悪属性少女と最初の授業 2

「もーっ! あんな言い方しなくていいよねっ! それも皆の前で!!」


「あ、あはは……」


 学生用の食堂でバゲットサンドを齧りながら、エステルは憤懣やるかたないという感じで怒っていた。

 他人のために怒れる人は善人だ。これは聖女様ではなくてパパの言葉だけど、彼女を見る限り本当だと思う。


「でも、私が落ちこぼれなのは事実だし……」


「そんなことないよ! だってまだ、入学して二週間だよ? 才能があるとか無いとか、そういう話をするには早すぎると思うな」


 はたしてそうだろうか。

【悪】属性。

 カポネ・ファミリーの開祖、ガラテナと同じ希少適正。

『属性別性格診断』なんて本が出版されていることから分かるとおり、魔法適正と人格には深い関係があると言われている。科学的な証拠は何もない俗説だけれど、かなり根深く信じられている説だ。

【悪】属性の持ち主は、残虐非道な悪の申し子だという。そして、【宵闇の帝王】ガラテナの伝説がそれを裏付ける。

 だから私は、自身の属性を隠さなきゃいけない。

 ひとりぼっちはつらいから。

 でもやっぱり、そんなハンデを背負ったままで──


「……佩剣騎士を目指すなんて、無謀だったのかな」


「本気でそう考えているんですか、グラスメリア・カルツォーネ」


 つい溢れた弱音に、背後から応えがあった。

 振り返る。靡く銀髪が、光を反射して煌めいた。

 そこにいたのは──


「アリアドネさん?」


 分厚いステーキと山盛りのサラダを載せたトレイを手にした、アリアドネさんだった。



「…………。」


 私の隣に腰を下ろしたアリアドネさんは、もくもくとステーキを胃袋に落とし始めた。

 私とエステルは目を見合わせて、無言で疑問符を浮かべる。

 アリアドネさんは普段、一人で食事を摂っている。その「話しかけるな」オーラは絶大で、声をかけるどころか近づくことさえままならないともっぱらの評判だ。

 そんな彼女が何故……?

 ──あ。まさか、私の正体がバレた⁉︎

 それはまずい。誰よりも何よりも、この人にバレるのが一番まずい。だって彼女は犯罪者の逮捕特権を持つ佩剣騎士で、しかもマフィア根絶を公言して憚らない正義の味方だ。

 アリアドネさんが、怜悧な眼差しを私に向ける。

 私はごくりと固い唾を飲んだ。


「あの、な、何か用……?」


「はい。あなたに用があります。グラスメリア・カルツォーネ」


 心臓がきゅっとなる。

 まさか本当に、こんな短期間で?

 ビビり散らかしている私に向けて、アリアドネさんが言った。


「魔法の練習を手伝わせてください。あなたの【火球魔法ファイアボール】、正直下手過ぎて見ていられません」


「……へっ?」


「聞こえませんでしたか? このままだと、次回の授業でも晒し者になりますよ。だから、私にあなたを教育させてください」


 言ってる意味が全然わからない。

 いやわからないことはないんだけど。


「ちょ、ちょっと待って。どうしてアリアドネさんが、私に……?」


 サラダを食べ終えたアリアドネさんが、右斜め下を見ながら言った。


「私、他人に借りを作るのが嫌いなんです」


「借り、って……」


 落ち着きかけていた心拍数が再び急上昇する。

 まさか、バレたのか。汽車で小刀を投げたことが。

 けれどアリアドネさんは、何故かちょっと赤い顔で言った。


「その、だから。入学式の前、私が絡まれていたときに」


「あ、なんだそっちか」


「そっち?」


「な、なんでもない! でもあれは、別に大したことは……」


 してないと思うけど。

 不良の先輩なんて、パパと比べたら子猫みたいなものだし。


「……そんなことはありません。ミラベルとかいう女に絡まれていましたが、嫌な思いはしていませんか? 使いっ走りをさせられているとか、不埒な行為を強制されているとか」


