悪属性少女の決闘 7
「お前。なんだ、その杖」
ヴィラは、自分が見当外れのことを言っていることを自覚した。
杖の材質などなんでもいい。みるからに悪趣味で、伝統的に醜悪とされる構造をしているが、それはいい。
問題は杖の周りを覆う闇だ。
あれはなんだ。なんの属性だ。基本属性魔法のいずれでもない──希少属性?
でも、いったい何の。
影が形を変える。蔓薔薇の茨のような、人を痛めつけるための、残酷な形状に。
背筋が凍りつく。それほどまでに、少女の魔法は悍ましい姿をしていた。
まるでお伽話に登場する、悪魔の魔法だ。
グラスメリアが顔を上げた。
悪寒。ヴィラは咄嗟に、砂鉄のカーテンによる防御を構築した。
磁力によって操作者された砂鉄は、文字通り鉄壁の防御を誇る。攻撃よりも防御こそが、ヴィラという少女の本領だった。
だが。
歪な黒刃は、いとも容易くカーテンを切り裂いていく。
「ひっ」
引き裂けた砂鉄の壁の隙間から、赤い目が覗く。
赤褐色の瞳は、光の反射によって赤く煌めいていた。
恐怖が戦慄に変わる。
青巾党に入ってから、それなりに修羅場は潜ってきた。死線と呼ばれるに相応しい危機を乗り越えたこともある。
それでも、こんな目をした相手は初めてだ。
「ヴィラ・ハイライン」
色素の薄い唇が動いた。ヴィラは耳を疑う。
これがさっきの少女の喉から出た声か? こんな、底知れない闇を孕んだ声が。
「悪いけど、ここで沈んで」
砂鉄のカーテンが砕け散る。
直後。ほぼ同時に放たれた七筋の黒閃が、ヴィラの身体を引き裂いた。
†
私は麦畑に立っていた。
目に染みるような茜色の夕陽を浴びて、そよぐ稲穂が黄金色に輝いている。
そこに一人の女の人が立っている。銀髪の、教会の司祭様みたいな服を着た若い女性だ。綺麗な銀髪が風に靡いて、きらきらと煌めいている。
私は彼女を見ている。見ているだけなのに、ぎゅうっと胸が締め付けられらように痛い。
女の人が振り返る。
その顔は──
目が覚めた。
目の前に、びっくりするくらい整った寝顔がある。ああ、これが女神様か……。なんだか見覚えがあるような。
いや違うわ。アリアドネさんだこれ。
何故か私たちは、一つのベッドで向き合うように寝かされていた。
白いシーツの上を流れる銀の髪が、夕陽を浴びてきらきらと煌めいている。
改めて見ても顔がいい。じゃなくてですね。
桜色の唇が、むにむにと動いた。
「……ん」
「ア、アリアドネさん……?」
琥珀色の目が開く。
しばらくぼんやりしていた目が、二度まばたきをした。
視線が合う。
「お、おはようございます……」
「……おはようございます」
アリアドネさんが身体を起こす。私は辺りを見回した。どうやらここは医務室らしい。
「あの、なんで私、アリアドネさんと……」
アリアドネさんが、なぜかそっぽを向いた。
「覚えてないでしょうが、あなたは決闘の後、気絶してここまで運ばれてきたんですよ」
「はあ」
「それで、私も治療を受けたので。その、少し横になる必要があり」
どういうこと? と思ったけれど、つまり治療を受ける→体力回復のため横になる→ベッドが足りないから私と同じベッドに寝た、ということらしい。
「他のベッド、空いてるけど」
「……。さっきまで、ヴィラたちが使っていたんです。もう出て行ったようですが」
「ああ、なるほど……」
一瞬、好き好んでアリアドネさんが私のベッドに潜り込んできたのかと思ってしまった。そんなわけがないのに。
「そういえば、ヴィラ先輩は? なんか私、思いっきり切り飛ばしちゃったような」
「グラスメリアよりはよっぽど無事です。もう謝罪も受けました」
「そうなんだ、よかった──まさか本当に、裸土下座で……⁉︎」
「させるわけないでしょう。グラスメリアは私をなんだと思ってるんですか?」
サディスティック光属性。
それはさておき、無事でよかった。せっかくマフィアから逃げ出したのに、人殺しなんて冗談じゃない。
ただ正直、危ないところだったと思う。
ギリギリのところで、浅手に留めようとした記憶はある。
もしもあと一歩踏み込んでいたら、結果は違っていただろう。
最後に私が振るった漆黒の荊。あれはきっと……。
沈黙の帷が降りる。
二人きりの医務室は、しんと静かだ。少しだけ開いた窓から、涼しい夕暮れの風が吹き込んでくる。
「本当、無茶をしましたね」
と、アリアドネさんが呟くように言った。
「棄権しろと言ったのに」
「あの……アリアドネさん、怒ってる?」
「……まあ、少し」
「ご、ごめんね」
「それはいったい何に対する謝罪なんですか。グラスメリア」
アリアドネさんがこっちを見た。怒っているというより、拗ねた子供みたいな顔をしている。
「言っておきますけど。あなたはあと少しで、一生物の火傷痕が残るところだったんですよ」
「うう、はい……」
しょぼくれる私を見て、アリアドネさんの表情が変わる。どこか困惑しているように、眉が下がっていた。
「……あなたは変なひとですね、グラスメリア」
なんですと。
「どうして、私なんかのためにあんな無茶をしたんですか」
「……別に、アリアドネさんのためじゃないよ」
私の言葉に、アリアドネさんは何か言いたげだった。疑問を先回りするように、私は言葉を続ける。
「単純に、私が嫌だっただけ。アリアドネさんが、青巾党に入るのが」
アリアドネさんが目を瞬く。
「どういうことですか?」
「綺麗なものには、綺麗なままでいてほしいの。ただの私の我儘だよ」
私は聖女フィオーネに憧れている。そして、アリアドネさんは絵本のフィオーネ様にそっくりなのだ。
憧れの聖女様──のそっくりさんがマフィアに加わるとか、解釈違いにもほどがある。
もちろん、こんな裏事情は恥ずかしくて話せない。だから要約すると、「アリアドネさんが(聖女様みたいに)綺麗だから」ということになる。
私の言葉に、アリアドネさんの両目が左右に揺らいだ。
「な、なんですかそれ。綺麗って……バカじゃないですか?」
「え? あ、そういう意味じゃ──いや、そういう意味でも、アリアドネさんは超美人だと思うけど」
「は、はぁ⁉︎」
なにそのリアクション。誰が見ても超絶美人でしょうよ、あなたは。
何故か真っ赤になったアリアドネさんが、ベッドの枕を掴んだ。あ、やな予感。
「あの、アリアドネさん?」
「き、綺麗とか、くだらない冗談はやめてください」
「別に冗談じゃないんだけど……わぷっ」
顔面に柔らかい枕が飛んできた。全然痛くないけど、上から押さえつけられているようで離せない。
私がもがいていると、声がした。
「……お礼は言っておきます。ありがとう。私のために、怒ってくれて」
枕を押さえつける力が抜ける。
足音。
私が枕を退けたときにはもう、アリアドネさんは、医務室から姿を消していた。
悪属性少女は善なるものに憧れる〜暗殺マフィアの令嬢、魔法学院に入学する〜 深水紅茶(リプトン) @liptonsousaku
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