悪属性少女の決闘 1
それで思い出した。入学式の前、王都へ向かう汽車にいた二人組だ。五大マフィアの一角、エレオノール青巾党に入っていることを公言していた学院の先輩。
たしか、名前はヴィラとシャナ。短髪がヴィラで、長髪がシャナだったっけ。
「……なんの用事でしょうか、先輩方」
「おいおい」
と、ヴィラが苦笑した。馴れ馴れしくアリアドネさんの肩に腕を回して、言う。
「他人行儀はやめてくれよ。アンタは期待の新星なんだ。で、どうだ? そろそろ、ウチに入る気になったかよ?」
アリアドネさんが、これみよがしに舌打ちした。
「なるわけがないでしょう。私は佩剣騎士です。マフィアに属する者は全て私の敵。そう言ったはずですが」
「なーに堅いこと言ってんだよ。アンタも知ってんだろ? この国の佩剣騎士とマフィアが、裏で繋がってることくらい」
「………それは……」
アリアドネさんがわずかに視線を逸らした。
ヴィラの言うとおりだ。五大マフィアはこの国の奥深くまで巣食っている。学院の誰よりも、私が一番知っていることだ。
でも、次のヴィラの言葉は予想外だった。
「聞いてるぜ。アンタ、佩剣騎士の中じゃ煙たがられてるんだろ?」
私は思わず、アリアドネさんの顔を見た。凛とした面差しは、硬質な怒りを帯びている。
けれど彼女は、反論しなかった。
それをいいことに、ヴィラが続ける。
「百年ぶりの【光】属性。しかも成人の儀式直後に佩剣騎士の資格を取った天才。そんな奴が、やっかまれないワケがねーよな。だから休職して、学院に入ったんだろ? 佩剣騎士になって、たったの三ヶ月で」
アリアドネさんが、下唇を噛むのが見えた。
「アンタは逃げたんだ。いやいや、仕方ねえよ。出る杭は打たれるのが世の常ってやつだ。押し通るには実績がいる。そうだろ?」
「……どういう意味ですか?」
「鈍いなあ。組もうぜ、って意味だよ。アタシは組織の中じゃあ下っ端だが、卒業したら本気で上を目指す。今から組んでおけば、色々お得だぜ?」
ヴィラは。
本気の目をしていた。本気で、
それがこの世界で、欲しいものを手にする最も効率的な方法だから。
でも、だけど。
そんなのは。
「──腐ってる」
「あ?」
「あなたも、この世界も、なにもかもが腐ってると言ったんです」
アリアドネさんが、ヴィラの腕を振り解いた。ヴィラが後退り、たたらを踏む。
どこか苦しげに、アリアドネさんが宣言した。
「勘違いしないでください。私がイストワールに来たのは、戦う力を身につけるためです。逃げたわけじゃない」
ヴィラの唇が歪んだ。装った余裕の奥に、どこか怒りを感じる笑みだった。何かが彼女の琴線に触れたのかもしれなかった。
「違うな。アンタは逃げたんだ」
「逃げてません!」
「逃げたんだよ。聖女の再来だか知らないが、嫌われて、孤立して、ビビって逃げ出したんだよ。アンタはタダの臆病者だ。一人で世界をひっくり返せるような器じゃない」
「っ、私は、」
アリアドネさんの表情が歪んだ。まるで痛みを堪えるみたいに。硬く、大人びた横顔から、脆くて儚い幼さが覗く。
それを見た私は──
「違う!!」
気づけば、叫んでいた。
脳裏に浮かんだのは、強盗へ一人で立ち向かう彼女の姿だ。午後の光を浴びて、黄金色に煌めく銀の髪だ。
あの輝かしさを馬鹿にされて、黙っていられるわけがない。彼女は私の憧れの似姿なのだ。
湧き出た怒りが、頭の中を支配する。
「違う。アリアドネさんは、臆病者なんかじゃない」
「……あんた誰?」
「私は、アリアドネさんの──」
ためらいを振り切って、私は宣言した。
「──友達だよ。今の言葉は、彼女に対する侮辱だよ。訂正して」
「へええ」
野生味のある顔に、嗜虐の色が広がった。
「アタシが『嫌だ』と言ったら?」
「……あなたのことを、絶対に許さない」
「なるほど」
ヴィラが顎に手を当てた。「なるほどね」
「引っ込んでなさい、グラスメリア。あなたには関係ない話よ」
「関係なくなんて、ないよ。友達でしょ」
私の答えに、アリアドネさんは目を丸くした。
もちろん、これは嘘だ。私には、彼女の友を名乗る資格がない。あるわけがない。だって私はカポネ・ファミリーの末姫で、彼女の敵である影の王の娘なのだから。
それでも。
こうやって誰かの前に立つことに、それらしい理由が必要だというのなら、嘘でもいいから友だちだって呼ばせてほしい。
今だけでもいいから。
ヴィラがせせら笑う。
「麗しいね。アタシとシャナみたいだ」
「バカじゃないの」
黒髪黒ドレスのほう──シャナが冷ややかに応答する。
それを無視したヴィラが、すうっと目を細めた。
「じゃあ、こうしようぜ。イストワールの流儀に従って、二対二の決闘だ。アタシらが負けたら、裸土下座で謝罪してやるよ」
「巻き込むなバカヴィラ」
「いやそこは付き合ってくれよ、シャナ。で、だ。もしアンタらが負けたら──」
視線がアリアドネさんに向く。
「アリアドネ。アンタには、この青布を巻いてもらう。意味はわかるよな?」
エレオノール青巾党へ加入しろ、ということだ。
冗談じゃない。なんで私が売った喧嘩の落とし前が、アリアドネさんに行くんだ。
「ちょっと待っ、」「いいわよ」
全員の視線がアリアドネさんへ向く。彼女は、真っ直ぐヴィラを睨みつけた。
「ただし、勝ち抜き戦であること。これが条件」
「……へえ。意外としたたかだな、天才」
「あと。私たちが勝ったら、もう二度と付き纏わないで」
アリアドネさんが告げた条件を受けて、ヴィラが沈思する。やがて、彼女は首を縦に振った。
「いいぜ。二対二の勝ち抜き戦。それでやろう。勝負は三日後、イストワールの修練場で」
ヴィラが獰猛に笑った。
「逃げるなよ。ビビりじゃないって、証明したいならな」
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