筆おろしレースの種馬は俺だ

班目眼

サークルの新歓で

  

突然だが、なぜ俺の股間にいくつもの視線が集中しているのだろうか。なぜ俺をめぐっての争いが起きているだろうか。

誰かわかるものはいるのか。いるならば名乗り出て欲しい。

俺のチャックは忙しなく上下運動が刻まれる。耳元で凄まじくエロティックな言葉をつぶやかれ、腕に胸を押し当てられ、そんなことをされてしまっては俺の股間は爆発寸前である。


繰り返すが、なぜ俺の股間を彼女たちは狙っているのか。多分誰も予想できないだろう。



_____誰が俺の童貞を一番に奪えるのか。



こんな賭けが行われているなんて。

馬鹿げた話だが、本当に競馬のような賭けが行われているのだからこちらとしては困る。

競馬といえば、複数の馬がゴールに向かって同時にスタートをし、どの馬が1番になるのかを予想するものだと思うのだが、なぜこれが競馬のような賭けかって、それは…。


複数人の女性が俺の童貞を狙い、サークルの先輩方はその女性のうち誰が一番になるのか予想をして、マネーをかけているのだから、これは競馬に違いないだろ?


そして俺はさながら、優秀な遺伝子を持ち、その遺伝子を狙われる種馬そのもの。


なぜこんなことになっているのかって。


多分これは、昨日行われたサークル内の飲み会での出来事に起因するのだと思う。



・・・・・・・・・・・・・・


「はいはーい!!みんな盛り上がってるー!?

ここは西条大学ロケーションサークル!新入生は好きに飲んで、好きに食べて!!盛り上がっていこーーーー!!」



「いぇぇぇぇぇい!!!!」



サークルの部長らしき美人な先輩が音頭をとって明るく楽しい飲み会が始まった。


俺は入学式でできた第一友達の酒井に誘われる形でこのサークル。ロケーションサークルの新歓に参加していた。無料で飯食い放題だぞ。なんて酒井の誘い文句に負けて、入りたくもないこのサークルに顔を出したのだった。

実際のところこのサークルがどんな活動をしているかなんて知らないが、ただ楽しめればいいなと楽観的な気持ちで飲み会に参加した。


周りの人たちはお酒に手をつけ、顔を赤らめる。どこもかしこも美人、イケメン揃い。その中でも部長が一番目を張るほどの美人である。

俺は自慢ではないのだが、容姿には自信がある。その自信はどこからくるのかって、そんな質問は俺の写る鏡に聞いてくれ。ただ世間一般的に見れば俺の顔をかっこいいと言ってくれる人が多いのも事実であった。


だからだろうか、俺は早速このサークルの先輩に絡まれてしまった。先輩はがっしりとした胸板を俺に押し付け、肩を組み始める。その腕はしっかりと発達した上腕二頭筋が黒光りする立派なものだ。



「よっ!楽しんでるか、イケメンくん?ほらほら…飲め飲め!飲まないとやってらんないからな?」



「……。楽しんでますよ!お気遣いありがとうございます。ですが、俺、まだ未成年なんで、お酒とかはちょっと…」



「かったいねー!さすが新入生!!そんなんじゃこれからの大学生活やってらんないぜ?お前イケメンなんだから、人生楽しまないと損だろ?ほらのめってー」


これが有名なアルハラというやつだろうか?

