とした怒りに任せて何をしようとしていたのか。
「またのご利用をお待ちしておりまぁす」
「またオプション付けてね~」
パンプスを履きながら、アラサーは思い出したように振り返る。
「お味噌汁、冷めない内にどうぞ」
「あざっす」
「どうもでぇす」
動機依存症 そうざ @so-za
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