悪属性少女の決闘 4

 対ヴィラ戦は、先ほどとは一転して静かに始まった。

 互いに杖を構えて間合いを図る立ち回り。どちらも先んじて魔法を放とうとしない。

 息が止まるような緊張感。観客たちも息を殺して二人を見つめている。

 じりじりと彼我の距離が詰まっていく。十歩、八歩、五歩──

 必殺の距離で、先に動いたのはアリアドネさんだった。


「【電撃魔法ライトニング】!」


「【電撃魔法ライトニング】」


 基本属性中、最速で敵を撃つ【雷】の魔法。けれど、後出しで放たれたヴィラの紫電がアリアドネさんのそれを相殺する──いや!


「ちッ」


 ローブを翻して、アリアドネさんが横に跳んだ。ヴィラが放った【電撃魔法ライトニング】の余波が、臙脂色のローブの裾を焦がす。

 私の隣で、カテナが呟いた。


「速度は五分。ですが、威力で押し負けますね。【雷】同士の撃ち合いでは当然ですが」


 自身の属性に合った魔法を使うこと。それが魔法戦の大前提だ。

【光】属性のアリアドネさんは例外的に【火】と【雷】の魔法を扱えるけど、やはり【雷】属性相手に電撃魔法の撃ち合いは不利としかいえない。


「なら、【火──ファイアボー……」


「させるかよ!」


 速い!

 杖の一振りで、細い雷電がアリアドネさんの右手へと疾る。対威力だが、詠唱なしの高速魔法。

 しかも杖を振る利き手の負傷は致命的だ。アリアドネさんは、とっさに身体を捻って肩で受けた。惚れ惚れするような反射神経だと思う。

 でも──

 整った横顔が、痛みに歪んだ。


「随分おとなしいじゃねえか、ルーキー」


「……。」


 ヴィラが杖で肩を叩いた。余裕ぶった口ぶりとは裏腹に、その目つきは鋭い。

 追撃を控えたのは、油断というより警戒の表れか。


「さっきからそうだ。どうして【光】を出し惜しみする? 【光】と【雷】の撃ち合いなら、確実にお前が勝つだろ。どうして雷撃魔法なんて撃ってきた?」


「……さあ、なぜでしょうか」


 ヴィラが目をすがめる。


「アタシの雷は、が疾い。威力重視の【火】じゃ間に合わねえよ。【光】でこい」


「それは私が決めます」


「…… 【電撃魔法ライトニング】!」


「っ、【電撃魔法ライトニング】!」


 再度の激突。相殺しきれなかった稲妻がアリアドネさんの頬を掠める。

 それを見たカテナが、小声で呟いた。


「どうやら先ほどの【土】とは逆に、典型的な前衛型魔法使いですね」


「ヴィラさんのことですか?」


「はい。距離による威力減衰が大きい代わりに、魔法の初動が速い。間合いを空けての撃ち合いは不得手ですが、接近戦では熟練の剣士よりも恐ろしい存在です」


 速度に優れる【雷】属性にはぴったりのスタイルだ。でも、それなら。

 エステルが、おそるおそる言った。


「なら、距離を空ければ……」


「勿論それが最善ですが、はたしてその隙があるかどうか。それに……」


 いかなるときも無表情を貫くカテナが、わずかに険しい表情を見せた。


「おそらくヴィラ様は、まだ奥の手を隠しています」


 私とエステルは一瞬顔を見合わせ、それから雷に翻弄されるアリアドネさんを見つめた。

 交わしきれない雷光が、彼女の肌に赤い爪痕を残している。

 ズキリと心臓が痛む。

 なぜだろう。傷ついた彼女をみていると、胸が締め付けられるように痛い。

 友達だから? もちろんそれもある。でも、やっぱりそれだけじゃないような──いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

 両手を広げて、口の横に添える。

 思い切り息を吸って、私は叫んだ。


「アリアドネさん、頑張れーーーっ!!」


 †


 ヴィラは。

 自身の優勢を確信しながら、油断をしてはいなかった。

 シャナとの試合で見せた高速移動魔法。あの速度は警戒すべきだ。おそらく、自分よりも更に速い。不意を打たれたらひとたまりもないだろう。

 だが、弱点もある。多分、あの移動魔法は小回りが利かない。

 端的に言うと、曲がったり急停止したりできない。

 決まった距離を直線的に進む。そういう魔法だ。もしも自由に移動できるなら、土煙で目眩しをする必要などないはず。

 おそらくアリアドネが警戒していたのは、動きを先読みされて進行方向に土壁を置かれること。

 そうなれば、壁に正面からぶち当たって自分がダメージを負うことになる。


(なら接近戦だ。この距離なら、速度より小回りだろ)


 立て続けに雷撃魔法を浴びせながら、ヴィラは細かく立ち位置を変えていた。

 正直、この展開は予想外だった。【光】によって、単純な雷撃は無効化されると考えていたのだ。そのための対策は万全だったのに。

 どうして【光】を使わないのか。

 評判倒れ? そんなことがあり得るのか?

 相手はただのルーキーじゃない。佩剣騎士の資格を持つ、本物の逸材だ。まさか手抜きということもないだろう。

 なら、単純に調子が悪いとか? けれど、アリアドネ自身には何の問題もなさそうに見える。となると。


(まさか、杖のほうか?)

 

 杖は魔法使いの生命線だ。

 物である以上、故障したり不調に陥ることはある。

 だが、その管理責任を含めて実力だ。


(──悪いが、容赦はしないぜ)


 成り上がるために、手段を選べるような身分じゃないのだから。

 杖を振って紫電を束ねる。一際大きな雷が、アリアドネへと疾走する。


「これで、終わり──っ!!」


「それを待っていました」


 アリアドネが杖を構えた。

 その先端には、青白い仄かな光が灯っている。

 ヴィラは瞠目した。

 必倒を意図した稲妻は、すべてアリアドネの杖によって吸収され、逆に──

 彼女の杖先から、一振りの刃のように迸っていた。


「【光】か!」


「ようやく大技を使ってくれましたね、先輩」


 アリアドネが真っ直ぐに向かってくる。その手には、荒れ狂う雷撃の剣。まともに食らったら、ヴィラとて危険だ。

 あれを相殺可能な規模の雷撃を構築する時間はない。

 ヴィラは──

 躊躇わずに、切り札を切ることにした。

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