惑星ハキリ

金燈スピカ

惑星ハキリ

 大きな強化ガラスドーム型のコロニーには、俺たちの足音しかしなかった。


「外部からの来航は三百年ぶりです。お名前をお伺いいたします」


 銀河調査隊の俺は、自分の船で航行中に宇宙嵐に遭い自分の航路を大きく外れてしまった。どうしたものかとあてもなく彷徨っていたら、生物生存に適した星ハビタブルゾーンプラネットを見つけ、調べるとそれは千年ほど前に銀河連邦に登録された星だった。これ幸いと不時着すると、一体の女性型アンドロイドが俺を出迎え、案内してくれた。


「そうだったんですね、助かります。俺はジオです」

「ジオ様、ご案内いたします」


 ミウと名乗ったアンドロイドは俺をコロニーに招き入れた。地表は火星のような荒野だが、コロニーの中は温暖湿潤、ところどころに植物も飾られている。今は夜なのだろう、空は黒く星々が散らばり、大きさのまばらな月が三つ見えた。


「ジオ様、まずは女王陛下にご挨拶を。きっと貴方を助けるよう温情を与えてくださるでしょう」

「それは、ありがとうございます」


 女王という言葉を、おとぎ話の外でずいぶん久々に聞いた。イマドキ珍しい政治体制だな、だから外部との接触が三百年もなかったのかな。


 ミウは静かな、静かすぎるコロニーの中心部へと俺を案内した。女王の間だというその部屋は、天井はガラス張りで、見事な銀河の靄が一面を覆っている。室内はまるで温室のようで、床も芝生、あちらこちらに木が生えていて、肌がじっとりと湿るほど暖かい。部屋のちょうど中央には古風な東屋ガゼボがしつらえられていて、東屋ごとまるまるガラスで覆われていた。


「女王陛下です」

「この度は、不時着を許可いただきましてありがとうございました」


 この星の礼儀作法が分からないので、俺はとりあえずぺこりと頭を下げてみる。が、何も返答はなかった──何の視線も、生き物の気配も感じなかった。俺は顔を上げ、ガラスで閉じられた東屋に近付く。東屋の中央には古風な玉座がしつらえてあるが空席だ。その前に柔らかな金色のクッションが敷き詰められ、そこに誰かが横たわっていた。


 あれが女王だろうか? 俺はガラスにへばりつくようにして中を覗き込み──


「うわっ!?」


 その人は干からびて白骨化していた。細やかな刺繍が施された衣装、頭のあたりに置かれた細工物の冠。


「この人が、女王?」

「はい」


 ミウは淡々と、アンドロイドなのにどこか寂しそうに頷いた。


「女王陛下が身罷られて二百年になります。陛下はご自身の死後、遺骸をどのように扱うかを指示なさりませんでしたので、当時のままに保全しております」

「あ…………」

「我らの母、偉大なるクイーン・ハキリにご挨拶いただきありがとうございました。ささやかですがお食事をご用意いたしますのでこちらへどうぞ」

「……はい」


 ミウがまた歩き出したので、俺は慌ててその後についていく。


「ミウ、ここは、人口はどれくらいいるんだ?」

「おりません」

「え?」

「女王陛下はご病気を得てから、ご家族をすべて旅立たせました。その後は私たちアンドロイドがお世話させていただきましたが、陛下も身罷られましたので、この星に知的生命体はおりません」

「そ、そっか……」


 淡々とした言葉に、俺の方が何だか焦ってしまう。


「じゃあ、アンドロイドはあとどれくらいいるの?」

「私が最後の一体となりました」

「え?」

「皆、少しずつ壊れてしまい、もう稼働していないのです」

「え、じゃあ、食べ物とかは」

「ご安心ください、食品コロニーはミウが保全をしております」


 ミウに案内されて行った扉の先には、豊かな果樹園と野菜畑が広がっていた。バイオミート製造ラインも生きているとのことで、畑の横のテラスのような場所で提供された食事は、地球でいうところのハンバーグにパン、野菜スープといった風情だった。見た目は問題なさそうだし、良い匂いがしたので、ハンバーグをナイフとフォークで一口大に切り分けて食べてみる。甘い肉汁がニンニクの効いたソースと絡まって口いっぱいに広がる。旨いじゃないか。柔らかなパテを噛みしめる度に広がる旨味は、携行食ばかり食べていた俺には骨身に染みた。


「お口に合いましたようで何よりです」


 俺が食べる様子を眺め、ミウは嬉しそうに微笑む。


「以前はもっと大きなラインも稼働していて、果樹園も広かったのですが、アンドロイドがミウ一体となり、十分な保全が出来ず、この一棟以外は放棄しました」

「そうか……」

「女王陛下が最後にお食事を召し上がられて以来、初めて食事を提供しました」

「…………」


 惑星ひとつ。星間航行が当たり前の時代になっても、星の大きさは変わらない。その上に立っていれば見渡しきれないほど大きな閉じられた世界の中で、ゆっくりと朽ちて行った女王と、残されたコロニーを淡々と世話をしていたミウ。


 彼女は、これからも、食べられるアテのない食べ物の保全を続けるのだろうか?

