悪属性少女の杖選び
王都を縦に走る目抜き通り──ロック・バード・ストリートを、うららかな春風が吹き抜けていく。
大陸の暦は七曜制で、七日毎に安息日がやってくる。安息日といってもお休みなのは教育施設や公共機関くらいで、市場や商店はむしろかきいれどきだ。
ロック・バード・ストリートは、その名の通り巨大な鳥の形をしている。嘴、頭、両翼、胴体、そして尾羽。それぞれに趣きが違う店が集まる。
イストワール学院の生徒が集まるのは、主に尾羽の部分だ。ここには魔法杖や教本、ローブの専門店が店を連ね、しかも安くて美味しい食堂が沢山ある。
尾羽の付け根。聖女フィオーネ様を模した聖女像がある噴水へと近づく私の耳に、涼やかな声が飛びこんできた。
「こっちです、グラスメリア」
顔を向けると、そこには腕を組んだアリアドネさんがいる。休日なのに何故か制服姿だ。さすがにローブは羽織ってないけど。
「グラスちゃん、その服かわいいねえ」
その隣には、エステルさんがいる。こちらはもちろん私服姿。フリルブラウスに流行りの色のキュロットスカートを合わせていて、なんとも可愛らしい。
私は着てきた服を見下ろした。ちょっと子供っぽいような……。いや、でもカテナがこれで大丈夫だって言ってたし、変じゃないとは思うけど。
「聞いてよグラスちゃん、アリアドネちゃんってば、外出用の服持ってないんだって。旅装と室内着しかないっていうの。どう思う?」
「別に問題ありません。服なんて着れさえすればいいのです。制服があればどこでも入れますし」
私はエステルと顔を見合わせて、「うわあ」と言った。
「……なにか文句があるなら聞きますが、グラスメリア」
「グラスでいいよ。みんなそう呼ぶし」
アリアドネさんが硬直した。眉間の皺が深くなる。
「……それはどういう意味ですか?」
「いや、そのまんまの意味だけど」
「私に愛称で呼んでほしいんですか? それとも親愛を示したつもりでしょうか。その程度で私が喜ぶとでも? いくら私に友達がいないからって、馬鹿にしないでください」
めんどくさっ。なんだこの人。
「じゃあもう好きに呼んでよ。それで、今日は杖買いに行くんだっけ?」
「そうです」
と、アリアドネさんが言った。
「グラスメリアの杖を新調します」
そういうわけで、お出かけなのである。
今更言うまでもなく、杖は魔法使いの相棒だ。どれほど卓越した技術を持っていても、杖なしでは魔法を発動できない。
そもそも魔法とは何か。
イストワール学院の基礎魔法学の教科書にはこう書いてある。
『魔法とは、外界から取り込んだマナを体内で循環させ、一定の形質を与えて外界に放つ行為である』
この『マナに一定の形質を与え』るのが体内の魔術回路であり、その性質は生まれつき決まっている。そして、概ね十五歳前後で安定するといわれている。成人の儀式で属性を判定するのはその為だ。
つまり私たちは、体内から魔法を取り出している。厳密には、魔術回路というある種の臓器から。
ただし、マナは回路内に止まろうとする性質がある。それを外に出すための呼び水が魔法の杖だ。よって、私たちは杖がないと魔法を打てない。
以上、教科書そのまんま。
「で、杖の素材にも使い手との相性がある……と」
「そうですね。グラスメリア。あなた、その辺の露天で売ってるような杖を使っていますよね」
「だって、『なんでも良いから杖を買ってこい』って入学時の案内書に書いてあったから」
アリアドネさんが嘆息した。
「あのですね。普通は属性判定後に、吟味に吟味を重ねて買うものです。何でもいいなんて言葉、鵜呑みにするほうがどうかしています」
「そうなんだ……」
知らなかった。ちゃんとカテナに相談すればよかったかも。その辺の露店で買って、特に何も言わなかったからな……。
エステルが「へええ」と感心した声を上げる。
「さすがアリアドネちゃん。あたしなんて授業に手一杯で、全然気づかなかったよ。いつも隣だったのに」
「それは私が──ンっ! まあ、偶々です」
なんだこいつ。あれかな。私のへったくそな魔法を見て内心で笑ってたとか──いや、そういうタイプじゃないか。
なんとなく、他人の努力を笑う子には見えない。これも直感だけど。というか、アリアドネさんに限って妙に先入観が働くの、一体なんなの?
魔法杖の専門店に着く。
店内に入った私は、その品揃えに圧倒された。壁一面の杖、杖、杖。色も形も様々だ。
「あたしもサブの杖買おうかなあ。見てると欲しくなっちゃうよねえ」
エステルが、棚に立てかけられた杖を手に取った。栗色の木肌をした、短剣程度の長さの杖だ。彼女はそれを二、三回振ると、「ちょっと鈍いや」と棚に戻した。
「属性や戦闘スタイルなど、杖の選び方は色々ありますが……基本的には、相性が最優先。選び方のコツはひとつです」
「それは……?」
「勘」
「は?」
「勘です。余計な理屈は考えず、勘で選んでください。理詰めで考えると必ず失敗します」
マジで? そんな曖昧な基準で相棒を選んで良いの?
