第12話 散花
「なぁ、メル。ルアーナ様はどうしたんだ?」
いつもの様に皆で食事をしていた時、フーシャが小声でメルモに話しかける。
件の人を見てみると、目は虚ろで髪の毛も少し乱れており、さらにナイフとフォークを使う時にカチャカチャと今までではあり得ない程、食器との接触音をたてている。
「さっき聞いたんだけど、ファーナちゃんが帰ってきてないんだって。」
「そっか…それは心配だな。
…………それで、あのバカは?」
フーシャはもう一人のことを聞く。
いつもならマナーを気にせず食べ散らかすというのに、今日は全くと言っていい程、手が動いていない。 「う~ん。なんかね、昨日ファーナちゃんと飲んでたらしくて。それで会計中にいなくなったから先に帰ったと思ってたみたいだけど、ルアーナ様がおっしゃったファーナちゃんの話が聞こえちゃったみたい。」
それを聞き、困ったような顔をするフーシャ。
「まだまだ仕事は山積みなんだがなぁ…。」
「さすがに今日は休んでもらいましょう。ルアーナ様もガルも。」
「………フゥ、仕方ないか。」
食事が終わり、フーシャとメルモが二人に休養を提案すると、ガルは片手を上げながらトボトボと部屋に向かい、ルアーナは申し訳なさそうに頭を下げながら部屋に戻っていった。
「久しぶりだなぁ。」
昼間にも関わらず、光の届かない洞窟の中にファーナが腰かける。
「帰ってきて無かったからみんな汚れちゃった。」
ここで暮らしていた時に使用していたものは、この洞窟が傾斜になっているせいか、かなりの泥が付着していた。
「……よし。」
ファーナは整理を始めたようだ。要るものと要らないものと二つのスペースに分けていく。
かなりスムーズに分別していたが、無意識的に最後まで分別出来ていなかったものが残る。
そこには拙い文字で"たからもの"と書いてあった。
「これは…」
ファーナは複雑な表情をするが、意を決して蓋を開ける。
開けてじっくりと見た後一つ一つ手に取りながら感慨深そうに呟く。
一つ、枯れた小花。
「お姉ちゃんがくれたお花、こんなに小さかったんだ。」
それを手を少し震わせながら"要らない"に置く。
一つ、硝子の破片。
「これは…外で遊んでるときにキラキラしてて拾ったんだっけ。」
手を上に上げ、色々な方向で見る。光はなくともいつかの情景を見ているのか微笑み、懐に入れる。
一つ、白い毛皮。
「お姉ちゃんと一緒に捕まえたウサギの毛皮…。」
そう言うと毛皮を首に巻き、愛おしそうに毛皮の感触を楽しむも、"要らない"に置く。
一つ、少し尖った石。
「これはコルおじさんから貰ったやつだっけ。確か、何かあったら怖い人に投げつけてね…だっけ。元気にしてるかな?」
そう言って、ズボンのポケットに入れる。
一つ、薄桃色の宝石。
「お姉ちゃんが奴隷商から出る前に盗んだ石。なんだっけ?……確かろーずなんちゃらって名前だったっけ。」
ファーナは宝石を目元まで近付けて、中を覗くように見る。薄桃色なのに透明でもあるせいか不思議そうにしていたが、"要らない"に置いた。
一つ腰に携えていたナイフ。
「……綺麗。これは残しても…良いよね。」
ナイフを鞘から抜き、精錬された輝きを確かめると元の場所に戻す。
「これで終わり。」
そう言うと"要らない"のスペースに火をつける。自分がこの洞窟で生きた証やルアーナとの思い出が燃える様を何も言わずにただ見つめていた。
ふと下を見ると"たからもの"の入れ物を見つけ、持ち上げる。
「これも…………っ!?!」
横からでないと見れない蓋の裏側に一枚の写真が入っており、そこには笑顔を浮かべる小さいルアーナと大人の女性、そしてその女性の足にしがみつくファーナ本人が写っていた。
「これは……だめ…だめ。」
涙を目に溜めながらも頭を激しく振って水を飛ばすと、勢いよく入れ物を写真ごと、燃え盛る炎の中に投げ入れた。
「…これでいいの。これで…」
