悪属性少女の決闘 3
先にシャナが動いた。
杖の一振りによって、アリアドネさんが踏みしめていた地面が鋭く隆起する。
「速い!」
「いえ、それよりも──長い」
エステルの短い悲鳴に、カテナがコメントを加える。
当のアリアドネさんは、軽快なステップで攻撃を交わしていた。
次々に地面から生える土の槍。その全てを避けるアリアドネさんへ、賛辞の歓声が上がる。
でもこれは、明らかに相手のペースだ。
カテナが珍しく嘆息した。
「距離によるマナの減衰が著しく少ない。典型的な、後衛型魔法使いですね。威力ではなく手数を優先しているのはいい判断です」
「カテナさん、詳しいですね⁉︎」
「多少は心得がありますので」
「おお、戦うメイドさんだ……かっこいい……」
カテナの一面に触れて、目をキラキラさせるエステル。いやその人、「心得がある」なんてレベルじゃないけどね。
その間も決闘は止まらない。
「……【
槍が途絶えた隙を突いて、アリアドネさんが攻勢に転じた。赫赫と燃え盛る炎の塊が、私のそれとは比較にならない速度でシャナへ襲いかかる。
【土】序列八位の、色素の薄い唇が動いた。
「は。馬鹿にされたもの」
突如として隆起した土の壁が、十全に火球を防ぐ。砕けた壁が立てた土煙の中、うすら笑いを浮かべたシャナが人差し指を立てて動かす。
かかってこい、の意。
あからさまな挑発は仕草だけで終わらない。彼女は深く息を吸い、声を張り上げる。
「素直に【光】で来なよ。新入生」
「必要があればそうしますよ、先輩」
「……ルーキーごときがクソ生意気」
シャナが杖を振る。土が暴れ回る。再び、アリアドネさんが守勢に回った。先ほどの繰り返しだ。
間隙なく襲ってくる土の槍に、少しずつアリアドネさんの動きが鈍くなっていく。攻撃が皮膚を掠めることもあった。
予想外の展開に、生徒たちがざわめき始める。多分、思っていることはみんな同じだ。
エステルが、代表するように呟いた。
「アリアドネちゃん、なんで【光】を使わないんだろう……」
「可能性は幾つかありますが」
カテナが顎に手を当てた。
「使えないか、使わないか、使いたくないかですね」
「……えっと?」
「【光】の魔法に習熟しておらず、遠距離攻撃魔法を使えない。使えるが、必殺の機を見計らっているから使わない。あるいは、手の内を隠しておきたいから使いたくない。この辺りのいずれかかと」
「な、なるほど」
私も同意見だ。そして、おそらく彼女の狙いは──あれ、まただ。またも妙な直感が働く。あるいは、既視感とでも言うべきものが。
いいや。今はアリアドネさんだ。
「【
アリアドネさんが、小粒の火球を複数構築した。ぱっと見、一〇は下らない。
「手数で勝負?」
「さてね」
アリアドネさんが杖を揺らした。火球の群が猛然とシャナへ向かう。でも、当然のように土の壁に防がれた。そもそも【土】は、基本属性中でもっとも防御が固いのだ。
爆発の余波で濛々と立ちこめる土煙を見ながら、観客たちが口々に呟く。
「なんだ、『聖女の再来』って言ってもこんなもんか?」「【火】の下級魔法ばっかりじゃん」「大したことないな」
何もわかってないくせに、勝手なことを言う。私にはわかる。彼女の狙いは火球による攻撃じゃない。
この、立ちこめる土埃だ。
「【閃け我が脚】」
けぶる視界の中で、アリアドネさんの両足に光が灯る。【光】属性の高速移動魔法だ。文字通り、光のような速度で動ける。でも、あれはもっと別の名前だったような。もっとカタカナ多めで、ちょっとだけ少女趣味っぽい、いかにもあのゆるふわ女のセンスが反映した恥ずかしい名前が──は?
あのゆるふわ女って誰??
煙の奥で、アリアドネさんの影が消えた。
誰の目にもそうとしか映らなかったはずだ。それほどの、超越的な機動。
「っ、アイツ、どこに消え──」
「ここです」
煙が晴れる。
シャナの背後を取ったアリアドネさんが、細い首筋に杖を押し当てていた。
誰の目にも勝敗は明らかだった。
姿勢を変えないまま、アリアドネさんは立会人へ視線を投げる。ハッとしたように、ミラベルが片手を挙げた。
「──ア、アリアドネ・コーデリアの勝利っ!」
わああああっ! 鬨の声にも似た歓声が沸き起こる。
初めからこれが狙いだったのだ。土煙を目眩しに使った奇襲が。
攻撃を避けることに専念していたのは、土砂が巻き上がりやすい環境を整えるためだろう。
「やったあ! アリアドネちゃん、すごい!」
エステルが抱きついてくる。あわわいい匂い。じゃなくて。
確かにすごい。相手の攻撃を利用した不意打ちといい、狙いすました勝利だ。【光】魔法のスペックも凄まじい。
ただ……。
確かに、完璧な戦術だったと思う。
でもそれは、裏を返せば、「策を用いなければ勝てなかった」ということにならないだろうか。
列車強盗相手にアリアドネさんが使った光の剣。あの魔法なら、土の槍を強引に薙ぎ払って正面から打ち勝つことだってできたような……。
次鋒のヴィラがフィールドの中央へ歩み出る。
アリアドネさんは、正面に立つ相手の姿も見ずに、ただ、右手に握った愛杖を見下ろしていた。
なんだろう。この違和感は。
──まさか。
「あのっ、ちょっと待って──」
「二回戦、初め!」
私の声が、歓声に飲まれてかき消える。伸ばした手は、もちろんどこへも届かない。
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