悪属性少女の決闘 6
「【
ヴィラが杖を振り上げた。杖を抜いてもいない相手に、さっきのような様子見はしない。
初っ端から全力の雷撃魔法だ。
ヴィラを中心に、辺り一面に稲妻が降る。射程範囲は半径およそ十歩。狙いは、私を魔法しか届かない距離に留めおくことだろう。
だから私は、前に踏み込む。稲妻の合間を縫って。
「──はぁ⁉︎」
ヴィラが目を剥いた。そんなに驚かなくても。
雷撃くらい避けられないなら、短剣で挑むわけがないだろうに。
紫電の間隙に身体を滑らせ、十歩の距離を駆け抜ける。
「ちいッ」
ヴィラが杖を振う。無詠唱での細い電撃。さっきアリアドネさんの肩を撃った魔法だ。
当然、対策している。
私は手首を捻って、左手に隠した小刀を投擲した。雷はそちらに流れる。避雷針代わりだ。
「な」
間合いに入った。爪先で土を蹴り上げる。シャナの魔法で、地面の一部は耕したように柔らかい。
跳ね飛んだ土くれが、ヴィラの顔面を強襲する。
「てめっ、」
視界が覆われた、その隙に。
私は彼女の背後に回り込み、首筋目掛けて短剣を突き出していた。
必殺のタイミング。間違いなく、確実に殺せる一撃──殺す?
あれ? おかしいな。
だって私は、こんなことが嫌で。
でもアリアドネさんが。こいつを殺さないと。
でも。
瞬きほどの逡巡が、ヴィラに防御の時間を与えた。
足元に落ちていた黒い砂が噴き上がり、私の視界を奪い、肌を切り裂く。
そうか。さっきアリアドネさんの一撃を防いだ黒い刃の正体はこれだ。
電気で操られた砂鉄。
「──はーっ、あっぶねえ……」
転がるように間合いの外に脱したヴィラが、息を吐いた。
その手には、砂鉄が集まってできた剣がある。
「マジで死ぬかと思った。お前、なんなの?」
「……。」
答えられない質問をしないでほしい。ただのマフィアのボスの娘だよ。
私の無言をどう解釈したか知らないが、ヴィラは杖を構え直して言った。
「侮ったことは謝罪する。大したもんだよ、お前。ただ、相性が悪かったな」
「……どういう意味です?」
「【
ヴィラの杖が振るわれる。羽虫の群のごとく砂鉄が飛び掛かってきた。
私の短剣へ。
「な、なにこれ⁉︎」
あっという間に、私の短剣は黒い砂鉄に覆われてしまった。鞘に収まったかのように。
「アタシの特技は電撃魔法じゃない。電流による、磁力操作の魔法だ。そういうわけで、刃物を使う相手には滅法強くてね」
肩を杖で叩きながら、ヴィラが続ける。
「砂鉄を持ってきたのは、【光】対策だ。電撃は通じなくても、電気で操る鉄は効くだろうと思ってな。まあ、思わぬ形で役に立ったわけだが──」
私は短剣を覆う砂鉄に触れた。
けれど強力な磁力で刃にこびりついていて、どうにも引き剥がせない。
「無理だよ。人間の力じゃどうにもなんねえ。ついでに言うと、アタシの体表面は今、アンタの短剣と同じ極の磁力を帯びてる。意味わかるか?」
同じ極の磁力を帯びたもの同士は反発する。
つまり私の剣は、けして彼女に届かない。
「さっきの動きはヤバかった。でも、これで決まりだ。アタシはもう、磁力魔法を解除しない。悪いがこの状態だと大した魔法は使えないから、どうしても嬲り殺しになる。さっさと降参したほうがいい」
「……誰がするか」
「そうかい」
ヴィラが杖を振った。細い稲妻が私の手首を打ち据える。焼けるような痛みと共に、手から短剣が落ちた。
私は腰から杖を引き抜く。
「【
「それは無理だろ」
紫電一閃。
肩に魔力の稲妻が突き刺さる。
「あの天才にできなかったことが、アンタにできるわけねえよ」
そこから先のことは。
あまりよく覚えていない。
†
幾条の雷を受けただろう。
杖だけは取り落とさないよう、足だけは折らないように。
全身を覆う激痛の中で、ただそれだけを考えていた。
視界の端で、銀の髪が閃く。
──ああ、まただ。
以前にも、こんなことがあったような気がする。
光を浴びる彼女の髪を見る度に、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろう。
彼女の泣きそうな顔を見ると、どうして私まで、哀しみに溺れてしまうのだろう。
私は。
私は──
この黄金色の麦畑は、一体どこだ?
「諦めろよ」
いつのまにか、目の前にヴィラがいた。
もはや歓声も聞こえない。私の耳が壊れてしまったのか、それとも凄惨な展開に皆が口を閉ざしたのか。
「アンタはよくやった。あのルーキーも。謝罪ならくれてやる」
何か言い返そうとしたけれど、うまく声が出てこなかった。
「なんだったら、アンタもウチに来いよ。どうせ長いものに巻かれなきゃ、何にもなれないご時世だ。悪い話じゃないだろ」
「……いやだ」
「そうかい。じゃあ、あの聖女様だけ貰っていくよ」
ぴくりと。
私の指が痙攣した。
そうだ。ここで私が倒れたら、あの子が汚れてしまう。
せっかく、あんなに綺麗なのに。
ああ。考えてみると、それは嫌だな。すごく嫌だ。
美しいものは、透明なものは、輝かしいものは、ずっとそのままであるべきだ。
穢れた手で触れてはいけない。
それはきっと、正しくないことだ。タチの悪い間違いだ。
間違いは、正されるべきだと思う。
ヴィラが視線を横に向ける。その先には、怪我を押して飛び出そうとする、銀髪の少女がいる。
私は言った。
「あの子は、あんたや私が、触れていい人じゃないんだよ」
だけどそれは、私の口を借りてなにか別のものが話しているような、そういう感覚だった気がする。
多分、次の言葉も。
「【影研ぎ】」
ぞるりと私の影が蠢いた。
「……あ?」
杖を逆手に持ち変える。なんだかひどく馴染む手触りがした。
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