ファーナはその場でヘタリ込むと顔を手で覆いながら自身に言い聞かせるように呟く。
次の日、名残惜しそうに洞窟を出たファーナはお金を持って商店街へと向かい、少し大きいリュックサックと長持ちする食料や水を大量に買い込んだ。
その日の夜、二日振りにファーナは城に入った。もちろん忍び込みながら。どうやらルアーナの部屋に向かってるようだった。
「最後にお別れくらいは言わないと…」
働いていたこともあり、城の警備や見回りの時間を把握していたのか少し遠回りになりながらも誰にも見付からずにルアーナの部屋の天井に辿り着いた。
覗き込むとルアーナは部屋のベッドに座っていた。が、いつもなら寝ている時間、しかも部屋にはルアーナ以外の人物が見当たらない。
ファーナは首を傾げながらもルアーナの前に姿を現した。
「お姉ちゃん。」
「ファーナ!?なんで来たn…!」
ファーナの姿を見たルアーナは驚き、何かを言いかけていた所で、どこからともなく手が現れルアーナの口を塞ぎ、ベッドに押し倒す。
「!?お姉ちゃん!」
ファーナがルアーナの元に駆け寄ろうとすると目の前に刀があった。
「落ち着けって。」
暗がりから徐々に姿を現したのは全身が黒で覆われた男だった。その男は横になっているルアーナのお腹を足で踏んでいた。
「お姉ちゃんからどいて!」
ファーナは状況整理を終えると腰のナイフを取り出して、バックステップをしながら背負っていた荷物を壁のすぐそばに投げる。
「良い反応だ。流石アンブラーと言ったとこか?」
「「っ!?」」
正体がバレていると知り姉妹は驚き唾を飲み込む。
「あぁ、安心しな。アンブラーが誰々とか言い触らすつもりはねぇよ。一応同業者だしな。」
「…何でここにいるの?」
「俺は雇われの、しがない殺し屋さ!」
そう言うと男はルアーナを力強く踏みつけながらファーナに飛び掛かる。ルアーナの苦しそうな声が響き渡ったことでファーナにもスイッチが入ったようだ。
「殺す!」
何処からともなく薄紫ベースに緑と金の刺繍が施されたローブをファーナは身に付ける。
互いの刀とナイフがぶつかり合う。
「そうそうそれ!アンブラーと言えばそのローブだよなぁ!」
「ぐっ!」
最初こそ拮抗していたものの刀とナイフではリーチに差がありすぎたせいか徐々にファーナが押されていく。
「暗殺者アンブラーはその程度かぁ!?」
男は上下に横薙に刀を振る。
ファーナもジャンプやしゃがみながらナイフでいなしたりと応戦するも、攻撃の機会に恵まれなかった。
「おら!」
男は攻撃のリズムを変え、足で蹴りつける。
「うあ!?」
ファーナは対応しきれず壁に激突する。
「ふう。まぁこんなもんか。」
男は満足したのか、一瞬でルアーナの元に近付く。
「……試すか。」
男は持っていた刀をルアーナのお腹に刺し貫く。
「があぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
耳をつんざくほどの悲鳴が木霊する。
「あぁ、お姉…ちゃん…」
その声にファーナがヨロヨロと立ち上がる。
「おっ?目が覚めたか。どうだ?気分の程は。」
ファーナはゆっくりとナイフを身体の前に構える。
「最悪。」
男は髪をかきあげて笑う。
「怒り任せじゃないのは流石の一言だな。それでこそ…だ!」
男は再びファーナとの勝負を始める。先程と同じように横薙をするが、ファーナはいなしながら鋭いパンチを繰り出す。
「怒りを力に変えたことで、動きが洗練されてキレも上がった。やっぱり良い意味でも悪い意味でもお前はガキなんだな。」
「どうでも良いから、その口を今すぐ閉じろ。」
「ならこっからは本気のぶつけ合いだ!」
ファーナが男の動きに慣れてきた時、男は口の端を吊り上げながら速度を数段上げる。
「くぅぅぅ……ぅ!」
それによりまたしてもジリジリとファーナが押されていき、ファーナの顔に汗が何滴も流れる。
ールアーナー
「ゴホッゴホッ……ハァハァハァ…」
あぁ、私もう駄目なのかな?
