桜の木の下に眠るのは

内河弘児

桜の木の下に眠るのは

 現在、N大学にはミステリー研究会に類するサークルが七つある。


 元々は一つの大きなミス研だったが、十年ほど前に研究方針を細分化した形で分裂したらしい。

 方向性の違いによる人間関係の崩壊が原因だとか、人数が多すぎて幹事がさばききれなくなったのが原因だとか、部室を複数確保するために方便として分裂しただけだったのだとか、諸説あるらしいのだが当時のメンバーはもう誰も学校にいないので、真相は藪の中である。


 現在の最大勢力はミステリー考察研究会で、三十人近いメンバーを抱えている。

 こちらは、推理小説や漫画を読んだり、ミステリが題材になっている映画やドラマやアニメを見たりして感想を語り合うという活動がメインになっている。

 つまり、一緒に映画を見に行った帰りに感想を語り合うために飲み屋に行ったり、アニメドラマ鑑賞会と称した宅飲みお泊り会を行ったり、ミステリ賞のノミネート作品の読書感想や受賞作の妥当性について意見交換するためにBBQを開催したりする、いわゆる文科系趣味を元にした飲み会サークルである。

 ミス研を標榜しつつもそのメンバーのほとんどがいわゆる陽キャと呼ばれる人たちで、観に行く映画もミステリと言いつつパニックホラーであったりサイコサスペンスであったり、巷で話題の映画がほとんどらしい。


 次に勢力が大きいのがミステリー執筆研究会だ。

ミステリ作家を目指して日々小説を書いている人たちの集まりで二十人ほどの規模となっている。

しかし、最近「公募派」と「WEB小説からの打診狙い派」で派閥争いがあるらしく、近々分裂するのではないかともっぱらの噂である。


 その他は似たり寄ったりの規模感で十人前後のサークルが四つ。


 古典ミステリのトリックや犯人の動機が執筆当時の政治的背景や庶民風俗と照らし合わせて妥当であったかどうかを検討する『古典ミステリー風俗研究会』


「俺が、俺たちこそがミステリーだ!」と言って大学内から依頼を募って探偵業をやっている『ミステリー実践研究会』


 ミステリー作品の舞台となった地に実際に赴いて感慨にふけったりごっこ遊びをするいわゆる聖地巡礼グループの『ミステリーフィールドワーク研究会』


 ミステリー作品の二次創作同人誌を作って即売会へと参加したり、ミステリー作品の登場人物のコスプレをしてイベントに参加したりする『ミステリー文化研究会』


 そして最後に、最小規模のサークルなのが我らが『完全犯罪研究会』である。

 完全犯罪研究会、通称『完研』は七つのミス研のうち最弱で最小で、メンバーは俺と斉木の二人しかいない。

 申請はしてあるので学校にサークルとして認められてはいるのだが、人数が少なすぎて予算もつかないし部室ももらえていない。

 そのため、我が完研は季節や時間によって遊牧民のごとく拠点を移動して活動しているのだ。

 学校の食堂だったり、街中の公園だったり、お互いの部屋だったり。

 二人とも金は無いので、飲み屋やカフェを使う事はあまりない。




****




 今は春。

 桜真っ盛りの季節なので、本日の完研活動場所は近くの公園の桜の木の下である。

 俺たちの手にはそれぞれ缶ビールとコップに入った日本酒が握られているが、決して花見をしに来たのではない。これはサークル活動なのである。


「桜の木の下には死体が埋まってるんだよなぁ」


 二本目の缶ビールを開けたところで、プルトップの上にひらりと花びらが落ちてきた。桜と言えば、と思いついたことが考えも無しにぽろりと口からこぼれる。


「梶井基次郎だな」


 斉木がコップの日本酒に浮いている花びらをつまみつつ、俺の言葉も拾い上げた。


「そうそう。読んだことないけどね」

「短編だから、読むと良い」


 俺はあまり本を読まないが、斉木は読書家だ。有名なフレーズしか知らない俺とは違って読了済みらしい。短編だって事すら今知ったよ。


「そのうちね」


 読む気はないので受け流しておく。斉木も別に深追いをしたりはしない。


「完全犯罪で桜の木の下に死体を埋めるにはどうしたらいいと思う?」


 せっかく、死体というキーワードが出てきたんだし完研の活動につなげていくことにしよう。

『桜の下には死体が埋まっている』のを完全犯罪でやるにはどうしたらいいだろか?

