悪属性少女の決闘 5

 誰もがアリアドネさんの勝利を確信した、次の瞬間。

 ヴィラが、腰にくくりつけた袋を開けた。そこから、黒いモヤのようなものが現れる。モヤはヴィラの杖に纏わりつき、瞬く間に剣の形を取った。

 そして。

 アリアドネさんの一閃は、その黒剣によって防がれてしまった。

 その上、その衝撃で──

 アリアドネさんの杖が、真っ二つに砕けた。


「アリアドネさん!」


 身を乗り出して叫ぶ。

 雷撃をいくつも浴びた彼女は、立っているのもやっとの有り様だ。杖が折れて、最低限の自己強化魔法も使えなくなったら!

 私はフィールドに駆け込んで、アリアドネさんに手を伸ばす。

 倒れかけの身体を支えたとき、ミラベルさんがおずおずと宣言した。


「つ、杖の破損により──ヴィラ・ハイラインの勝利!

 

 湧き上がる歓声を無視して、私はアリアドネさんに声を掛ける。


「アリアドネさん、大丈夫……?」


「──別に、大した怪我じゃありません」


 どう見ても強がりだ。初戦も今の戦いも、彼女は自分を犠牲にするような戦い方をしていた。

 こうして近づいてみれば、綺麗な肌にいくつも傷を負っているのがわかる。

 目の奥に熱が籠る。涙で視界が滲んだ。


「ごめんね、私のせいで……」


「は? 何の話ですか?」


「だって、私がヴィラに喧嘩を売るような真似したから、」


「それは違います」


 アリアドネさんが、きっぱりと断言した。


「きっかけは、あなたの言葉かもしれませんが。決闘を認めたのは私です。だから──謝るのは、私のほうです」


 長い睫毛を震わせて、アリアドネさんが言った。


「ごめんなさい。勝てませんでした。あんなに大口叩いたのに」


「それは、だって、杖が……」


 私でもわかる。特殊な加工がされた魔法杖は、あの程度で壊れたりしない。その証拠に、ヴィラの杖にはなんの異常もないのだ。

 アリアドネさんが【光】の魔法を極力控えていたのは──つまり、そういうことだ。

 彼女ははじめから、ひどいハンデを負っていた。


「そんなもの、言い訳にもなりませんよ。私の杖の管理が甘かっただけです」


「でも!」


「それより、問題はあなたです。グラスメリア」


 支えようとする私を押し除けるように、アリアドネさんが立ち上がる。


「あの女、思ったよりずっと手強いです。序列三位を舐めました」


「……。」


 私はごくりと唾を飲み込んだ。

 そうだ。アリアドネさんが負けた以上、次に戦うのは──他でもない、この私だ。

 私の顔色を見て、アリアドネさんが言った。


「適当なところで棄権してください」


「え?」


「あなたの【火】が通じる相手じゃありません。怪我をするだけ損です」


「でも、そうしたらアリアドネさんが!」


 アリアドネさんが、うっすらと微笑んだ。胸が痛くなるような笑顔だった。


「……別に、取って食われるわけじゃありませんよ。ほとぼりが冷めたら、上手いこと足抜けします」


「駄目だよ!」


 つい、大きな声が出た。アリアドネさんが怪訝な顔をする。


「……グラスメリア?」


「一度組織に入ったら、そう簡単に抜けたりできないよ。抜けられたとしても、生涯、重荷を背負うことになるんだ。そんなの、絶対に駄目だよ」


「グラスメリア。あなた、一体──」


「とにかく! アリアドネさんがマフィアに入るなんて絶対駄目だから!」


 この人は、私とは違う。

 輝かしい道を歩むべき人だ。そこには、一滴の汚れだってあってはならない。

 だから。

 そのためになら、私は。


「待ってて。きっと、勝ってくるから」


 私はアリアドネさんをエステルに預けてから、フィールドの中央へ向かう。

 ヴィラの、私より頭ひとつ高い位置にある顔を睨みつける。


「やんのか?」


「もちろん」


「……かかってくるなら、雑魚でも遠慮しねえぞ」


 好きにすればいい。私もそうする。

 互いに背中を向けて、五歩ずつ離れる。

 振り向く。

 ヴィラが杖を構えて、言った。


「おい、抜けよ」


 紫黒檀の杖は、制服のホルダーに収まったままだ。私は手を伸ばして、杖を──

 私が掴むのは、スカートの内側、太腿にベルトで結びつけた短剣だ。

 持ち手を握り、鞘から引き抜く。

 シャラン、と金属の擦れる音がした。

 黒塗りの刃が鈍く光る。

 これは質こそ良いけれど、何の変哲もない只の短剣だ。刃渡りはおよそ手のひら二つ分で、しっかりとしたガードがついている。

 それを逆手に持つ。

 ヴィラが唖然として言った。


「なんだそりゃ」


「私はこれでいい」


「……は?」


「どうせ魔法じゃ敵わないから」


 ヴィラの頬が引き攣った。おそらくは怒りで。


「は、はは。おい、聞いたか? 聞いたよな?」


 両手を広げ、声を張り上げる。観客がざわめいた。


「お前、ここが何処だかわかってんのか? イストワールだぞ? 智の殿堂! 魔法の学校だ!! いや、それ以前に──」


 嗤う。


「そんな玩具で、【雷】三位のアタシに勝てるとでも思ってんのか?」


「さあ、どうかな」


 勝てるかどうかはわからない。ただ。


「──殺せるだろう、とは思ってるよ」


 ヴィラの表情が変わった。怒りが、ある一線を超えたらしい。


「……おい、早く始めてくれ」


「ああもう、何がなんだか──どうなっても知りませんわ!! 初めっ!!」


 やぶれかぶれの勢いで、ミランダが試合開始を叫んだ。

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