荒廃した東京で

あんみつ

マイバッグ持ってるので袋はいりません!

荒廃した”東京”のビル街を、ロリィタなドレスを身に纏った少女達が歩いていた。


──20XX年度重なる核戦争で大気は汚染され、地球は既に生物が暮らせる環境ではなくなっていた


「あ!ちょっと!ポイ捨ては地球の未来を壊すって義務教育で習わなかったの!?」


「わかったわかった!ごめんって!」


安藤ユウカは、ある日を境に地球環境に優しい運動に異常にこだわるようになった。


それはまさに、怒れる地球環境の神か仏が、神がかり的に安藤ユウカの肉体に乗り移ったとしか思えないほど突発的な性分であった。


友人である江藤アキノの考えでは、安藤ユウカは急な生活環境の変化による一時的な発作で、防衛機制でいうところの抑圧、合理化、逃避、代償、などの心理的作用が働いていて、無意識下で、精神的ショックから心を守ろうとしている。


なんからの理由でエスを抑えるほどの超自我が彼女の中で形成されたのだと言えるかもしれない。現実を認識することは彼女の精神にあまりいい影響を及ぼさないとアキノは判断していた。


「SDGs持続可能な開発目標第11条包括的で安全かつ強靭で持続可能な都市及び人間移住を実現する。私達一人一人が一消費者としての自覚を持って責任を持った行動をしていかないといけないって、分からない?」


「あーもう15文字以内で簡潔に言ってくんないと分かんない!肉がないと頭働かないー!」


「畜産業は環境負荷が大きいんだから…!動物性食品を減らすことや植物性食品を中心にすることで環境にやさしい食生活の実現につながるの!」



道端には爆風により頭の部分がもげた飛び出し坊やの標識が転がっていた。


「あ!ほら!そこにもポイ捨てされたゴミが!」


「偉いね〜嬢ちゃん達。こんな朝早くからゴミ拾いか」


このおっさんは闇市の売人だ。見渡す限り崩壊したビル郡やら瓦礫の山やらしかない退廃的な景観のなかで、おとぎの国から抜け出してきたようなロリータ・ファッションガールは浮きまくっているはずである。故にアキノ達は知らなくても向こうからは顔を覚えられているということが日常茶飯事的に起こる。


「ね、美味しそうだねこのお鍋」


道沿いに露店が並び、闇鍋がそこかしこで売られていた。


「よく覚えておきなさい。劣悪な労働環境で作られているものは購入しないこと。消費者の行動を変えることは、消費者として「持続可能な選択をする」という積極的な意思表示と言える…。」

「あーなんか食欲無くなった」



「あ!あんな所に粗大ゴミが!」


ユウカが指差す先に、大きなクマさんが自動販売機の小銭を漁っていた。昨今、自動販売機を利用する人なんて見たことがないし回収し忘れた小銭など残っているはずがないのだが、そのクマさんは空の返却口を恨みがましそうに見つめていた。

アキノ達が近づいてくる気配を察したのか、クマさんは死んだ振りをした。


「これ、燃えるゴミかな…」


ユウカは着ぐるみをつんつんしている。


「え!今なんか動いた?」


「だから、生きてるんだって!」


振り返ると、さっきの着ぐるみがムクっと起き上がり、後ろをとぼとぼと着いてきていた。


「アレどうするの?うち食べるものないよ」



配給の列にはたくさんの人間が並んでいた。


「今月分の配給ください」


アキノが配給切符を渡すと、受付のおっさんが

米袋や乾パンをの手に乗せてくれた。


「あ、そうだ。この人も1人分に入ります?」


後ろからついてきていた着ぐるみを指さす。


「ごめんなお嬢ちゃん。熊は1人には入らないよ〜」


「はあぁ?」


「マイバッグ持ってるので袋はいりません!」


「黒い雨だ!早く帰らなきゃ。」




「母ちゃん帰ったよ〜」


「まあ!アキノちゃんったらそんな乱暴な言葉遣いをしてはいけません!ママでしょ!マ・マ!」


母は、アキノが”女の子”であると信じきっていた。


「はいはい愛するママン、ただいま帰還しました」


「ユウカちゃんも寒かったでしょ〜。おばさんとお茶会でもしましょうね」


彼女の両親は建築物倒壊に巻き込まれて亡くなっており、それ以来彼女は我が家の居候だった。精神的に不安定になった友人を放って置くことも出来ないアキノは彼女をシェルターに連れ込んだのだった。


