悪属性少女の特訓
とにかく、これで杖は新調できた。
「では、次は実戦ですね」
「実戦って……どこで?」
まさか道端で魔法の練習をするわけにもいかない。
「決まってるでしょう。修練場ですよ」
スタスタ歩き出したアリアドネさんの後に、私は慌ててついていく。
修練場というのは、ある種の公園のようなものだ。魔法の練習や演舞のために無料で開放されている空間である。上下四方を対魔法防壁で囲まれているのが特徴。
ちなみに、学院証を見せれば利用は無料だ。
最寄りの修練場へ到着する。
学院の水練場の倍くらいの広さの空間に、私服だったり制服姿だったりする学生が集まって、思い思いに魔法を練習していた。
一角に陣取って、私は新品の杖(禍々しい)を構える。
向かいには、アリアドネさんが杖を構えて立っている。
「【火】属性でしたね。とりあえず、【
「う、うん」
私は杖を構えて、脳内に魔術式を記述する。体内のマナを循環さえ、形を練り込み、杖から押し出す。
「【
杖の先に火が灯り、みるみる燃え盛る。
生まれた火球のサイズは、最終的に拳大にも成長した。
「わっ、すごい! グラスちゃん、ちゃんとできてるよ!」
エステルの歓声。確かな手応えに、杖を握る手に力が籠る。杖を変えただけで、こんなに変わるなんて。
でもアリアドネさんは難しい顔をしている。
「……まだまだですね。いいですか? 杖を伝うマナの流れを意識することが肝心なんです」
「わっ」
背中にアリアドネさんが寄り添ってくる。ふわっと石鹸のいい匂いがした。
「ア、アリアドネさん??」
「杖の構えはこう。先端に意識を集中してください」
持ち手にそっと手を重ねられて、心音がぴょこんと跳ねる。うわわ、なにこれ。背中が柔らかくて温かい。耳元に息が触れてこそばゆい。
背後から抱きしめられる格好だ。普通の友達って、こんなに距離感近いの?
「魔術回路は丹田──鳩尾の下あたりにあります。この辺りです。分かりますか?」
「ひゃっ」
お腹の上に手を当てられて、円を描くように撫でられる。くすくったくて変な声が出た。
「ここで練り上げた魔力を、血流に乗せて杖へ届ける。大切なのは具体的なイメージです」
「う、うん……」
正直、全然集中できない。
アリアドネさんが不満げに言う。
「グラスメリア。真剣にやってください」
「やってるよ! ただ、アリアドネさんが……」
「は? 私が何か?」
「……やらしい手つきで、お腹撫でてくるから……」
「そうですか。やらし──はあ⁉︎ ちょっ、グラスメリア! 人が真面目に教えているのに、何を不埒なことを考えて、」
「だってしょうがないじゃん! アリアドネさんみたいな美人にくっつかれたら、集中なんかできないの!」
「ばっ、なっ、」
ばっとアリアドネさんが私から飛び退いた。
自分の身体を両手で抱きしめ、警戒心をむき出しに私を睨みつけてくる。
「ど、同性だからと油断した私が迂闊でした! やはり二角獣の杖を選ぶだけはありますね、グラスメリア……!」
「それは偏見だってば……もう、とにかくやってみるね」
私は改めて、教わったとおりに魔力を杖へ送り込む。すると、今度の【
大成長だ。それでも学級では最下位レベルだけど。
「……まあ、そんなところですね。次はそれを壁に向かって投げてみてください」
「え、危なくない?」
「距離による減衰を見たいんです、壁は防護されていますし、どうせ届きません」
ここから壁まではおよそ十歩くらい。私は杖を振って、前方へ飛んでいく火球の姿を想起する。
──行け!
