第9話 夜の雑談



「それにしてもファーナちゃん、すごかったね。」

 空はすっかり暗くなり、月明かりと部屋の中にある一つの蝋燭が揺れている。

「当たり前よ。私の妹なんだから。」

 その部屋でルアーナとメルモが会話をする。

「でもでも、私よりも年下なのにあんなに動けるなんて驚きだよ。」

 手を合わせ、羨ましそうな目を浮かべる。

「昔は私の後ろでビクビクしてるだけだったんだけど、気付いたら、よ。私も初めて見た時はビックリしちゃった。」

 二人はメルモの特製クッキーを食べる。静かな部屋にサクサクと音が鳴る。

「あら?今日のこれは………栗かしら。」

「おぉ、当たりです。よく分かったねルナ。リントにしかないって聞いてたんだけど。」

「ふっふん。一国の王女を舐めないでちょうだい。」

 ルアーナはさらにもう一枚クッキーをかじる。

「ルナってファーナちゃんと同じぐらい動けるの?」

「えっ?わ、私は魔法の方が…ね?」

 ルアーナが声を上擦らせると、メルモはルアーナの身体をじっと見る。

「そんなんじゃ、どんどんふと…」

「はいはいはーい。一回落ち着こうメルゥ。」

 メルモの言葉を少し大きい声で遮る。

「魔法ってね?使えば使う程、身体のカロリーが減るのよ?知ってたかしら?」

 メルモにのしかかる勢いで顔を近付けるルアーナ。

「い、いやぁ私も魔法は使うけど…そういう感覚は無い…かなぁ?」

 ルアーナとメルモの顔がすぐ近くまで近づく。

 恥ずかしそうに目を背けながらメルモが自身の考えを話す。

「むぅ?おかしいな。私だけなのか?」

 メルモの言葉を聞き、身体を反転させると顎に手を当て考え込むルアーナ。

 メルモはルアーナが離れたことで安心したのか、ホッと胸を撫で下ろす。

「んんんん?」

「ルナ。」

 落ち着いたメルモは未だに考えているルアーナの肩を叩く。

「な、何かしら?」

「ルナは魔法の威力も大きさも私達とは全然違うから、感じ方も違うんじゃない?」

「た、確かに。そうかも。」

 メルモの仮説に納得したのかうんうんと嬉しそうに頷くルアーナ。

「ま、私これでも聖女って呼ばれてたし、しょうがないわね。」

「えっ!ルナって聖女だったの!?」

 ルアーナの言葉に驚きを隠さず声を上げ、ズイッと立ち上がる。

「ど、どうしたのよ。」

「あ、ごめんなさい。まだ私が貴族だった頃、隣国で聖女が誕生したって聞いたの。ここら辺で聖女と言ったら自身の敵を葬り去る存在だ、って伝承があるの。」

「へ、へぇー。聖女ってどうやってなるのかしら?」

「え?どうだろう。…でも聖女って言ったら魔法の扱いに長けていて、一つの国に所属し、戦争で敵国を完膚なきまでに滅ぼす、って感じね。」

 メルモが指折り数えながら話すと、ルアーナの顔が暗くなる。

「そう…。」

「どうしたの?」

「いや、私ももしかしたらリントとか他の国を攻めていた未来があったのかと思うとね。」

 ルアーナが自分の手を見ながら呟く。

「大丈夫よ。ルナは優しいし、何より戦争なんて起こさないでしょ?」

「も、もちろんよ。この街の皆を守るのが私の役目だもの。」

 ルアーナは自分の胸を叩きながら言う。

「そうそう。それとルナが聖女って分かったのは良かったわ。」

「どうして?」

「リントに送る書簡に王女が聖女って伝えればかなりの抑止力になると思うわ。フッフッフ。」

 メルモはそう言うと不気味に笑っていた。

「怖いわよ?メル。」
















「あぁぁぁ!!うめぇ!!」

 人で溢れかえった酒場。

 その内の一つの机にガルとフーシャが座っていた。

「ガルは飲むなりいつもそう言うね。」

 呆れたように呟きながらフーシャも酒を飲む。

「良いじゃねええか!この前行った酒場は静かすぎたからな!あぁぁぁうめぇ!」

 机を叩きながら声をあらげると、また一口酒を飲む。

「やけに実感が籠ってるじゃないか。前の酒場のツケを払い終えたのがそんなに嬉しかったのか?」

 その言葉を聞くとダンっ!!と酒の入った木製のジョッキを机に置く。

「だってよぉ!ファーナの奴、私の酒は安いって言ってたくせにフーの何倍も金とられたんだぞ!!」

 さらに机を拳で叩き付ける。

「しょうがないね。酒単体は安くても飲んだ数は言ってなかったもんね。」

「くそぉ!!」

 ガルは頭をかきむしる。

「でも良いじゃないか。ファーナは働き手として十分じゃないか。」

「十分すぎるんだよ!あれじゃあ文句も言えねえ!」

 ガルはさらに机をバンバン!と叩く。

 

