第10話 それぞれの役目



「道の修理がこんなに早く終わるなんてね。」

 ルアーナが驚きの表情を浮かべ、綺麗になった道を見る。

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。まぁ、ほとんどファーナのお陰ですけどね。」

 頭をかきながらガルが答える。

「で、今やってるのが壊れた家の修繕と片付けね?」

 ルアーナが振り返ると、男達が齷齪と働いていた。若干名、ルアーナの姿を見ていたのか振り向いた瞬間視線を逸らしたものもいた。

「はい!一応住めるくらいには直したんですけど、仮修繕みたいな感じだったので!」

 部下達の不純な目線を誤魔化すように、ガルはルアーナの前に立った。

「先に家を直さなかったの?」

「最初はそうしたかったんですけど、道が壊れすぎてつまずくやつらが多くて、優先順位を変えたんです。」

「そう。フーとメルは?」

「フーは街の外壁です。メルはリントに使者として向かいましたが…聞いてませんでしたっけ?」

「ア、アレ?今日だっけ?」

 ルアーナは慌ててガルに確認する。

「はい。」

「…………。」

「…………。

 言っときますけどメル、見送りなくて悲しんでましたよ。」

「……………………。」

 ルアーナが踵を返してその場を去ろうとする。

 後ろに侍るメイドが、心配そうにガルをチラリと見ながらついていく。

「後でメルに声をかけて下さいよ?変に拗らせてめんどくさくしないでくd…」

 ガルがぐちぐち言っている最中、背後からガルの頬を引っ張り遮る手が現れた。

「ガ~ル~?お姉ちゃんをいじめて楽しいのぉ?」

 目にハイライトがなくなったファーナがそこにはいた。

「あ、ああ!!やめっ、やめっ!いはいって!」

 ルアーナはガルの悲鳴を背中で聞き流し、澄ました顔で歩いていった。


「ガル反省。」

 ファーナがガルの顔から手を離すと、ガルはへたり込むようにその場に座る。

「があぁぁぁ!痛ってえ!!ファーナ、手加減してくれよ。千切れるかと思ったぜ!」

 ガルが自身の頬を擦って、自分の身体の無事を喜ぶ。

「ガルが悪い。…まぁ、許してやろう。」

「お前がかよ。」

「文句?」

「無いです。」

 ファーナの圧に負け、即座に返答する。


「それよりもそんなにルアーナ様が大好きか。」

「当たり前。」

 手を腰に当て、大きく胸を張るファーナ。

「お姉ちゃん想いで優しいなぁ。」

 そう言うと、ガルは笑顔でファーナの頭を撫でる。

「っ!?ガル?」

「おっ悪い悪い。つい…」

 ガルが手を離し、片手で軽く謝るが…

「皆ぁ!助けてぇ!ガルに襲われるぅ!!」

「おいちょっと待てぇ!!!」



 この日、ガルに少女性愛の称号が国民達により授与(不名誉)されたが、本人の必死の弁解によりその称号は取り消されたものの、多くの人々に一連の話が伝わり、心の中で永遠に残り続けるのだった。

















「フーどうかしら?壁の方は。」

 街をぐるりと覆う外壁を一望しながらフーシャに尋ねる。

「ルアーナ様、これはこれは」

「そういうのやめて。」

 格式ばった態度を嫌う自身の主に苦笑いをする。

「それでどうなの?」

「はっ、外壁に関しましては我ら反乱軍や元貴族軍が放った魔法の流れ弾が当たった程度ですので補修は今日中には終わるでしょう。」

「そう。フーは明日どこを担当するのかしら?」

「明日は確か…下水の水質調査等ですね。」

「下水…大変そうね。その場には何人で向かうのかしら?」

「私含め…三十人五組で行います。東門と南門の担当が水質調査担当になります。」

「分かったわ。なら私とメイド達で合計百五十人分の弁当を作るわ。」

「よろしいのですか?」

「えぇ、私達の命のために働いてくれるのだからこれくらい安いものよ。…それで賃金を誤魔化すのは内緒にしてね。」

 人差し指を口に当て、神妙な顔をする。

「なるほど。それなら皆の士気も上がり、満足するでしょう。ルアーナ様は皆から好かれてますから。」

「それは言いすぎよ。それじゃあワトシー、東門と南門に行って好みと苦手の調査を頼むわね。」

「わ、分かりました!」

 敬礼のポーズをして気合いを入れるワトシー。

「間違えないようにね?任せたわよ?」

 優しく、ワトシーの肩に手を置く。

「はいぃ!」

 ワトシーの返事にルアーナとフーシャがクスリと笑う。

「それじゃあフー、頑張ってね。」

「かしこまりました。」

 