さすがは大学生。初めから随分な歓迎だ。トップスピードに乗るのが早すぎる。


だが、人生何事も始まりが肝心なのはわかっている。俺は目の前に置いてあった、酎ハイの酒瓶をぐびっと一気に飲んでやった。



「どうすか?俺も案外いけるでしょ?」


そう言うと、先輩はしばらく口を開けてほおけていたのだが、すぐに正気に戻ると、満面の笑みでこういった。



「それでこそ!それでこそ俺の後輩だぜー!やっぱりイキのいいのが入ると俺もテンションあがっちまうな!俺ももう一杯いっちゃうぜ!」



グビグビと左手に握っていたビール瓶をラッパのみする先輩。口の横側から溢れ出る黄色いビール。それは俺の大学生活を決定づける一幕。


一度飲んでしまったことで、脳のタガが外れたのか、気がついた頃には、俺も先輩に続き酒を次々と飲んでしまっていた。


これぐらいやれば、先輩との付き合いも上手くやれるだろう。そう思い、一度席を離れることにした。

不意に立ち上がった俺に先輩は声をかける。

「どこ行くんだ?」


と聞かれたが、俺はなんとなくはぐらかすように


「トイレです」といって、ごまかし居酒屋の外へと足を運んだ。



外に出ると気持ちのいい夜風が俺の熱った体を冷やし気持ちのいい気分にさせてくれる。

今日は空が透き通り月明かりが眩しく差し込む。

そうしてふと周りを見渡すと、そこにはタバコを口に運ぶ金髪の美女がいた。その美しい姿に目を奪われていると、その美女はこちらを訝しげに見つめる。



「なーにこっち見てんの?……あたしの美貌に見惚れちゃったかな?」



月明かりに照らされた金髪が光り輝き、その姿を特別なものにする。



「あんた見覚えないけど新入生?