 収穫しても食べられることのない作物の世話をし、誰も歩かないコロニーを履き清め、眠り続ける女王の東屋のガラスドームを拭いて。


「ミウ」


 途方もない星の海の中でただ一人だという孤独。


「 俺と一緒に、船に乗らない?」


 それは、人間もアンドロイドも変わらないのではないか。


「船に? 何か修理が必要ですか?」


 ミウは首を傾げ、ここにある機材は、と説明を始めかけたので、俺は首を振る。


「そうじゃなくて。この星を出て、俺と一緒に来ないかってこと」

「それは、この星と女王陛下を放棄することを意味していますか?」


 アンドロイドらしい単刀直入な言い方に、俺は頷いてみせる。


「きっと女王陛下もお許しくださるよ」

「……いいえ。ミウは女王陛下の忠実なしもべ。お側を離れません」

「もう亡くなられたんだろう、命令違反にはならないよ」

「いいえ、いいえ、ミウがお側にいたいのです。お優しく聡明な女王陛下をお慕いしています」


 キッパリとした言い方。旧式のアンドロイドの思考パターンを変えるのに、対話だけで挑むのはとても難しい。俺はパンをちぎり、分かったよ、と頷いた。


「……ミウのしたいようにすればいいよ」

「ありがとうございます、ジオ様」


 テーブルにぽつりと何か水滴が落ちた。上を見上げても何もあるはずもない。傍のミウを見上げても優しく微笑んでいるだけで──頬に、何か水が伝った痕があった。人間がより親しみやすいよう、アンドロイドにも涙を流す機能は搭載されている。感情だって、かなりの精度で人間と同じような機微を感じると聞く。


 俺の視線を感じたせいなのか、微笑んだままのミウの瞳から、ポロポロ、ポロポロと水が、涙がこぼれ落ちる。


「ごめんなさい、ジウ様、間もなく止まります」

「いいよ、止めないでいい」


 俺は立ち上がって、少し躊躇ってからミウをそっと抱き締めた。人間と同じような感情を持つけれど、老いることも朽ちることもないアンドロイド。眠る女王と二人きりで、何十年、何百年、ここで過ごしてきたのだろう?


「俺が女王に話してみるよ。きっと伝わるさ」

「いいえ、いいえ、いいのです、ジオ様。女王陛下はお亡くなりになる前、ミウに指示を残しました」


 ミウは俺の胸を押して離れ、俺の顔を見上げた。


「ミウの好きにして良いと。いつでもこの星を出て良いと。でもミウはこの星にいます。女王陛下が愛したこの星を保全します」


 また瞳からポロポロと涙が溢れる。


「それでも、アンドロイドでも、人と交流するのは嬉しいものなのです……」

「……そうか」


 俺はもう何も言えずに、もう一度ミウを抱き締めた。ミウはもう俺を押し返しては来なかった。


* * * * *


 食料を補充して、ついでに船のメンテナンスもして、たっぷり1ヶ月は滞在した後、俺はようやく出発することにした。


「ジウ様、どうかお気をつけて」


 出発の日もミウは淡々と微笑んでいる。


「ミウ。あのさ、これ」


 俺は用意していたマイクロメモリーをミウに渡す。


「この規格で読み込める?」

「はい、可能です。これは?」

「……俺の船の星間通信アドレスと、あと俺が好きな料理。また来るから、コロニーの食べ物で作れるよう調べておいて」


 ミウがはっと驚いた顔をする。アンドロイドでも驚くとこんな顔するんだな。


「楽しみにしてる」

「はい……はい!!!」


 アンドロイドに情が湧いたなんて言ったら、仲間に冷やかされるんだろうな。俺は照れ臭くなって、挨拶もそこそこに、船に乗り込んで扉を閉めた。




 自然派無添加食品を扱ったレストラン「クイーン・ハキリ」が、銀河辺境の隠れ家的名店として大人気になるのは、もう少し先の話だ。

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