二十、手遅れな事実
ここから先は私の仮説だ。
流行病だったのだろうか。皆がそれぞれのために薬草を集めた。しかし、一人また一人とこの世から去っていく。
残ったのは使うことができなかった薬草と後悔だけ。これらの薬草は善意で集まった物ではない。きっと自身の無力さを忘れるために手放した物だ。
今思うと、あの夫婦が私を見る表情は暗かった。あれは息子が助かるか心配していたのではない。遅過ぎた加護女に不信感を覚えていたのだ。
「病気の治療も周りの人が死んで薬草が余ったから出来たことだ。善意でくれる人もいる。だが、大切な家族を救えなかった苦しみを俺たちにぶつけてくる家もある。どうして俺たちに怒りの矛先を向けてくるんだ!」
「『寄生虫』『薬泥棒』人が頑張って集めた薬草をもらうだけ。陰でそう言われいる俺たちの苦しみが分かるか⁈」
「村全体として訪いを依頼した。だが、それは随分前の話なんだよ! 何食わぬ顔で訪いにきて、治りかけの病気の治療をしたって全部手遅れなんだよ!」
「『他が死んでいるから寄生虫の家だけが、また優遇される。』この先、何年にわたって陰口を言われ続けられるかも知れない! あの子が大人になった後で仕返しが来るかも知れない! それを分かってるのか⁈」
我慢の限界が来たようだ。手を押さえていた奥さんを払いのけ、男性は拳を振り上げた。
終始薄暗かった籠の中に日の光が差し込む。少し足を動かすだけで、小石の感覚と砂利の音がした。吹き抜ける風の音と、籠を通して見える三つの視線。
全身の感覚から流れ込む情報が、建物の外に飛び出してしまったことを教えてくれる。
ほとんど無意識だった。きっと自分のせいで誰かが傷つくところを見たくなかったのだろう。
『これからは君の自由だ。訪いを続けるのも』
いつか言われた主人様の言葉。最期に残してくれた言葉に、自信を持った答えを出したかった。
私の加護は奪うだけ。人を救うことは出来ないからこそ、簡単に助けるとは言えない。
弱すぎる私の意思が問題を先送りにし、事態を招いた。主人様の優しさに甘え、今まで何もしてこなかった罰がこれだ。
流行病があったことに気付くことすらなく、事態が落ち着いた頃に加護を使う。誰かに暴力を振るいたくなるのも当然だ。
でも、その怒りを向ける相手は間違わないで欲しい。
動揺と恐怖と怒り。籠の向こうから伝わる感情はお世辞にも美しいとは言えない。
私に向けられた『それ』を理解した上で一歩、また一歩と進む。歩くたびに足裏から土を感じた。
体が熱い。腕が怠い。息苦しさもある。
きっとこれは加護の代償だ。加護で奪った少年の苦しみ。今、代償が現れるのは罪の意識からだろうか。
だが、今回は土の感触もしっかりと感じられる。
代償というには、あまりにも優しい。本来なら喜ぶべき優しい苦痛が、手遅れになった事態再三教えてくれる。
前に意識を向ける。
振り上げていた拳は気付けば下がっていた。誰かが殴られる光景はもう見たくない。無意識の行動が暴力を防ぐ。見たくない現実を消してくれたみたいだ。
でも本当にそれだけでよかった。
近づくにつれて距離を取る夫婦。その表情は次第に恐怖の色が強くなっていく。限界を迎えた夫婦は、崩れるように地面に跪いた。
「すみません、すみません、すみません……」
頭を地面に擦り付け、何度も何度も謝る。
訪いに対しての不満。それを私に聞かれてしまったからだろうか。
私は加護女だ。たとえ役立たずだとしても貴族であることに変わりはない。この夫婦は貴族に楯突いた。普通ならそう思われるはずだ。
訪いに来ても手遅れで、仕事も治りかけの病の苦痛を奪うだけ。怒られても当然なはずなのに、逆に謝らせてしまう。
全てが申し訳ない。しかし今更何が出来るのだろうか。
かける言葉が分からず立ち止まってしまう。今の私が彼らに優しくしたところで無駄だ。ならば別の方法を――そうだ。
ふと脳裏によぎった案。正直やりたくない。だが考えても、その最悪の案以外に方法が思いつかなかった。
かごめ姫 栗尾りお @kuriorio
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