私の意思に応じて、ひょろひょろと火の玉が飛んでいく。
けれど彼女の言うとおり、私の【
「予想通りですね」
と、アリアドネさんがしたり顔で頷く。
「グラスメリア。はっきり言いますが、あなたは魔法使いに向いていません」
「ぐふっ」
言葉という攻撃魔法が私の心にクリティカル。痛くて泣きそう。
「……あ、いえ、すみません。今のはちょっと言い方が良くありませんでした。魔法使いらしいスタイルでの戦闘は向いていない、というべきでした」
「それって、撃ち合いメインの遠距離戦闘が駄目ってこと?」
「ええ。魔力回路で反したしたマナは、身体から離れれば離れるほど減衰します。ですが、あなたはその割合が高過ぎる。これは魔術回路の質の問題なので、努力ではどうにもなりません」
「そんなあ」
「いちいち凹まないでください。別に、佩剣騎士になれないとは言ってません」
こほん、とアリアドネさんが咳払いをした。
「まず、私たちが学院で魔法による戦闘術を学ぶ理由は知っていますよね?」
「ええと。魔法犯罪者が現れたとき、自分と周囲の市民を守る為、だよね」
「そうですね。さらに佩剣騎士ともなれば、能動的に魔法犯罪者と戦うことになる。マフィアの兵隊や、暗殺者ともです」
魔法犯罪は、マフィアの勢力拡大に伴って近年増えつつある社会問題だ。原則として魔法には魔法でしか対抗できないため、佩剣騎士には魔法戦の習熟が求められる。
「とはいえ、魔法はあくまで道具のひとつです。佩剣騎士に必要なのは総合力。純粋な魔法技術だけで戦う必要なんてありません」
それはそうだ。
実際、私のパパは魔法で肉体を強化して、拳で相手をぶん殴るスタイルである。殴られた相手は大体百歩分くらい吹き飛んで死ぬ。
「つまり、あなたは魔法と剣術なり体術なりを組み合わせるべきです。なにより──」
アリアドネさんが、琥珀色の両目をすがめた。
「あなたは、魔法より剣のほうが得意ですよね」
「え? グラスちゃん、そうだったの?」
隣で見学していたエステルが目を丸くする。
「でも、この前の魔法戦闘術の実技、あたしの同じくらいの成績だったよね……?」
「手を抜いていた。というより、手の内を隠している。そうですよね、グラスメリア」
「…………。」
やばあ。
ダラダラと冷や汗が背中を伝う。
まさかこんなあっさり見抜かれるなんて。
「史上最年少の佩剣騎士」という規格外を完全に見誤っていた。
アリアドネさんは、単に魔法に優れているだけじゃない。武芸者としても一流だ。
「地元で名のある剣士に師事していた、というところでしょうか。手の内を隠すのは結構ですが、それで落第したら本末転倒ですよ」
「や、えっと、その」
私の師匠は剣士じゃなくて暗殺者なんだよなあ。
言えないことばっかりだよ、もう。
口ごもる私を見て、アリアドネさんが肩をすくめる。
「まあいいです。とにかく、実践魔法学が伸び悩んでも、魔法戦闘術が好成績なら評価は取れるはず。今後はちゃんと本気を出してください」
「……うう、はい……」
私が身につけた術理は暗殺剣だ。身バレに繋がる可能性があるから、人前では使わないようにしている。
でも、アリアドネさんの言うとおりだ。落第になっては意味がない。
どれだけ無謀でも佩剣騎士を目指すと決めたなら、リスクを取る覚悟を決めなくてはいけない。
私は両手を硬く握りしめた。
「──わかった。私、がんばるよ!」
「よろしい。とはいえ、魔法はもうちょっとどうにかする必要がありますね……」
ごもっとも。
生まれ持った私の属性は【悪】。なのに【火】だと嘘をついている。
リスクを取る覚悟はしたけど、やっぱり【悪】属性の魔法を使うのはギリギリまで控えたい。
もちろん、外聞が悪いというのもある。でもそれだけじゃない。なんというか、【悪】の魔法はあまり良くないものだ、という直感があるのだ。
ほら、よくあるじゃないか。身の丈に合わない力を振るっていると、そのうち深淵の闇に飲み込まれてしまう、的な……。
私は真っ当な佩剣騎士になりたいのであって、【宵闇の帝王】ガラテナのような魔人になりたいわけじゃない。
だから今は、練習あるのみだ。
私は杖を構えて、再び【
そして。
アリアドネさんの指導とエステルの応援を受けながら、私が練習を続けていたときだった。
「あれ、聖女ちゃんじゃーん。何してんの?」
「おひさ」
どこかでみたような、短髪女子と長髪女子の組み合わせ。短髪のほうは腹だしシャツにショートパンツを合わせた大胆な格好で、長髪のほうはフリフリの真っ黒なドレスを着ている。
そして二人とも、手首に青いスカーフを巻いていた。
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