二淵 アメ

短編 「器」

 ある橋の上で、高校生が空を見上げ呟いていた。


「…なんか、なんでもいいから特別な力欲しいな、」


 …誰しもが一度は考えたことがあるだろう。


 突然教室にテロリストがやってきて、それを自分が特別な力で解決する妄想。ある日突然、超能力に目覚め強大な敵と戦う妄想。

 誰もが思い浮かべるそんなありきたりな妄想を、登校中のこの男子高校生も考えていた。


 ボサボサの髪を掻き上げ、再び歩こうと後ろを振り返ると…そこにはクラスのマドンナの佐々木さんが歩いていた。

 まぁ、もちろん話したことはない。少し戸惑いながら佐々木さんが横を通るのを、気にしてない素振りでやり過ごそうとした。

 

 すると突然、激しい頭痛に襲われた。頭が割れるんじゃないかと思えるほどの痛みの中で一瞬、頭の中に光が走った。その光は、ある一つの光景として僕の頭の中に広がった。

 

 ぼんやりと写った光景には、親近感のある橋の上で、見たことのある女子高生が車に轢かれてしまう光景。頭の中に広がったその謎の光景に、理解できず混乱したまま目を覚ました。

 

 すると、頭痛でしゃがみ込んでいる俺を心配して声をかけてくれた佐々木さんがそこにいた。


「大丈夫ですか?」


 少しぼんやりしながら大丈夫と伝えると佐々木さんは、「そうですか、無理しないでくださいね。」と言ってまた歩き始めた。

 

 俺はその時、目の前の光景が頭の中に広がった光景と重なった。

 瞬間…自分の意思か、それとも本能なのか、スッと左手で佐々木さんの腕を掴んだ。


「な、なんですか!?」


 佐々木さんが戸惑い、驚き、若干怖がっていた。その反応に焦り、すぐに手を話し謝った。


「ご、ごめん。」

「あなたは何がしたいんですか?」


 キレ気味の佐々木さんが俺に質問した時、佐々木さんの少し奥に車が猛スピードで突っ込んだ。

 

 佐々木さんも、俺も、状況は理解できなかった。…けど、あまり驚かない俺を見て、佐々木さんが戸惑いながら聞いてきた。


「あなた、もしかして私を助けてくれたの?」

「まぁ、そうですね。」

「なんて言ったらいいかわからないんだけど。…とりあえず、ありがとう」


 若干カッコつけながら言ってみたら、普通にスルーされた。…けど、人にお礼を言われるなんで久々でかなりグッときた。


 それから一緒に学校に行くことになりなんだかんだ仲良くなった。

 

 少し日々が過ぎ、あの時のことをだんだん理解していった。

 俺があの時見た光景は、もともと起きるはずだった未来だ。…本来佐々木さんはあの橋で死んでしまうはずだった。が、俺が未来を見て防いだことで佐々木さんの未来が変わったんだ。

 

 …つまり俺は、予知能力に目覚めたんだ。

自分で考えてて、結構恥ずかしかった。

 でも、それと同時に他の人とは違うという全能感に浸れた。

 

 予知能力について、日々の生活で色々検証してわかったことがいくつかある。

 一つ、予知は任意では行えず、突発的に予知される。

 二つ、予知の内容は指定できない。つまり、宝くじの一等を予知して取りに行くとかはできない。 

 …と、あまり自由度は無いが、それでも十分すぎる能力だった。

 この能力のおかげで今では、色んな人と友達になれた。例えば、クラスの中心的人物、ムードメーカーから顔の広い人やワイワイ騒げる人まで。そして佐々木さんとも、たくさん話している。

 …例えば、とある日常会話。


「お前、佐々木を事故から助けたって本当?」

「まぁね。」


 くどすぎず、それでいて誇らしげな、そんなすましたドヤ顔で返した。


「え、事故が起こるって思って腕引っ張ったの?」

「前に車がいて、その車が結構フラフラしてたからもしかしたら突っ込んで来るんじゃないかって予測してね。」

「えぇ!すげー!」

「あ、ちょっと君?」


 近くの隅っこで話している人たちに声をかけた。


「ちょっとさぁ、水買ってきてくんない?」

「…え、えっと。」

「いいの?ありがとう。でさ!この前も、車で轢かれそうになった人がいてね…」


 こんなふうに新しい友達と仲良く会話をしたり、佐々木さんとの放課後では…


「見て、ここの店すごくいいんだよ、安く

て。」

「へー、そうなんだ。」

「そうそう。」


 そのまま完璧なエスコートで店に入り注文までスムーズに俺がやった。


「えっと、これと、これと、これください。あ、後ここ水ないんすかね?」

「すいません、少々お待ちください。」

「仕事なんだろ、ちゃんとしろよ。」


 この様に佐々木さんに気遣いさらに男らしい部分も見せてポイントを稼いでいった。まさに最高のデート。

 しかし、佐々木さんはこの日は予定があるらしく、このまま帰って行った。まぁ予定があるなら仕方ない。次はもっとかっこいい俺を見せてあげよう。


 …最近、友達の付き合いが悪い。

 このクラスの人たちは、あまり外で遊ぶということをしないから、わざわざ俺が誘ってあげているのに。みんな、やれバイトだ、やれ宿題だ、予定があるだと毎回断ってくる。

 

