ドM転生

トモユキ

第1話 ドM転生

 背中がゾクゾクするような、上司の視線を受け流し、俺は定時で会社を出た。

 ヨシ、脱出成功。

 やっと彼女に――。そう思うと、身体の震えが止まらない。

 そうさ、今夜ついに俺はっ!


 伝説のSMクラブ指名ナンバーワン、メグミ女王様に! しっぽり虐められちゃうんだっ!

 

 店の評判を書き連ねたサイトには、最高評価のレビューばかりが並んでいた。

 メグミ女王様のSは、サービスのS。俺達は満足のMになれる。

 メグミ女王様の鞭さばきは変幻自在。俺の背中にみみずばれで、ラテアートを描いてくれた。

 メグミ女王様の真骨頂は拡張折檻おしおき。十人に一人の割合で、アナルヒラキシー・ショックを起こすから気をつけて。


 ホントかよと思いつつ、俺は彼女を指名した。

 予約は一ヶ月も先になってしまったが……この一ヶ月、メグミ様の焦らしプレイと思って耐えてきた。

 それにしても……本当に大丈夫だろうか?

 俺はもはや、手の施しようがないドM。今まで出会った女王様の大半が、俺を出禁にしてしまうほどの。

 いくら伝説の女王様とはいえ、メグミ様はまだ若い。本当に俺を満足させてくれるのだろうか……。

 横断歩道のド真ん中、不安に天を仰いだ、次の瞬間!


 キキーーーーーッ! ドガッシャーーーーーーンン! ドガガーーーーーーーンッ!!


「ぎぃやあああっ……ぎんもぢいぃぃぃいぃぃいぃぃぃぃっっ‼‼‼」


 何の前触れもなく現れた大型トラックにツッコまれ、更に積み荷が大爆発。

 俺は訳も分からず絶頂し、現世から、エタアナル・ファーッ、らめぇっ! する事になった。


* * *


 ふぁーっ、らぁーっ♪


 目を覚ますと、俺は上半身裸のまま、見知らぬ聖堂の椅子に座っていた。

 目の前には、女神のように若く美しい女が、俺をじっと見つめている。


「お目覚めですか……」


 透き通るような美声。慈愛溢れる雰囲気をまといつつも、どこか近寄りがたい神々しさも持っている。

 ……そうか、きっとこの人はっ!


「あっ、あなたはもしかして……メギァゥイミ様っ!?」

「ガス爆発の影響でしょうか……ちょっと発音が ハッキリ聴こえませんでしたけど……そうです。私がメギァゥイミ様です」


 記憶がトンでいたせいか、少し喋りずらく聞きずらくなってはいるが、どうやら俺は、無事にSMクラブまで辿り着いたようだ。

 はっ! いかん! 今はそんなノンキな事を考えてる場合ではない。時間がもったいないじゃあないかっ!


「ではメギァゥイミ様! お願いしたい事があります!」

「おお、早速ですか。いいでしょう、なんでもひとつだけ、あなたの望みを叶えて差し上げます」

「鞭で打ってください!」

「え?」

「メギァゥイミ様の変幻自在の鞭さばきで、俺の背中に屈辱的なラテアートを描いてほしいんですっ!」


 メグミ様の従順な奴隷となるべく、俺はジャンピング土下座を敢行する。


「わっ、え、ちょっと待って。え? 背中って最近じゃラテって言うの? そもそもラテアートに屈辱的なのとかあるの?」


 しまった、誰かのプレイの二番煎じじゃ物足りないってわけか。

 さすが伝説のSM嬢。一ヶ月待たせた客にも、平然とイマジネーションを要求してきやがるっ!


「申し訳ありませんでしたメギァゥイミ様っ! さすればこの奴隷めを、貴女あなた様の椅子として、おくつろぎ頂けないでしょうかっ!?」


 俺は土下座モードからフォームチェンジ。

 両ひざを地面に付いたまま、ぐっと両手を突っ張り、人間椅子モードになる。いわゆるorzの態勢だ。


「いえ、あの……普通に困ります」

「どうしてですか!? なんでもひとつだけ、俺の望みを叶えてくれるって言ったじゃないですかっ!」

「言いましたけど……本当にそんな事するだけで、異世界に行ってもいいんですか?」


 はっ! そうか……SMに本番はない。それゆえ、前もってたわむれる行為に、意味なんてない。

 メグミ様のSはサービスのS。まるで異世界のような桃源郷を見せて、俺を満足のMにさせようとしている。

 桃源郷は十人十色。俺だけにしかしないプレイで、それを実現しようとしているのかっ⁉

 なんという気高き精神、なんという主従関係! ならば俺も、覚悟を決めねばなるまい。

 俺は、orzの態勢のままくるりと反転し、メグミ様に尻を向け懇願する。


「分かりました。ではハッキリ言いましょう。俺は、俺だけのカクチョーオーシィォキィがほしいんです!」

「え! そうだったんですか……。それはでも……私がキメてしまってもよろしいのでしょうか?」

「もちろんです。俺はメギァゥイミ様に、キメてほしいんです!」

「なるほど。あなたの望みは分かりました。ではそのままの態勢で、目をつむっていて下さい」


 俺は天高くケツを突き出し固く目を閉じ、ドキドキしながらその時を待った。

 臀部でんぶにむずかゆさを覚えると、まるで全身を温かい光が包みこんでいくように、身体が熱くなっていく。

 すごい……これがメグミ様の、拡張折檻おしおき……。

 その不思議な体験に、俺の自尊心は音を立てて崩れていき、自分のアイデンティティがあやふやになっていくような感覚に陥った。


「ちょっ、待って、なにこれ……ウッ!」


 その時、突き出したケツに、無機質な何かが突き刺さった!

 どっと押し寄せる自我の開花に、これはもう二度と手放せないと理解してしまう。

 容赦なく焼き印を押された豚のように、俺は屈服の鳴き声を漏らし、快感の波へといざなわれてしまう。

 意識は急激に遠のいていき、突っ張っていた腕も力が入らず、今にも倒れそうになってしまう。

 これが……アナルヒラキシー・ショック。


 ふぁーっ、らぁーっ、というファンファーレを遠くに聞きながら、俺は意識を手放した。


* * *


「やったね! 今月もウチのパーティが、冒険者ギルドナンバーワンの成績だったんだって!」

「これもタンクのあんたが、キッチリ敵の攻撃を受け切ってくれるおかげだよ。いつもありがとね!」


 目が覚めると、どういうわけか俺は異世界に転移し、冒険者になってしまったようだ。

 俺は打たれ強いマゾという特性を生かし、敵の攻撃を一身に引き受ける、タンクという職業になった。

 毎日が折檻おしおきパラダイス。もう会社勤めには戻れそうにない。


「ねえ……いつも後ろで魔法撃ってて気になってたんだけど……お尻からひょこって出てるコレって、なに?」

「あーそれ! あたしも気になってた!」

「それは、俺の大事な称号っていうか……女王様からの贈り物っていうか」

「へー、やっぱり元の世界でも、近衛騎士団とかに所属してたの?」

「まぁ、そんなところ」

「でも『.orz』だなんて、変な名前の騎士団だね」

「あ、それ騎士団名じゃなく、俺の拡張子だから」

「なにそれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドM転生 トモユキ @tomoyuki2019

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