 そんなことはない。

 どちらかといえば、カテナに使いっ走りをさせらているのはミラベルのほうだ。


「そういうのは、特には……」


「本当ですか? いやらしい行為を強制されていたりは?」


「しないよ⁉︎」


 アリアドネさんは、じっと私の目を見つめた後、わずかに表情を緩めた。


「……そうですか。なら、よかったです」


 口元に柔らかな笑みが浮かぶ。

 それを誤魔化すみたいに、アリアドネさんが咳払いした。


「だとしても。私があなたに借りを作ってしまったことは事実。だから、魔法を教えさせてください」


「え、ええー……」


 まごつく私の態度を見咎めるように、アリアドネさんの片眉が跳ねる。


「煮えきらない態度ですね。何か不満でも? 自分が崖っぷちにいることぐらい、理解できていると思いますが」


「う、はい。だからその、お申し出はありがたいんだけど……」


「けど?」


「アリアドネさんと二人で魔法の練習とか、変な噂になっちゃいそうで……」


「は?」


 怖っ。美人に睨まれるの超怖い。


「だ、だってほら、アリアドネさんって孤高の存在でしょ⁉︎ 授業も一人! お昼も一人! 寮も個室で、友達と話してる姿を誰も見たことないって評判だよ⁉︎」


「…………。」


 やばい眦がどんどん吊り上がってる。


「あの、だから、そのう。そんな人と二人でいると色々噂が、ね……?」


 ただでさえ、私は「なんかヤバそうな先輩に気に入られている劣等生」という、なんかよくわからない立場なのだ。

 これ以上、教室で悪目立ちしたくない。目立てば目立つだけ、マフィアの娘だとバレるリスクが増えてしまう。

 だから、この誘いを受けるわけにはいかない。たとえ、千載一遇のチャンスだとしても。

 俯く私に、アリアドネさんが続けた。


「グラスメリア・カルツォーネ」


「は、はい」


「あの自己紹介の言葉は、嘘だったんですか?」


「え」


「あなたは言ったはずです。佩剣騎士になりたい、と。魔法が不得手な身でありながら」


 なんで覚えてるんだ、この人。あんな、私とエステルさんの他、誰も聞いていないような自己紹介を。


「あれは嘘だったのですか? それとも、なんとなく言ってみただけ?」


「それは……」


 嘘じゃない。私は佩剣騎士になりたい。自らの生き方に誇りを抱いて、清く正しく、真っ当に日々を過ごしたい。

 善なるものを目指したい。

 それはずっと、私の心にある灯だ。自分でも不思議なくらいに、強く輝く光だ。


「嘘じゃないよ。私は、本気で佩剣騎士になりたい」


「なら、周囲の目なんて気にする必要はないでしょう」


 不思議だ。彼女の声は、砂に水が染み込むみたいに私の心へ入ってくる。どうしてだろう。けして優しくなんてないのに。

 周りを気にしてる場合じゃない。

 うん。本当に、そのとおりだ。


「……そっか。うん、そうだよね」


 どうせこのままだったら、落第して実家に戻るしか道はない。

 身バレのリスクに怯えて何もしないより、藁でも掴んで足掻いたほうがいいに決まってる。

 私は身を乗り出して、意外なくらい小さい手を両手で握った。

 

「ちょっ、」


 何故かアリアドネさんの頬が紅潮する。でも気にしてはいられない。


「やる。私、頑張るよ。だから魔法を教えて、アリアドネさん!」


「っか、」


「か?」


「顔が近いです、この無能!」


「いたっ! が、顔面鷲掴みは痛い! あと無能って酷くない⁉︎」


「わあっ、グラスちゃん大丈夫⁉︎」


 こうして私は、聖女の再来にして佩剣騎士のアリアドネさんと、魔法の特訓をすることになった。

 これが正解だったのかはわからない。でも、正解にしたいという気持ちだけは、きっと嘘じゃなかった。

 それはそれとして、マジで痛いので鷲掴みは勘弁してください。

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