 これが今日のテーマでよいだろう。そう、ここには花見に来たのではないのだ。決して。

 桜の木の下、いちご模様のレジャーシートを敷いて酒盛りをしている俺と斉木。

 いつも通り、思いついたネタで完全犯罪をするにはどうしたらいいかをぼんやりと語り合う。完研の通常営業である。


「まずは、埋めるための死体をどう用意するか、からだな。死体を盗むのか、だれかを殺すのか」

「死体を盗むのとだれかを殺すのとでは、どっちが完全犯罪にしやすいかなぁ?」

「日本は火葬文化だからな。葬式のしきたりによるが不寝番制度なんかもあるし、ご遺体が孤独になる時間があまり無い。誰かを殺す方が手っ取り早いかもな」


 俺と斉木のいつも通りの会話だが、内容が内容なので人に聞かれれば通報されかねない。

 この公園は、大学の敷地を囲む生け垣に隠れて表の通りから見えにくく、遊具もないし日陰だし、トイレも水場もないしで人気が無い。

 せっかくのきれいな桜だが、一本しかないし狭いので、先客が居ればここでの花見はあきらめる人がほとんどだ。

 今日も、俺と斉木が来てから誰もこの公園には来ていない。完研活動にはうってつけと言える。


「生き埋めにする、というのはどうだ」

「なるほど、死体を盗んだり誰かを殺して運んだりするよりは現実的かもしれないね」


 斉木の提案に、俺はビールをあおりながら相槌を打つ。

 確かに、生きている人間ならば桜の木の下まで自分で歩いてきてもらえるわけだ。運んだりする手間が省けて良い。


「埋めた時点では生きていたとしても、そのうち死んでしまうのであれば『桜の下には死体が埋まっている』という状況は達成されるね」

「だろう?」

「じゃあ、実際にどうやって誘ってどうやって埋めれば完全犯罪にできるかを考えようか?」


俺の声に、斉木はそうだなぁと言いながら顎を撫でた。


「まず、花見をしようと言って誘い出すのはどうだ」

「花見ができる場所なんて、人目が多くて無理じゃない?」

「穴場があるんだと言って人気のない場所に誘い出すか、夜桜を見ようぜと言って夜中に誘い出せばいいだろう。その辺はなんとでもなる。桜の木の下であれば、どこの桜だって良いんだろう?」


 そういって斉木がぐるりと周りを見渡した。


 確かに、この公園は桜が盛りなのに人気ひとけが無い。理由は先ほど説明した通りだ。生け垣が目隠しになっていて、桜の木の下は公園の前を通る人からちょうど見えない位置にある。

 実際に花見の穴場があるのを目の当たりにすれば「そんな都合のいいことあるか」と笑い飛ばすこともできない。


「なるほど。じゃあ、桜の木の下まで誘い出されたとしよう。どうやって埋める?」


 俺の問いに、斉木はそうだなぁと言いながらクーラーボックスから新しいビールを取り出して俺に渡してきた。まだ冷たくて気持ちいい。


「まずは、普通に花見をしてどんどん酒を飲ませよう。睡眠薬を飲ませて眠らせてもいいし、普通に酔いつぶしてもいい」

「それに付き合っていたら、自分も酔いつぶれてしまうんじゃない?」

「そこはそれ、これからこいつを生き埋めにするんだって思っていれば酔いもさめるだろうよ」

「そんなもんかねぇ」

「それで、そいつが酔いつぶれたらこう……レジャーシートをめくると穴が掘ってある」

「なるほど。荷物やクーラーボックスでうまいこと穴の上に人が来ないようにするんだね」

「酔いつぶれて寝ているのを転がして、穴に落として土をかぶせれば完成だ」


 そういって、斉木はレジャーシートの上に転がっていた一升瓶をコロコロと俺の方へと転がした。中身はすでに空である。


「ちょっとまって。用意周到に穴を掘っておくのは良いけど、かぶせる用の土はどうやって用意するんだ。レジャーシートで隠すんだったら、その辺に積んでおくわけにいかないだろう?」