………………ふーん、、よく見ると結構イケメンだね。いや結構とかじゃなく本当にイケメンだね。

こっちきて…一緒にタバコ吸お?」



俺もれっきとした男。

女の人に話しかけられれば、舞い上がってしまう年頃である。

それが月明かりに照らされた美女と言うのであれば、断る理由が見つからない。

………が、しかし、それとこれとは別だ。



「___ッ。タバコは吸わないですけど。

…はい。新入生です。夏目っていいます。これからよろしくお願いします。先輩」


「よろしくね〜って、え〜なんでー?タバコ吸おうよ。もう大学生でしょ?一緒に悪いこと…しちゃおうよ」


「いやいや、ダメですって!タバコは流石にまずいです!」


「んー。その感じじゃお酒も飲んじゃったんでしょ?いいじゃん!これを機にタバコも吸っちゃお」


「___そうですけど…。やっぱダメですよ」



俺の返事を聞くと先輩はわざとらしく笑ってみせる。

艶かしいその声が俺を毒牙にかける。


「んー。強情だねー、無理矢理でも吸わせてやるー」



そういった先輩は俺の方へと近づく。先輩のいい香りが俺の鼻を刺激する。胸元からはそこの見えない谷間が俺を悪の道へと誘う。


そんな彼女に見惚れていると。俺の口から、煙が漂い始めた。



「これで、共犯だね」



名前も知らない彼女は俺にタバコを咥えさせる。そのタバコのフィルターは少し湿っていて、先程まで彼女が加えていたものなのだと俺は咄嗟に判断がついた。


タバコの味がどんなものなのか、そんな些細なことどうでも良い。目に煙が入り痛みが走る。

タバコの煙に喉が痛み嗚咽が溢れる。


だが、そんなことはどうでもいい。


これは、間接キスだ。

こんなにも美人な先輩のお下がりタバコ。俺の大学生活の始まりがいかに刺激的であろうと、この思い出を忘れることはないだろう。



「共犯っすね。」



美人な先輩の金髪が俺の鼻をくすぐる。それほどまで迫った面様が俺の顔をさらに赤くほてらせる。


はっきりとタバコの味は苦かった。煙は癖になりそうな渋めの香りだ。



「へへぇー。吸っちゃったね。初めてのタバコなのにあんまり蒸せないんだね。」


「高校生の頃に少しだけ、経験があったんで」


「ふーん。悪い子なんだ」


「せっ、先輩こそ!俺に無理やり吸わせて、どうしてくれるんですか?」


「…そう、だね。なにか責任取らないとだね。___うん。このあと一緒に…抜け出して、お姉さんと楽しいことする?」


「たっ、楽しいことって…しないですよ!からかわないでください!」


「えー、しようよー。タバコよりも悪いこと…」



俺には刺激が強すぎるこの先輩に揶揄われる俺はさながら肉食動物に命を狙われる草食動物だろうか。


にひひ。なんて悪い顔で俺を揶揄う彼女から目が離せない。


少々俺には刺激が強すぎる出来事によろめく俺の千鳥足。


タバコの火が消えない間、俺たちは互いに言葉もなく見つめあっていた。


そうして、ポトリとタバコの灰が線香花火のように寂しげにその場へ消え去る。


熱った顔はまだ暑い。だが、俺は先輩に別れを告げてその場を立ち去った。


もう少しの間見つめあっていれば、彼女にうっかり惚れてしまいそうだったから。


きっと、彼女は誰にでもこんなことを言うのだろう。だから、俺が特別だなんて勘違いをしてはいけない。痛い目を見るだけだ。

そうやって自分を自制し、平常心を保つ。


大きく一息を吸い込み、吐き出す。そして自分の頬を強く叩き、別世界のような、彼女と俺との空間から身を引いた。



飲み会の先に戻ると、俺の肩に手を回してきた名前も知らない先輩は飲みつぶれて眠っていた。


だが、俺が席に戻るとすぐに起き上がり、また太い胸板を俺に押し当てながら肩を組み始める。



「後輩ー。どこ行ってたんだ?心配するじゃないか」



「ちょっと飲みすぎたんで、外の風に当たってたんですよ。先輩も気をつけてくださいね。飲み過ぎ注意ですよ」



「…そうかー。俺も気をつけなきゃなー。もう心配させんなよー」



それだけ言うとまた先輩は片手に持ったビール瓶をからにし始めた。


それからは何事もなく、サークルの飲み会は進行していった。先輩とはその間も何気ない、世間話と互いの趣味の話で盛り上がり、ますます仲を深めることになった。


時刻はちょうど9時を回った頃だったか。ロケーションサークルの飲み会が終了した。最後もまた同じようにサークル部長の一言で閉められ、飲み会は解散することになった。


「今日の飲み会はここまででーす。みんなまた楽しみたいって思ったなら、ロケーションサークルにぜひ入会してくださいね。

では、解散!」



ザワザワと周りの人たちが席を立ち、帰路へと向かう。その波に乗るため、俺も席を立ち上がろうとしたのだが、隣の先輩は俺の右手をひっぱる。その強い力で俺は尻餅をついてしまった。



