第11話 分かれ始めた道


 メルモがリントに向かってから十日。交渉を終え、帰って来たようだ。

「わっ!もうこんなに復興したんですねぇ!」

 完全に修復された街を馬車の中から眺め、嬉しそうに城に向かう。









「さてメルモ、首尾は?」

 ルアーナが威厳を出しながら話す。いつものユルユルさは何処へやら、ガルもフーシャも驚いたようで、若干下に目を向けている。

 メルモもこのいつもと違う雰囲気に戸惑うも、片膝をつき頭を垂れる。

「御報告いたします。リントとの交渉により停戦ではなく同盟を結ぶこととなりました。詳しくはこちらの書面を。」

 メルモは懐から書類の束を取り出す。

 メルモが"同盟"と口にした瞬間、ガルとフーシャは衝撃が走ったかのように顔を強張らせる。

「ふむ。………ガル、フーシャ。その方らもこれを見よ。」

 ルアーナはガルとフーシャを近付かせ、渡された書類を見せる。

「「!」」

 二人は驚きのあまり声が出ないようだ。

「これはどういう事か?」

「はっ、説明いたします。

 どうやら、我々の反乱に便乗するようにリントでも反乱が起きたと聞き及んでおります。ですが、国王自らが戦場に向かい、たった数日で撃滅したとのことです。しかし、これを重く見た国王は戦争を避け、内政に注力すると決めた時、我々から停戦を持ち込まれたことでこれを同盟にしたいと思ったようです。」