「わ〜い、アフタヌーンティーだ〜」




「鯖缶と、水…」




「ここにクッキーと紅茶、マフィンがあると想像してご覧なさい。想像さえすれば女の子はどこだってシンデレラになれるんだから…ああ、私は今、舞踏会にいるの…」


「こんなに美しい女性は見たことがない…私と踊っていただけますか?愛してるよハニー…」


いつもこれだった。この世情のため廃業となったが、かつては父も、りっぱな精神科医であった。実家には精神分析に関する論文、心理学入門、精神医学書にいたるまで、申し分ない蔵書があった。

核シェルターに避難する時に持ってきたフロイトの「精神分析入門」以外は実家と共に焼き尽くされてしまったが。


精神科医になると、ああもメルヘン翁になるものなのだろうか。


「こうなったらしばらくこっちに戻ってこないわよ」

「だろうね」





「ほらー!2人で手を繋いで並んでみなさい!あら!可愛い〜」

「ママ、女の子が2人生まれたらフリフリのドレスで双子コーデさせるのが夢だったのよね〜」

「パパもこんな暖かい家庭を持つことが夢だった…」

「シェルターで難民生活だけどね」

「ほんとに夢みたい…ああ、しあわせ…」

「シェルターで難民生活だけどね」


江藤アキノの両親はメルヘン夫婦であった。

舞踏会で目と目があったその日から、女の子が2人生まれることを信じていた。

子供部屋にはぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ。天蓋付きの瀟洒なベッドに、レースのあしらわれたカーテン、小鳥のさえずる窓辺でフリフリのネグリジェを身に纏って微笑む愛娘達のために用意した一室は、どこぞのおとぎ話に出てくるような空間だった。


現実的な視点から考えると核シェルターに設えられた悪夢のようなメルヘン空間でロリータ・ファッションをさせた両親いわく女の子のアキノを夥しい数のぬいぐるみと一緒に生活させているクレイジー夫婦であるともいえる。もちろん、美しいオウムにやるエサが手に入らなくなったので鳥籠はもぬけの殻である。亡骸はシェルターの近くの土塊に埋めて、墓銘に「オウムのぴーちゃん」と書いた。


アキノの母の絶望的手芸センスにより不気味なフリルがあしらわれた哀れなラジオからは、市民放送が垂れ流されていた。


配給の停止が予想され、避難民からは抗議の声が相次ぐ───



「肉が食いたい!肉が食いたい!」


寝転がって足をバタバタさせているアキノをよそに、回収したゴミの分娩をしているユウカ。それを着ぐるみが手伝っている。

地団駄をふみながらも、あれ、中身何入ってんの…とアキノは思った。

食事の時間だけ、”それ”はいつもどこかに消える。

パーテーションごしに少しだけ垣間見たことがあるので、エネルギー源をちゃんと摂取していることをアキノは知っていた。気分は若紫を見出した光る君である。中身がなんなのかは気になるのだけど、知るのは怖いのであまり追求しないようにしている。

部屋の角が落ち着くのか、相変わらず熊の着ぐるみはメルヘンチックなシェルターの隅っこで三角座りをして天井の一点を見つめているし、両親はおとぎの国のお茶会に夢中だし、ユウカは環境保全同好会なる会合に出かけていた。


気が狂いそうだった。


「配給いつ戻るかねー」


そいつは答えない。


その時、超次元から湧いた肉が飛び上がった。


「あ、肉が」


「肉だ!」


「あーん」


ぱくっ


アキノの目の前で、着ぐるみの頭部を外した中身が肉をまるまる飲み込んだ。


※ロリータ


少女性を強調するフリルやレースをふんだんに取り入れたファッション


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荒廃した東京で あんみつ @sevruslove

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