「タイラ様ぁ?悪いけどそれ以上やるなら叩き出すぞ?」

 ガルの後ろに、腕を組んだ身長二メートルはある初老の男性がニッコリしながら立っていた。

「お、おう、ヨーランさん。すまねぇ。気を付けるよ。」

「僕からもすまない。こいつにはキツく言っておくよ。」

 二人が一気にしおらしくなると慌てて訂正する。

「いやぁ、そこまでしなくてもいい。二人にはこの街の全員が感謝してるんだ。でも机とか壊すのは勘弁してくれよ。」

 ヨーランは注意を終え、酒場の厨房に戻っていった。



 酔いが程よく回ってきた頃。

「ファーナは明日も来るのかな?」

 顔が赤くなったフーシャがきく。

「藪から棒に、だな。まぁ、明日も来てくるなら助かるけどなぁ。」

「もし明日も来てもらったら土を袋に入れる作業もまとめてやってもらおうと思ってね。」

「確かに、あいつ速いからな。」

 ガルはファーナの走りを思い出す素振りをして納得していた。

「そうなんだよ。ファーナの走りで僕の担当してる外班の皆の作業が間に合わないからさ。一人で完結させてほしいんだ。」

「分かった、もし来たら伝えとくよ。」

 話が終わりお互い、同時に酒を飲む。

「そういえば、ルアーナ様のご褒美ってなんだったんだ?僕は外にいたから見てないんだけど。」

「何でご褒美のこと知ってんだ?」

「君はそろそろ自分の声の大きさに気付こうか。」

 やれやれとフーシャが呟く。

「うるさいな…。んでまぁ、褒美はなぁ、金だったんだけどファーナのやついらねぇって言って俺が貰ったんだよ。」

 すると、フーシャがガルの顔を片手で掴み、少し力を入れる。

「お前、人として最低だぞ?」

「違う違う!ファーナにあげるって言われたんだよ!」

 フーシャの蔑む目に対して、訴えるように否定する。

「はぁ、じゃあその金どうすんの?」

「いやぁ、何度も確認したんだけど使って良いって言うからなぁ。今も持ってる。」

 言うと、懐から金の入った袋を取り出す。

「おぉ、これはすごいな。」

 フーシャは袋に入った輝きを見て目を見張る。

「だろ?だから困っててよぉ。」

 ここでフーシャに天啓が降りる。

「これ、ここで飲んでる皆で使うのはどうだ?」

「……その心は?」

「まず、ガルはこの金の使い道に困っている。

 次に、この金はファーナと実質ルアーナ様から貰った物、だからこそ使い道に悩む。

 なら、働いてこの酒場で飲んでる人に奢れば、ここの皆のやる気が上がり、かつ、ルアーナ様からと言えば忠誠心も上がる。

 ルアーナ様に何か聞かれてもこういう使い方をしたと言える。問題ないだろ?」

「ふっ、乗った!

 聞けぇぇぇ!!お前らぁ!!

 今日の酒はルアーナ様から頂いた金で払う!

 明日のために今日は飲め!

 もし明日サボったらこのガル·タイラ様が叩き起こすからなぁ!!

 さあ!飲む準備は出来たか!」

 ガルが叫び終えると他の客も騒ぎだす。

「おぉぉぉ!!」

「この俺が酔い潰れるわけねぇだろ!!」

「ルアーナ様!感謝します!!」

「よっしゃあ!!ヨーランさん!ありったけもってこい!!」

 ガルが皆に見えるように金の入った袋を机に勢いよく置く。

「任せろ!皆、リントのガキに俺たちがどれだけ酒に強いか見せてやれ!!」








 次の日、男達はいつもより少し上機嫌に作業をしていた。

 思ったよりも金がかかってツケが増えた一人を除いて。













「あ、ああぁ!!やめてくれ!頼むぅ!!」

 月明かりだけが射し込むボロボロの家に涙を流し、懇願する男がいた。

 その男の目の前には月明かりを反射させる銀色のナイフとそれを握る人物の足があった。

 その人物は姿を隠す様に、月明かりを避けて歩く。

「ルアーナはお前の獲物だったんだよな!?それを横取りしようとしたからだろ!?わ、悪かった!

 昔、依頼した仲じゃないか。」

「うるさい。」

 感情の籠っていない声を出し、男にナイフを近付ける。

「ひ!ひぃあ!!ぁぁ!ぁぁ!」

 命の危機に悲鳴と呼吸がごちゃ混ぜになる。

「答えろ。お前以外に企んでる奴はいるか?

 答えたら……良いものをやる。」

 男はナイフをちらつかせられ、悔しそうに話す。

「…グリーガ」

「殺した。」

 心当たりのある名前を口にするとすぐさま思いもよらぬ答えが返ってきて目を見開き硬直する。

「次。」

「へっ?」

「死にたい?」

 男は観念したように声を絞り出す。

「…フズラータ」

「殺した。」

「ハイペラン」

「殺した。」

「マニラン」

「殺した。」

 家名を口にした途端被せるように話す。

 男は見知った人物が皆、死んでいると知り絶望した表情をする。

「あとは?」

「もう…いない…。」

 男は頭を抱える。

「そ。ならもう夜に脱け出さなくて良くなる。

 ……助かる。」

「クソッ!クソォ!!」

 男は地面を叩き、我武者羅に走り出す。

「そうだ。良いもの、忘れてたね。」






「クッソォォォ!!何故だぁ!!

 ずっと上手く行っていたのに!

 反乱なんて起こしおってぇぇ!」

 男は不満を爆発させたように叫び、その場から逃げようとする。

 自身の恰幅の良い体型に、辟易とした目を向けながら。

「よし、もうすぐ、もうすぐだ!

 …なっ!?」

 男が驚愕の表情をすると、目の前に先程ナイフで自分を脅した人物が立っていた。

「何故だ!?何故……?」

 男が逃げようと逃げ道を探していると、男の首が突如として光を放つ。

「良いもの上げるね。お姉ちゃんから貰ったナイフの切れ味。」

 そう言った時にはもう、男の首が落ちていた。

「バイバイ、マーチェラン。最後の貴族。」

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