私が幸せを望んだから?
街の人を守ると身の丈に合わない願いを持ったから?
あぁそれとも…たった一人の家族を悲しませたから?
なら神様お願い。最後にお願い。私に動く力を…
手を上げる。人差し指を伸ばし、腕を伸ばす。
大丈夫。あの男の魔法封印の術はもう切れてる。
あぁ、どうしよう。やけに目蓋が重い。
片目を開けるのがやっと…。
「ハァー、ハァー、ハァー。」
あぁ、息を整えると嫌でも分かる。私のお腹から赤いものが際限なく垂れ流れてる。
もう長くない。
あぁ、嫌だ。自然と涙が頬を伝う。
でも、だから、あいつだけでも道連れにしてやる。
震えながらも人差し指を男の背中に合わせる。
ファーナはまだ小さいから男の心臓を狙ってもファーナには当たらない。
ふふ、こんなに前髪が邪魔だと思うなんて。
あの男の背中もファーナのカッコいいところもよく見えない。
クズ親父の顔を少しでも見ないようにするために伸ばしてたっけ。
昔は髪の毛も短くて似合ってるって褒められたな。
…誰に……褒められたんだっけ?
「お揃いだね!◯◯」
「そうね、お腹の中の赤ちゃんも似合ってるって言ってるわよ?」
「ホント!?嬉しい!」
あぁ、懐かしい。
「ママ…」
どうしよう。ファーナが、妹があんなに頑張ってるのに姉の私が昔を思い出して泣いてるなんて…。
集中しないと…感情が…狙いがぶれる。
そんなんじゃ…
「そんなんじゃ、一人前になれないわよ?」
誰?今耳元で話したのは…
「でもね、あなたならきっと出来るわ。何たって戦場の赤薔薇と呼ばれた私と神の叡智と呼ばれたお父さんの娘なんだもの。焦らず行きましょー!」
眩しい…あなたの笑顔は眩しすぎてもう見えない。
…でも、あなたと同じ輝きを守ることは出来る!
「いけ!」
打ち出す。白い閃光が一直線に男を狙う。
「おっと!」
「っ!」
避けられた!もう一度…もう一度!
「邪魔しやがって!」
男が私を睨みながら私に向けた攻撃の動作をとる。
怖い…身体が凍り付いたみたいに動けなくなる。
「させない!」
しかし、横からファーナが男を食い止める。
一度、ファーナは私を見た。
「期待に…こたえないと…ね。」
でも、まずい。もう下半身の感覚が無い。
頭もボーッとしてきた。
腕を固定しようにも重くてどんどん下がっていく。
重力ってこんなに煩わしかったっけ。
その時、優しく温かい手が私の腕を支える。
それにより私の腕はぶれることなく男を捉える。
あぁ、また…
「さあ!もう一度。今度はあの木に狙いを定めるのよ。」
「うぅーもう、うでがつかれたよぉ。」
「じゃあママが支えて上げる。ほら。」
「うーじゃあ、しかたないからやって上げる。」
これは良い。ずっと閉じていたい。でも…
「わるいけど…あなたの…助けは要らないわ。
私はもう…一人でできる。私はもう…一人前よ、
泣き言…なんて言わ…ないわ。」
私の言葉が伝わったのかその手は私の腕から離れて、私の頬を撫でながら私の涙を拭って消えた。
ごめんねファーナ、待たせちゃって。
私はもう迷わない。ぶれない。
だって私はあなたが…
「一番だから!」
打ち出す。さっきよりも速く鋭く。
そして…その奇跡の魔法は男を突き刺し男は苦しそうに声を上げる。
あぁ、目蓋が重い…意識が…沈む……
ーファーナー
「ぐあぁぁぁぁぁ!!!」
白い光が黒い人に当たる。
「ぐうぅぅ!がはぁ!」
血を口から吐き出す。
そうだ!お姉ちゃん!
