悪属性少女の決闘 2
「ひょっとして、お嬢様は阿呆でいらっしゃるのですか?」
その夜。
私はカテナにお説教を受けていた。
「目立ちたくないと仰りながら、アリアドネさんと一緒に決闘とは。彼女は今、学院でもっとも注目されているルーキーですよ。さぞかし野次馬が集まることでしょうね」
「う、うう……でも、黙ってられなかったっていうか……我慢できなかったんだもん」
いつも無表情なカテナの眉がぴくりと動いた。
「……随分とまあ、お嬢様らしからぬことを仰いますね」
「私もそう思うよ……」
私は怒りに任せて行動するタイプじゃない。冷静沈着というわけではないけれど、悪口を言われてすぐカッとなる性格ではないと思う。
でも、あのときは頭に血が昇った。
臆病と罵られたのが自分だったら、上級生相手に喧嘩を売ったりしなかっただろう。適当にはぐらかして、その場を立ち去っていたはずだ。
でも。
自分でもよくわからないけれど。
とにかく、アリアドネさんが罵倒されたことが許せなかった。まるで自分が自分じゃないみたいに。
どうしてだろう。彼女のことになると、私は自分の感情が抑えられない。
「……アリアドネさんは」
「お嬢様?」
「その。なんていうか、アリアドネさんは……他の人よりちょっとだけ、特別っていうか……」
「……。」
「すごく綺麗だから、馬鹿にされたり、汚されるのが許せないっていうか……」
「…………じーっ」
カテナの視線にハッとする。今私、何かおかしなこと言わなかった⁉︎ いや、そういうんじゃない──なくてですね!
ジト目で私を見ていたカテナが、「ほう」と思わせぶりな息を吐いた。
「なるほど。お嬢様もそういうお年頃ですか」
「カ、カテナ?」
「お相手が女の子というのは意外ですが、左様なこともありましょう」
「ちがっ、違うから! そういうのじゃなくて! アリアドネさんは友達! お友達だから特別なの──っ!!」
したり顔で「ハート型のケーキでもお作りしましょうか?」などと抜かすメイドに枕を投げつけて、頭までシーツを被る。
カテナの馬鹿。本当にそういうのじゃない。
ただ。
初めて会ってからまだ数週間なのに、ずっと前から彼女のことを知っていたような。
そういう感覚が、胸の疼きになって消えてくれない。
それだけだ。
†
魔法による決闘。
学院生同士の揉め事の解決手段として、イストワールは決闘を認めている。
基本的には一対一で、「まいった」と宣言するか、立ち上がれないほどの負傷を負ったほうの負け。
武器の使用は自由だが、生死に関わる毒は禁止。もちろん相手の殺傷も不可。ただし、事故が起きることは少なからずあるらしい。
相互の合意があれば複数人での決闘も可能で、総当たりや勝ち抜き戦、バトルロワイヤル形式も認められている。
そして──
勝負の
これは単なる口約束じゃない。魔術的な制約を課されるために、無理やり不履行を貫こうとすると最悪の場合は廃人になる可能性さえある。
決闘の噂は、あっという間に学院内に広まった。
【聖女の再来】アリアドネ・コーデリアと、劣等生グラスメリア・カルツォーネが二年生に喧嘩を売った。しかも相手は、二人とも序列一桁台らしい──と。
決闘を明日に控えた昼休み。
私は、アリアドネさんとエステルの三人でお昼ご飯を食べていた。
「っていうか、そんなに強かったんだ。ヴィラ先輩とシャナ先輩……」
私のボヤキに、アリアドネさんが肩をすくめる。
「この私相手に決闘を持ち出す輩が、雑魚なわけないじゃないですか」
「それは──まあ、そうだよね……」
仰るとおりだ。
「もう、あのたきはホントにびっくりしたよ。二人とも、大丈夫なの? 怪我したら駄目だよ?」
林檎を摘みながら、エステルが心配そうに眉を下げる。
「安心してください。少なくとも、グラスメリアは傷一つ負いませんから」
「え、それって──」