「ちっ、見せつけやがって。」

 ルアーナが少し機嫌悪く歩く。

 先ほどの会話で、フーシャとワトシーがお互いをチラチラ見ていたことにルアーナがイライラしていた。




 午後、弁当作りの最中、溶き粉を勢い良くかき回し、メイド達を引かせていた。

 昔はイライラすると魔法を所構わずぶっぱなして発散していたが、王女という立場のため別の所でのストレス発散を見つけたようだ。











「ふう。」

「ミナミ様、馬車の揺れに疲れましたか?」

「あぁ、いえそんなことは!これに失敗したら…と思うと緊張してしまって…」

「大丈夫です。ミナミ様は馬車に乗るなり交渉の練習をされていましたし、何よりルアーナ様がお認めになったのです。笑顔で優雅に参りましょう」

「はい、そうですね。」

 そうだ。今日のお見送りが無かったから落ち込んでたけど、ルナだって今頑張ってるんだ!

 私も頑張らないと!

(※ルアーナはこの時寝ています。)







「お初に御目にかかります。…陛下。」

「そうか、会ったことは無かったか。ミナミ家の娘よ。」

「覚えていて下さったのですね。家族も草葉の陰で泣いて喜んでいることでしょう。」

「うむ。まぁそれはさておき、停戦の件であるが…」

 ゴクリ、メルモが唾を飲む。

「我らリントの利が少なすぎやせぬか?」

「いいえ、これはあくまで停戦です。ならばこれが妥当かと。」

「…無理に、とは言わん。だが、それで危うくなるのはどちらかな?」

「この停戦は望まぬと?」

 メルモが冷や汗を流す。

 これ以上譲歩するなんて冗談じゃない。

 そんな表情を隠しきれていなかった。

「なにもそこまでとは言っておらん。お主らとは良い関係を築きたいのだ。」

「では何を望むのですか?」

「我らはお主らとの同盟を提案したい。」

 ここでメルモが鬼気迫る表情をする。

 同盟の提案。これはまだメルモが貴族だった頃からのリントの戦法だった。

 この周辺地域で最も武力のあるリントが小国に攻めることで小国が停戦を持ちかけると、金を搾れるだけ搾り取った上で、自身と同程度の武力を持つ国の先鋒またの名を肉壁として使い潰すというものであった。

「そう怖い顔をするな。ミナミ殿が考えているようなことではない。」

 宥められいつも通りの顔に戻るも、顔が少し強張っている。

「我らは純粋に同盟を組みたいのだ。」

「それを、信用しろと?」

「そう思うのも無理はない。だが知っての通り、この国は戦ばかりだった。それを少しでも変えたいのだ。周辺国が一つでも安全だと思うとこちらもありがたいのだ。」

「………。」

 どうするべきか。

「どうだ?同盟を結ばないか?」

「……内容を記した紙を下さい。用意しているのでしょう?」

「そうだな。」

 手に持っていた扇子の親骨で畳を叩く。

 すると、一人の下人がメルモの前に証書を置く。

 ·十年間の友好同盟

 ·領地不可侵

 ·国力発展の協力

 ·領地防衛の協力

「本当にこれでよろしいのですか?」

 あまりにもこちらに有利すぎる。そもそも、金品等の要求も無い。何を考えて?

「構わんとも。」

「…………。」

 声も態度も変わらない。

 信用は出来ないけど、ルナのひいては国のためだ。

「どうかしたか?」

「いえ、良いでしょう。」

 メルモは調印をした。

「これから末永く、仲良くしたいものだ。」

「………一つ、聞いても?」

「なにかな?」

「なぜこのような条件に?これでは…」

 メルモの言葉を笑い声が遮る。

「ワッハッハ。決まっている、我が国が更に強くなるためだ。つまり新生リントだ。

 反乱で国の体制が変わったお主らとなら上手くやっていけると思ってな。

 安心せい。もう、我らリントが同盟を破棄する事も新たに同盟を作る事もないぞ。」

 玉座から降りて、メルモの肩に手を置く。

「…………」

 泥舟に乗った様な気分になるメルモであった。

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