「平たく均ならした土の上にレジャーシートを敷けばいいだろ」

「あ、そうか」

「レジャーシートをどけて均しておいた土で穴をふさいだら、またレジャーシートを戻して花見の続きをするんだ」

「早く逃げた方がよくない?」

「生き埋めだからな。起き上がってきたらこまるだろ。穴の上に座って自分が重しになっておくんだ」

「うげぇ。尻の下で人がもがき苦しんでいる振動を感じながら酒飲むのかぁ」

「完全犯罪の為には、それくらいしなくっちゃな」


 ニヤリと笑いながら、斉木は日本酒の入ったコップをあおる。


「あとは、死体が見つからなければ完全犯罪成立だね。最初に、場所を人気のない穴場の桜か夜中の桜に設定してあるから、目撃者は大丈夫だとして……行方不明になった後に死体が見つからなければいいんだよね」

「行方不明者の捜索が始まれば、最後に一緒にいた者が疑われる可能性が高いな」

「うーん。『誰にも秘密で来い!』って誘っておく?」

「そんな文言で呼び出されて、ホイホイ酔いつぶれてくれると思うか?」

「ダメかぁ。……あ、じゃあさ。秘密の恋人同士だと、だれにも言わずに会いに来るかも」

「それだと、約束した文面がLINEだのメールだのに残るだろう」

「そっか。じゃあ、口約束で集まれる間柄だな」

「それは、どんな間柄だ?」

「俺と斉木とかそうだよね。次回の完研はあそこでやろうぜ!って学校で約束して、集合するだけだし」


 ぴったりと当てはまる関係性を見つけた俺は、どや顔でビールの空き缶をほおり投げた。ゴミ袋として口を広げておいたレジ袋にポスッと収まって気持ちが良い。


「そうだな。ところで、お前は完研の今日の活動がここだって誰かに言ったか?」

「まさかぁ。『今日の朝飯は納豆でした』みたいなこといちいち人に言わないよ」


 にこりとわらった斉木は、黙って日本酒の入ったコップを俺に渡してきた。


*****


 ずきずきと痛む頭を押さえつつ、起き上がったのは自分の部屋だった。かすむ目を凝らして枕元に置いてある時計を見れば、桜の木の下で酒盛りをした翌日の昼だった。

 学校の裏手にある、人気のない桜の木の下。誰にも言わずにそこへ行った俺が、酒盛りをして酔いつぶれて寝てしまった。


 状況を考えれば、俺は今頃桜の木の下で養分になっていてもおかしくない状況だったが、こうして生きて自室で二日酔いに苦しんでいた。

 昼頃になって、なんとかこうとかようやく大学にたどり着くと、食堂でうどんをすすっている斉木を見つけた。豚汁を買って斉木の向かいの席に座ると、割り箸を割ってから問いかけた。


「朝起きて考えたんだけどさ。俺が何日も学校に来なくて部屋に行ってみればもぬけのからで。行方不明だ!ってなって探すとするじゃん」

「ああ」

「それで、掘り起こして埋めたっぽい跡が残っていたら、警察なり敷地の管理人なりに掘り起こされて死体がみつかってしまうんじゃないか?」

「埋めた後に、自分もしこたま酒を飲んでげろでも吐いておくのはどうだ? 吐いた物を隠そうとして土をかけたんだなと思われてスルーされるかもしれないぞ」

「汚い話だな。生き埋めにされた上にげろまで掛けられたんじゃ死んでも死にきれないよ」

「まぁ、死体が出たとしても。犯人が誰だかわからなければ完全犯罪として成り立つからな」

「そうだけどさ」


 ずるずると、うどんをすする音がする。


「なんで俺を埋めなかったの?」

「前もって穴を掘ってなかったからな。準備不足だ」

「そっか」




 俺以上に飲んでいたはずだが、斉木は健康そうな顔をしている。ザルでいくら飲んでも二日酔いにならない斉木が憎かった。

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