「なるほど、だからお互いにメリットを取るような条件になったのね。」

「はい、損はないかと。」

「メルモ殿一つ聞きたい。それは…安全なのか?」

 ガルが書類を睨みながら、少々遠慮がちに尋ねる。

「はい。その場合の保険もあります。」

 書類の束の一番下にあった紙を見つけて呟く。

「これか……。」

「はい、それで問題はないかと。」

 ガルはメルモの言葉を聞きながらも、保険の書類を凝視している。

「だが、これまでの横暴を受けた周りの国が黙っているとは思えないが?」

 フーシャが尋ねる。

「どうやらリントの国宝やそれに準ずるものを親善外交として贈ってるそうです。」

「なっ!?……失礼、効果の程は?」

 リントには今まで奪ってきた宝物は優に数えきれない程あるが、さすがに驚いたようだ。

「無いわけでは無いようです。これから少しずつ交流を深めていくと。」

「まぁ、今は良いでしょう。」

 二人がこれ以上反論をしないと判断する。

「メルモよ、この度の務め大儀であった。」

「はっ!」




「よぉぉし、今日は皆で飲もう!!」

 張り詰めた空気が一瞬で消し飛ぶ。

「え?」

「もう、皆呆けちゃって!」

「今…のは?」

 ガルが頭をかきながら尋ねる。

「たまには威厳も出さないとね。

 ほらほら、行くよ。」

 ルアーナは三人を急かしながらいつも食事をする部屋に向かう。









「それじゃあ我が国の将来安泰を願って、ささやかながら乾杯!」

 ルアーナが乾杯の音頭を取る。

「「「乾杯!」」」

「使用人の皆も代わる代わるで休んでねぇ~。」

 配膳をしていた使用人達は嬉しそうに頭を下げる。

 そんな中、頭を抱える人物が一人。

「いやどういう事?」

「もう、フー。気にしない気にしない。」

 ルアーナが軽い口調で近付くとフーシャに耳打ちをする。

「あの同盟的に向こう三年は安全だと思うから、その間に身を固めなよ。」

 フーシャが驚きルアーナから離れる。

「な、なんで…」

「バレバレ。

 ねぇえぇ!」

「待ってください。」

 ガルとメルモの方を向いたルアーナのことを遮るように引き留める。

「ちょっとぉ?失礼じゃないぃ?」

「ホントに止めてください。お願いします。」

 少し早口になりながら懇願する。

「なら、教えなさいよ。」

「何をでしょうか?」

「ハァ、この流れで聞くかしら?普通。あの子とはどうなのかって聞いてるのよ。」

「えっと、正直自分が人を好きに…」

「そういうのいいから。どこまでいったか教えて。」

 語ろうとするフーシャをバッサリと切る。

「あっ、はい。実は三日後の休みの日に二人で食事に行くことになっています。」

 恥ずかしそうに頬をかくフーシャ。

「へぇ~やるじゃん。」

 ルアーナはフーシャの肩を優しく叩く。

「頑張りなさいよ。」

 立ち上がると、どこかを指差す。

「ガルとメルは任せとけ。」

 そう言うと二人の元に向かっていった。

 フーシャは指差した方向を見る。

「本当にあなたはお優しい方だ。」

 フーシャはルアーナに一礼をするとルアーナが指差した方向に向かう。

 心に決めた女性の元に。



 そして三日後。フーシャとワトシーは無事親密になることが出来たようだ。

 その後ろをニコニコ顔で尾行するファーナとハラハラ顔のガルの珍道中はまた別の話で。












 コンコンコン

「失礼します。ルアーナ様こんな夜遅くにどのようなご用件でしょうか?」

「まだまだね。演技のつもりなのでしょうけど、口元がにやついてるわよ?ファーナ。」

 指摘されエヘヘ、と笑うとベッドに座るルアーナの隣に座る。

「それでどうしたの?今日はメルモと一緒じゃなくていいの?」

「メルは関係ないわ。今日は二人で大事なお話があるの。」

「ふぅ~ん?」

 ルアーナはファーナの頭を撫でながら優しく語りかける。

「えっとね、ファーナはもう私がいなくても、生きていけるんじゃないかなって思ってね?」

「それってお姉ちゃんから離れないといけないの?」

「そ…うよ。」

 ルアーナの言葉にファーナの目に涙が少したまる。

「私はもういらないの?」

「そうじゃないわ!でもね、私と一緒にいるのがファーナの幸せとは限らないのよ?」

 ルアーナは言い聞かせるようにファーナを説得する。

「私はお姉ちゃんとずっと一緒が良い!私はお姉ちゃんの役に立ちたいの!」

 それを駄々を捏ねて跳ね返す。

「ファーナは十分私のために頑張ってくれたわ!もう自由になって良いのよ!?」

「何でそんなこと言うの?やっぱりいらないの?」

 またしても不安そうな顔で今にも泣きそうになるファーナ。

「だからそれは違うって言ってるじゃない!」

 ヒートアップしたのかルアーナの語気も強くなる。

「じゃあどうしてなの!?私はこのままでいいの!」

「それじゃ駄目なのよ!」

「何が駄目なの!?私分かんないよ!」

「お願いだから言うことを聞いて!」

「いやだ!そんなの聞きたくない!」

 ファーナがそう言い放つと走って部屋を出ていく。

「待っ……」

 ルアーナは何かを言いかけるも、伸ばした手を反対の手で止める。

 その顔は、生気が全く無いような程暗かった。


















「あれ?ファーナじゃん。何してんの?」

 ファーナがメイド服から私服に着替えていじけていた時、ふと誰かに声をかけられた。

「っ!……なんだガルか…」

「何だとは失礼だな。」

 ガルは軽口を叩くも、いつもと違い反応が無いことに気付く。

 それに、何より暗い雰囲気が漂っていた。

「どうしたんだ?なんかあったのか?」

 ガルがファーナの目線に合わせて話す。

「関係無い。」

「いやある。」

「無いよ。」

 ぷいとそっぽを向く。

 埒が明かないと悟ったガルはすっくと立ち上がる。

「ったく、しょうがねぇな。ファーナ行くぞ!」

「………どこに?」

「飲みにだよ!今日はフーがいないからさ。ちょっと…付き合ってくれよ。」

 ガルがなんとなく気恥ずかしそうに聞く。

「奢り?」

「話すなら。」

「考えてやろう。」

 ファーナはゆっくりとだが、しっかりと立ち上がった。

「よっしゃ!じゃあ行くか!」

「うるさい…」

 ファーナは口では攻撃をしているが先程とは打って変わって柔らかい雰囲気になっていた。





「何でよりによってこんなうるさいところなの…」

 酒の入ったジョッキを両手で持ちながら悪態をつく。

「気分転換には良いだろぉ!」

 それを意にも介さず陽気に笑うガル。

「それで、話す気になったか?」

「………」

 ガルはちょくちょく声をかけるも、その話題になった途端ファーナは無視を決め込む。

 それにより、段々と会話は減っていった。


 周りの酒飲み達の会話が響き渡る。

 そして、その内の一つがファーナの頭に残る。

「それにしてもやっぱルアーナ様は美しいなぁ。」

「だよなぁ!かあぁぁ!御近づきになりてぇってもんだ!」

「おまえにゃ無理だな!」

「なんだとぉ!どうなるかわかんねぇのが人生ってもんだろぉ!?」

 お互いに酒を飲んだのか、あぁぁぁ!と声が重なる。

「そういや大分たつが、最近聞かねぇな。アンブラーの噂。」

「もうこの国にいねぇんじゃねぇか?」

「そうか?まだこの国に居座ってルアーナ様のことを狙ってんじゃねぇの?」

「あぁ、そういやあったなぁ。代わりにどっかのお貴族様が死んだんだろ?」

「そうそう。まだまともなお貴族様がいて俺ぁ嬉しかったな。」

「どうだかねぇ。」

「結局、アンブラーはいるのかね?」

「俺はいないで欲しいなぁ。だってあんなクソヤローがルアーナ様の近くにいるって思うだけで寒気がするぜ。」

「分かるぜ、その気持ち。俺達のルアーナ様にあんな血にまみれた汚い手で指一本でも触れたらただじゃおかねぇ!」

「そうだな!」

 二人はお互いの意見が合うと嬉しそうに声を上げ、ジョッキをぶつけ合う。




「ん?おいファーナ!どうしたんだ?」

 ガルが声をかけた時、ファーナは天井を一点に見つめぼうっとしていた。

「そっか…」

 ガルの言葉など聞こえていないかの様にただ一言、魂が抜けたように。

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