ちらりとエステルのほうを見ると、「うんうん」と頷いている。マジらしい。
「あたしのこの子も、第一印象で決めたんだよ」
エステルがベルトから杖を引き抜く。彼女の愛杖は、うっすらと桃色を帯びた白樫の杖だった。先ほどの杖よりやや長く、フシのない真っ直ぐな形をしている。
「芯材は?」
「一角獣の角!」
「そう。エステルらしいですね」
……なんかエステルと私とで扱い違くない? 気のせいかな。
「杖の性質は、芯材と木材の組み合わせで決まるわ。ちなみに私の杖はこれね」
アリアドネさんが、するりと杖を抜いた。
長さは一般的なものと同じ。素材は黄金色の艶を帯びた槐。特徴的なのは、持ち手についた三対の赤い宝石だ。
「魔紅石が三つ……改めて見ると、ホントにすごいね。芯材は?」
「竜の髭」
「うそっ! わー、ホントにすごい、っていうか、怖い杖……」
「え、そうなの? どういうこと?」
私の問いに、エステルは人差し指を唇に押し当てた。
「そうだなあ……なんて言うか、野生の暴れグリフォン? 乗りこなせれば速いけど、普通は振り落とされちゃう、みたいな。そういう組み合わせの杖だよ」
「ふえー」
「……。」
気のせいか、アリアドネの鼻がぴくぴく動いている。わかりにくいけど喜んでるみたい。
「すごいのは何となくわかったよ。その分、お値段もすごそうだけど……」
「……。」
あれ? 見間違いだろうか。一瞬、アリアドネの表情に影が差したような。
「まあ、そうですね。コーデリア公爵が用意した百杖の中から選んだ一振りですから」
「……?」
なんだか妙に他人行儀な言い草だ。コーデリア公爵は、アリアドネさんの実父のはずなのに。
杖をしまったアリアドネさんが、腰に手を当てた。
「それよりもグラスメリア。今日はあなたの杖ですよ」
そうだった。
「言ったとおり、杖選びは直感と第一印象。これだけの規模の店なら、必ず合う杖があるはずです」
「う、うん。そうだよね」
第一印象と直感、か。
私は店内をゆっくりと歩いて回る。適当に手にした杖を振るってみるが、いまいちしっくりこなに。
これじゃない、ということか。うーん……。
壁に飾られている杖はいまいちピンとこなくて、私は棚に仕舞われている杖を順ぐりに見ていく。
そして、「それ」はあった。
安価な杖が並ぶコーナーの一角。取り出しにくい店の隅の棚の最下段に。
深い紫を帯びた黒檀。形は稲妻のように捩れ、塚口に黒曜石が嵌っている。
確か、パパの杖が似たような形だった。こんなに艶めいた黒ではなかったし、もう少し真っ直ぐだった気もするけど。
杖に手にして、振ってみる。
なんだろう。素材が指に吸い付くようだ。
正直にいえば見た目はちょっと不気味だけど──確かに直感が囁いている。
これがお前の杖だ、と。
「ねえ、これどうかな? なんかすごくしっくり来る!」
私が喜び勇んでその杖を見せると、何故か二人ともひどく渋い顔をした。
「……紫黒檀、捩れ型、黒曜石付き。ちなみに芯材は?」
アリアドネさんの問いかけに、私は杖のタグを読み上げる。
「えっとね。
「そうですか。ドン引きです」
「なんで⁉︎」
引かれるような要素あった⁉︎
「杖は使い手の魂を見抜く。木材も芯材も、その人の魂に見合ったものが最もしっくりくると言われています」
例えば、とアリアドネさんがエステルさんを見遣った。
「エステルの杖は、白樫に一角獣の角。形は真っ直ぐ。魔法杖占いに従えば、『堅固な意思を持つ博愛主義者』ってところですね」
エステルが照れたように頬をかく。なるほど、いかにも彼女っぽい。
「じゃあ、私が選んだ杖は……?」
「紫黒檀に
「嘘でしょ⁉︎」
なんでそんな杖がしっくりくるんだ。私が【悪】属性だから? 属性別性格診断といい、もうこの手の占いやめようよ。私が辛くなるから。
「や、やっぱり別の杖に……」
「ダメです。言ったでしょう。杖選びは第一印象が全て。直感が働いたなら、どんな悪杖でもそれを選ぶべきです」
「グラスちゃん。あくまで占いだから……ね?」
二人に説得された私は、結局、しぶしぶその捩れた紫黒檀の杖を購入した。
カウンターに杖を置いたとき、店員さんに「えっ、マジでこれ買うの?」みたいな目で二度見されたこと、一生忘れないからな。
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