執行前死刑手続き
空一
執行前死刑手続き
‥執行前、死刑手続き?
気づくと、そう書かれた紙が貼ってあった。
「ほっほっほっ。ようやく気づいたようじゃの。」
「うわ、なんだよジジイ!」
後ろを振り向くと、ジジイが笑って立っていた。手にはアンケート用紙のようなものが握られている。
「ジジイとは余計じゃの。まあいい、どういう制度かわしが説明してやろう。」
そう言って、ジジイは老眼鏡をポケットの中から取り出し、訝しげに眼鏡をかけた。
「今は死刑囚にも人権を求める動きが高まってのぉ。ほら、なんだ。今、多様性とか、ハラスメントとか、いろいろ騒がれとるじゃろ。」
「俺ら死刑囚にも、多様性なんてあったのか。」
俺が言うのはなんだが、そこまで多様性が進んでしまったら、この国終わりじゃないか?
「まあ、なんだ。死刑囚もちゃんと人間として扱ってほしいということらしいのだ。」
「ほー。まあ、ありがたいけどよ。」
俗世を離れていた間に、世間ではそんな声が上がっていたのか。
「で?とどのつまり、どういうことをやるんだ?」
「なあに。単純なアンケートじゃよ。」
そんなとこだろうとは思った。
「5分ちょっとで終わるから。そんな身構える必要はないぞ。そして、このアンケートが終わったら、そのまま死刑執行じゃ。」
「ほー。段取りが早いね。だったら、このアンケートはその死刑の内容を決めていくやつか?」
「まあ、そういうことになるのぉ。」
はー。まあ、なんともおかしな世の中になっちまったもんだ。死刑囚が、死刑の内容を決めるなんてよ。
「じゃあ、まず。痛いのはいやか?」
さっそくベタなのがきた。
「ああ、それはもちろん嫌さ。」
「泣きたくないか?」
泣くって、泣く暇なんてあるもんか。
「まあでも、泣くのは嫌だな。」
とりあえず嫌と言っておいた。
「じゃあ、母親が痛いのは嫌か?」
「はあ?」
いきなりこいつは何を言っているのだろう。母親?なぜ?
「なんだ、それ。死刑になって母親が悲しむってことか?」
「いや、物理的な痛みじゃ。」
「はあ?!」
え、このジジイもしかして、俺の母親までも痛めつけようとしているのか。
「最近は、ハラスメントとかうるさくてのぉ。」
いや、ハラスメントとか、そういう話なの?
「まあでも、母親が痛いのは嫌だな。俺も悲しい。」
「それは、お前が泣くということでいいか?」
「なんでだよ!」
「まあいい。次の質問じゃ。この三組の二人組みを見てくれ。」
「お、おお。」
至って普通な顔のやつが並んでいる。
「さて、誰に執行されたい?」
「は?」
「いや、だから、誰に執行されたい?」
え、今そんなのも選べんの?
「団体がうるさいんじゃ。」
え、めっちゃ心読んでくんじゃん。
「まあ、だったら、この真ん中の奴らかな。一番優しそうだ。」
「ほー、真ん中を選ぶか。ちなみに真ん中は、性格がいきなり急変するぞ。」
「何の話?!」
「団体がうるさいんじゃ。」
関係ねえだろ。まあ、じゃあ。
「この左の奴ら。こいつらでいい。」
ちょっと怖そうな二人組みを選んだ。
「ほー。それを選ぶか。なかなか渋いのぉ。」
うるせえよ!
「次の質問じゃ。どんな感じに執行されたい?」
おお、きたきた。こういう感じのを待ってたんだよ。
「そうだな‥。まあ、さっきも言った通り、痛みがないほうがいいな。あと、すぐに終わるやつ。」
「なるほど。‥残念じゃが、お前の死刑は60年と決まっておるのじゃよ。」
「なんっでだよ!」
「ほら、今医療技術が発達しとるじゃろ?だから前に比べて、死刑の時間も長くなったのじゃよ。」
長くなるってレベルじゃねえぞ。
「まあいいや、で、次は?」
「乗り気じゃの。」
「うるせえ!」
「よーし、次は‥問題じゃ。」
もはや質問でもねえ。
「あなたは線路を管理する職員です。突然、走っていた電車が制御不能になりました。このままでは、前方で作業中だった5人にぶつかってしまいます。このときあなたが、線路の進路を切り替えれば、5人は助かります。しかし、代わりに切り替えた進路の先にいた1人が死んでしまいます。さて、あなたは進路を切り替えますか?」
「有名なトロッコ問題じゃねえか。」
「さあ、お前はどっちかの?」
「うーん。‥線路を切り替えない、かな。」
「残念ながら、それは間違いじゃ。」
「え、は?」
いや、トロッコ問題に正解用意しちゃだめだろ、普通。
「道徳2、と。」
「不名誉な成績つけんな!」
「じゃあ、次で最後の質問じゃ。」
なんだか腑に落ちないが、次が最後だ。我慢しよう。
「お前は死んだら、何をしたい。」
‥
「俺は、政治家になりたい。そして、今のこの行き過ぎた世界を俺が救うんだ。」
「ほー。いい目標じゃと思うぞ。」
『じゃあ、死刑執行じゃ。』
ジジイが一声叫んで、俺の身体は光に包まれる。
「この世界も、悪くなかったよ。」
俺はそうして、産声をあげた。
FIN_
執行前死刑手続き 空一 @soratye
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