「なんのために勝ち抜き戦にしたと思ってるんですか。私が二連勝しますよ。それで終わりです」
ものすごい自信だ。
けれど、けして根拠がない話じゃない。アリアドネさんは希少属性【光】の使い手で、下位属性である【火】【雷】の魔法に圧倒的に強い。おまけに武芸の心得もある。
そもそも、弱い人が史上最年少で佩剣騎士になれるわけがない。
「確かヴィラ先輩が【雷】の序列三位、シャナ先輩が【土】の序列八位なんだよね」
エステルが、シチュー皿の底をパンでなぞりながら言う。
「ヴィラ先輩のほうが格上けど、相性的にはシャナ先輩のほうが手強い……のかな?」
「それはそうですね。できれば万全な状態でシャナ先輩を倒して、それからヴィラ先輩に挑みたいところです」
なるほど……。
決闘の順番も大事な要素というわけだ。こういう正面切っての戦闘には慣れていないので、色々と勉強になる。いや、本当はそんな余裕はないのだけど。
でも実際、アリアドネさんが負ける姿は想像できない。授業で圧倒的な技術を目の当たりにしているだけに、尚更だ。
だから。
だから私は、わりと鷹揚に構えていた。このときは、まだ。
翌日、放課後。
私たちが修練場につくと、ざっと百人を超える生徒たちが集まっていた。その中にはカテナの姿もある。従者たちは日中、学院の清掃や食堂の仕事をしているらしいが、申請すれば自由に行動できるらしい。
修練場の中央、決闘用のフィールドに立つ姿は三つ。対戦相手であるヴィラとシャナ。そして──
「揃いましたわね」
立会人を務める、火の序列一位。ミランダだ。
「立会人は番の役目。妹分の決闘とはいえ、贔屓はなしで務めさせて頂きますわ」
ちらりと視線がカテナのほうへ向く。当然のことをわざわざ宣言したのは、「さすがにエコ贔屓はできないから勘弁してください」というカテナと私へのメッセージだろう。
「決闘は二対二の勝ち抜き戦。順番は事前に申告を受けています。まずは黒の陣。先鋒、アリアドネ・コーデリア。次鋒、グラスメリア・カルツォーネ。変更はありませんわね?」
私とアリアドネさんがそれぞれ頷く。
「続いて白の陣。先鋒、シャナティーア・フラメル。次鋒、ヴィラ・ハイライン。相違ありませんこと?」
ヴィラとシャナが頷く。アリアドネさんが有利を取れない【土】のシャナが先。こちらとしては、願ったとおりの布陣だ。
「では、お互いの
どよめきが走る。ここに見物に来ている人たちは、今の言葉の意味を正確に理解しているらしい。
「黒の陣。この条件では、賭け金が釣り合っているとは言い難いですわ。公平を期すために、白の陣が払う対価を
「任せるわ」
「では白の陣が敗北した場合、更に追加で金貨五枚を支払うこと。以上をもって、本件を公平な決闘であると認めます」
わっと観衆が湧いた。
二番手の私は、白線で区切られた決闘のフィールドから出た。すぐにエステルとカテナが近づいてくる。もちろん観客の手助けは厳禁だが、そばにいてくれるだけで心強い。
フィールドの中央では、ミラベルが二人に最後の注意事項を伝えていた。
「アリアドネちゃん、大丈夫かな……」
エステルが、胸の前で祈るように手を組む。
カテナが淡々と言った。
「一般的に、【火】や【雷】は【土】との相性が良くないとされていますね」
属性間には相性がある。比較的【土】に有利なのは【水】と【風】だ。アリアドネさんが扱える属性じゃない。
「でも、アリアドネさんは【光】だよ」
ローブの裾を握りしめる。大丈夫だ。アリアドネさんは、負けたりない。
両者が五歩ずつ逆方向に歩き、振り返る。
「……さて。聖女の魔法、いかほどのものか」
カテナが呟くと同時。
ミラベルが、掲げた右手を振り下ろした。
ついに、決闘が始まる。
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