 …もう少し息抜きでもしたらいいのに。


 それに最近佐々木さんも忙しいらしい。一緒に帰ろうと誘うと、いつも誰かと帰るからとか、早く帰らないと、とかいろいろ。


「仕方ない今日は一人で帰るか。」

 

 そう思い下校していると、道端でクラスの人が話していた。…なんだ暇じゃん、と思いながら声をかけようとすると話し声が聞こえてきた。


「なぁ、あいつやばくね。」

「あー勢野でしょ?あいつなんであんなイキってんの?」

「それな。…てか、佐々木さん助けたとかなんかで話題になってたけど、あいつ佐々木さんに避けられてるよね?」

「おい、ちょまwそれは言っちゃいけないやつだろw本人気づいてないんだから。」


 …会話の中の登場人物は、もしかしたら自分と同じ名前なだけの別人かもと。一瞬そう思った、いや…そう思いたかった。

 

 …気がつけば、俺は走り出していた。

 悔しさか、自尊心か、怒りか、なんとも言えない感情が、僕の心を支配して一心不乱に走った。どこにいけばいいかなどわからず、ただただ走っていた。

 

 無我夢中で走っていると偶然、目の前に佐々木さんがいた。俺は、縋る思いで佐々木さんに聞いた。


「ねぇ佐々木さん、俺のこと避けてる?」


 不幸なことに、…佐々木さんの表情はとてもわかりやすかった。


「…え?いや、えっと、その、避けてるってわけじゃなくて、たまたま予定が合わない感じで…」


 たまらず、また走った。走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って…


 …いつのまにか見知らぬ公園に着いていた。

 

 何にも考えたくない。


 脱力した姿勢でドタリとベンチに腰をかけ、下を向きながら深呼吸した。


 …もともと勢野という青年は、あまり人と話さない人間だった。

 だから、誰かにどう思われようとどうでも良かった。そもそも自分に対して何か思われることの方が少なかったからだ。

 …けれど人とは、そう単純なものじゃない。一度膨れ上がってしまった自尊心は、もう元には戻らない。

 

 今の勢野の思考には「予知能力を使ってあいつらを見返してやる」という考えしかなかった。


「事故だ!誰かが死ぬ事故が起きて、それを予知を使って、助ければあいつらはまた俺を崇める!予知を!!誰かが不幸になる予知を!!」


 …幸か不幸か、予知能力は起きてしまった。それも最悪の方向に。目に見えた光景は。


 黒と白の暖簾がかかった部屋。俺はパイプ椅子に座っていた。

 周りを見ると、皆黒い服を着ていた。皆が下を向き、誰かの泣いている声も聞こえた。

 …その景色を見て何かを察して恐る恐る前を見ると、そこには一枚の写真が飾られていた。 


「…これは佐々木さんの葬式だ。」


 思わず吐いてしまった。


「…違う、これは違う。…俺は佐々木さんの死を望んでたんじゃない。…ただ少し危ない目から助けたかっただけなんだ。」


 すると目の前が霧に包まれそうになった。


 直感で、これは予知が終わりそうなんだと理解し、死ぬ原因がわかれば対処できるのではないかと考え、耳を澄ました。…するとある言葉が聞こえた。


「佐々木さんも可哀想よねぇ、こんなに若いのに、殺人事件の被害に遭うなんてねぇ。」


 よくやったババア!最後の最後に重要なことを聞けた。佐々木さんは誰かに殺されたんだ。

 …つまりその犯人対処出来ればまだ佐々木さんを救える。

 

 希望が見え、勢野は頭を切り替えた。俺は佐々木さんにたくさん迷惑をかけた。だからもう一度助けよう。今度は俺の意志で。

 

 それからは学校ではある程度佐々木さんを視界に入れる様にして生活していた。

 日々、佐々木さんが関わる人や恨みを買いそうな人をチェックしていき、帰りはできるだけ佐々木さんと一緒に帰る様にした。

 一緒に帰ろうと誘うと断るので、帰り道が同じと言って近くにいたり、人と帰る時は、少し後ろの方で見守っていた。

 ずっと近くにいると警戒されるので時々姿を隠しながら跡をつけたりしていた。

 当然、殺人鬼が家に来るかもしれないので、佐々木さんの家も見張っていた。

 佐々木さんの安全のために睡眠はほとんど取らず、ずっと監視し続けた。

 

 …そんなある日、佐々木さんに呼び出され、少し遠くの狭い路地に向かった。


「どうしたの?こんな変なところに呼び出して。」


 そういう俺に、かなり怒りながら佐々木さんが答えた。

  

「おかしいのは貴方でしょ!?」


 かなり驚く表情をした俺に、呆れながら怒鳴ってきた。


「気づかないと思ったの?毎日毎日つけてきて、何がしたいの!?知ってる?そういうの、ストーカーって言うんだよ!?」


 佐々木さんの手を見ると少し震えていた。だから安心させる様に話した。


「だ、大丈夫だよ。安心して。俺が君を守るから。」

「だから!それが気持ち悪いの!その私を守るとかなんとか!私、そのんなこと頼んでない!」


 そこから何かが切れたのかとてつもない罵詈雑言が飛び出してきた。

 それは俺の人格否定や存在否定、気持ち悪いなど、さまざまだった。…流石の俺でも耐えられず、言いたくはなかったが打ち明けることにした。


「…ごめん、ちゃんと話すよ。俺はさ、未来を見ることができるんだよ。見たいものの指定はできないんだけど、たまにぱっと映像みたいに出てくるんだ。…ほら佐々木さんと会った時の事故もそれを使って回避したんだ。そして、今度はまた佐々木さんが死んでしまう未来が見えたんだ。…だからそれを防ぐために君を見守ってたんだ。」


 そういうと、佐々木さんは表情が暗くなった。


「…勢野くん、そう言うの、病気って言うんだよ。貴方がこんなストーカー行為をする理由が、未来を見たから?私を守るため?ふざけないで!私はあなたが一番怖いよ!?」

「まって、嘘じゃないんだ!」


 必死に否定しようとすると、再び罵詈雑言が飛んできた。


「もう近づいてこないで、本当に気持ちが悪い。視界にすら入れたくない。」


 その言葉で、いろんなどろどろの感情が溢れ出た。


「なんで?本当のことを言ってるだけなのに…本当に…本当に君を守りたいだけなのに!こんな…ボロボロになって疲れて…もうダメだって思っても、君を守るためだって…」

「…私は、貴方に守ってなんて言ってない。」


 絶望の中、ただ救いを求めるゾンビの様に、一歩一歩と前に出て、佐々木さんに触れようとした。

 …すると佐々木さんはバックから包丁を取り出し、震えた手でそれを僕に突き立てた。


「近づかないで!!」


 …けれど俺の頭の中には、目の前の包丁のことなどどうでも良かった。ただ傲慢に、俺の行いを褒めて欲しかった。初めて会った時の様に。「ありがとう」と…


「俺がお前を助けただろ!!!」

「だから!貴方に助けてなんて頼んでない!!!」


 …その言葉は俺の理性を、簡単に消し飛ばした。

 俺が佐々木さんに掴みかかると、対抗して佐々木が乱雑に包丁を振り回し、取っ組み合いになった。

 

「ーッ」


 サクッと言う音と同時に、手にとても気持ちの悪い感触が伝わった。手には、どろっとした生暖かい赤い液体がかかり、さっきまで入れていた力はスッと抜けていった。

 ふと下を見ると、冷たくなり、瞳孔の開いてピクリとも動かない佐々木が倒れていた。

 

 …一面の赤の床に膝から崩れ落ち、俺は真っ赤に染まった手で、顔をで覆った。


 そっと息を吐くように言葉出た。






「…犯人、俺か。」


 




 絶望、焦燥、嫉妬、後悔、愛憎、空虚、怒り、不安、困惑、劣等感、恨み、苦悩、殺意、興奮、畏怖、嫌悪、無念、不満、軽蔑、快感、悲しみ、妬み、苦しみ、僻み、虚しさ…


 …途方もない感情は、解けて混ざりあい、溢れ出た。途方もない豪雨の中、俺はただ笑っていた。


「ははっ…はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」



 

 

 …誰もが一度は妄想する。突然、特別な力が手に入ったら…


 それは本当に幸せなことなのか?


…人生とは、自分の器を磨き、世界を知って器を広げていく。そして学び、経験したものをその中に入れ、豪華にしていくものだ。

 

 突然、自分の器を遥かに超える、理解のできないものが入ったら、その器がどうなるかなんてわかりきっている。

 

 …でもそんなの悲しいよな。だから俺は、自分の器を見直すところから始めるよ。


「痛ってぇ…」


 とても大きな頭痛が、俺の頭を襲った。それは一瞬の出来事なのに、とても長く感じる。そんな不思議な頭痛だった。


「大丈夫ですか?」


 近くにいた女子高生が、心配して声をかけてきてくれた。大丈夫と伝えると「そうですか」と言い、また歩き始めた。

 

 何を思ったのかはわからない。咄嗟に左手でその女子高生の腕を掴もうとした。

 

 しかし、反射的に…いや本能的なのかも…女子高生の腕を掴もうとした左手を、右手が止めた。

 

 なんだかよくわからなかったが、なんだかスッキリした気がする。

 …そのまま深呼吸をして立ち上がった。振り返り、学校をサボって家に帰ることにした。

 

 …誰かの悲鳴や何かの衝突音。そんな雑音の中で、青年はボサボサの髪に触れ、ボソッと…


「髪切ろ。」



        ー終わりー

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二淵 アメ @Nifuti_Ame

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