「後輩ー。お前はまだ返さないからなー二次会だー!!!」



うんざりするほどの酔っ払い。だが、不思議と悪い気はしなかった。多分、俺はこの時酔っていたのだと思う。自分でも気がつかないうちに気分が上がってしまっていた。


魔法のような飲み物に絆された俺。自制の効かなくなる先輩の誘い。


冷静さを失うには十分だ。


俺は先輩の誘いにのる形で雰囲気に流されながら、二次会に行くことを決意した。



「…はぁ。わかりました。二次会行きましょうか」


「よっ、それでこそ俺の後輩だ!!」




そうして俺は先輩を担ぐ形でなんとか居酒屋の外へと向かう。

先輩はやはり重い。見た目通りの筋肉の厚み。多分これが重量の原因の大部分を占めているのだろう。


会計はすでに済まされていたようで、先輩に肩を貸しながら外へ向かうと見覚えのある金髪の先輩と、サークルの部長らしき人物が待ち構えていた。


「あれ?柴田くん。その子、どうしたの?一緒に二次会するって約束してたよね?」


「んー。こいつのこと気に入ったから、連れてきたんだわ」


「そう。そう言うことね。あなたが気にいるって、よっぽどいい後輩なんだ。私も友達になりたいかも」


「そうだぜ、こいつの飲みっぷりは俺に引けをとらねぇんだよ、だから俺のお気に入り!絶対にお前らもこいつのこと気にいるから」



二人は仲良さげに笑い合う。その横では静かに金髪の先輩が俺を見つめていた。

その時、俺は先輩の名を初めて知った。柴田と言うらしい。


飲み会終わりの居酒屋の外。その場に止まったのは、俺たち四人だけ。

ただし、一人は無理矢理に酒を飲ませてくるアルハラな柴田先輩。一人は無理矢理に俺にタバコを吸わせる金髪先輩。そして謎めいたサークルの美人部長。

その3人に付き従うは、大学生活ではっちゃけている典型的なダサい男。俺だ。


「じゃあ、二次会はどこにする?また居酒屋?それともBAR?はたまた宅飲みもありだよね」


美人な部長が提案を始める。その唇は妙に艶やかで、彼女の容姿がいかに優れているかを物語っていた。

ミックスに巻かれた黒髪に少し茶が混ざった綺麗な髪。その隙間に指を通す仕草は俺を虜にする。



「そうだなー。夏目なつめはどうしたい?」



夏目と言う俺の名前を呼ぶ柴田先輩。

普通ここでは、遠慮して返答を濁すものなのだろうが、酒を飲んでテンションの高い俺は突然として真っ当な返事を返してしまった。



「宅飲みでいいんじゃないですか?安く済むし…」


「…ふーん。後輩くんは随分積極的だね。やっぱり楽しいことしたいの?」



「…そんなこと、考えてないですって!」



金髪の先輩が俺をいじり始める。確かに考えてみれば、後輩の俺が、今日初対面の先輩の家に上がり込むなんて、常識では考えられない。

すぐさま、撤回しようとしたのだが、他3人はなんとなく俺の意見に賛成しているようで。


意見を出した俺が撤回できる空気ではなくなっていたのだった。


「じゃあ、その子も宅飲みって言ってくれたし!私の家行っちゃうか」



サークルの部長が元気に右腕を挙げる。それに呼応するように柴田さんも、右手を掲げ、行こうぜー!!なんて、乗り気になってはしゃいでいた。



・・・・・・・・・・・


部長の家へ向かう途中、歩きながらお互いの自己紹介が始まった。


「俺は柴田って名前、趣味はさっきも言った通り絵を描くことだ。よろしくな夏目。」



「私は、ロケーションサークルの部長の水原です。よろしくね、夏目くん?でいいのかな?」


先輩二人の自己紹介。俺は張り切って返事を返す。



「はい!水原先輩!夏目くんでおっけーです。柴田先輩もよろしくお願いします」


出会いは突然として人生を変える。先輩方との出会いはたぶんかけがえのないものになる。そんな予感が俺を包んだ。

夜風はやはり気持ちがいい。夜空は満天の星と一つの大きな月。


そしてタバコの煙をまとう一人の魅力的な女性。口からあふれる白いもやが彼女をけむに巻く。未だ彼女の名前は知らない。


「じゃあこれから、夏目君って呼ばせてもらうね。んじゃよろしくってことで、

…じゃあ最後は___」


「____私の番だね。…私はね。後輩くんのせんぱいだよ。それでいい?」



彼女は右手にタバコで俺を指差しながら、首をかしげて見せる。胸元の隙が…ってそんなとこ見てはいけない。

俺は急いで彼女の胸元から目線をそらし彼女に返答する。


「___だめですよ。せめて名前くらい教えてくださいよ。」


「うーん、どうしよっかな。おしえようかな~、やめとこうかな~」


「…なんで意地悪するんですか!教えてくださいよ!!」


「なんでって、…さっきから私の胸元チラチラ見てるし…」


「_____え⁉見てないです…よ?」


「へへっ、その反応は見てたやつの反応だな~やっぱり教えない!」



彼女は口にくわえた煙草をもう一度吸い込み、白い息が口から洩れる。からかうような眼で俺を見つめて、一向に名前を教えてくれない彼女。


「……じゃあもういいですよ!教えてくれなくて!もういいです!」


「むぅ~拗ねないでよ。後輩君!」



そういって人差し指で俺の頬をつつく。そんなことをされながら俺はおとなしく彼女の尻に敷かれるのだった。
















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