「お姉ちゃん!だいじょ…」
目を閉じて、周りが血だらけ。
どうしよう、私の息が荒くなる。
「余所見してんじゃねぇ!」
まずい!
素早く横に移動して黒の人の剣を避ける。
「ちっ!」
「邪魔…しないで!」
お姉ちゃんがくれたナイフ、そろそろ壊れちゃうかも…でももう武器が…
「怖~い人に会って嫌~なことされそうだったら、その石をこうやって左に空中回転させてその人にぶつけてね。くれぐれも遊びで使ったり、もし使ったらすぐに!そこから離れてね。」
コルおじさん、信じるよ。
私は正面から黒の人に向かう。
「おらぁ!」
黒の人の剣を避けて右から蹴り上げる。
「ぐっ!」
そのままの勢いでもう一度…蹴る!
私が蹴ったことで、黒の人は窓を突き破って外に放り出される。
「そんなんで俺が殺せるかよぉ!!」
「…知ってるよ、あなたは強いから。」
私は言われた通りに、石を右手で石を左に空中回転させて、右手で石を掴む。
お願い。私達を助けて!
おもいっきり黒の人に目掛けて投げる。
そしてすぐにお姉ちゃんを抱えてベッドの下に入り込む。
ーラルドー
「何だぁ?あのガキ。」
急に戦法を変えたと思ったら空に放り出してベッドの下か…
「ふざけてんのか!
ん?何じゃこりゃ?」
石?これを投げてきた?
一体……______________
ある日、とある国で突如として爆発が起きた。
その爆発は空中であったため被害は少なかったが、爆風で城を含む全ての建造物の窓が割れ、少しの小火騒ぎが起きた。
今でも原因は不明で調査は続いているようだ。
ーファーナー
コルおじさん、私にこんなの持たせてたの!?
危ないよぉ!
「ゴホッ!しずかに…ねさせてもくれないの?」
お姉ちゃんが目を開けた!
「お姉ちゃん!しっかりして!今…」
「いますぐ、にげ…なさい…」
お姉ちゃんが私の目を見る。
こういう時は言うこと聞かないと怒られちゃうけど
「でも!お姉ちゃんの怪我が…」
「そのローブを…つけたあなたをだれかに…見せちゃだめでしょ?」
「うっ。」
確かに…
「それに…いまのおとで…みんなここにくるわ。
さぁ、いって」
…そうだよね。やっぱり私は汚れてるから…。
ガルとフーシャと…メルモに任せよう。
それが一番だ。
「分かった。……でも私はずっとお姉ちゃんの妹だから!」
「もちろん…あなたは私の…いちばん…よ。」
「うん。うん!」
お姉ちゃんと話すのはこれが最後。
アンブラーのローブを脱ぎ捨て、リュックサックを背負い窓から飛び出す。
…あれ?
「もう泣き虫は辞めた筈なのに…」
街の皆が騒ぎながらお城を見ているなか、私は声を上げて泣きながら街を出た。
ーガルー
「ガル行くの?」
「そうだ。ファーナを見つける。あの日何があったのか、聞かねぇと。」
「国のことは僕に任せてくれ。」
「ルアーナ様のことも私が精一杯看病します!」
「頼んだ。」
ファーナ、お前は今何処にいるんだ…
ぜってぇ見つけてやる!
笑顔と散花 麝香連理 @49894989
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます