第38話 雨宮side 愛してるとか好きだとか言わなくても、人生って成立しちゃうんです。

 愛してるとか好きだとか言わなくても、人生って成立しちゃうんです。


 でも、そんな人生は寂しい。

 そう思う人間は、言わなきゃ損だ。

 そこから人生は変わるのだから。





 卒業式が終わった。卒業証書の筒を持ちつつ、名残惜しそうに教室や校庭に残っていた三年生はいなくなった。


 生徒たちを送り出し、昼休憩なく式典の片付け作業をさせられた教師たちは解放された。昼ごはんを食べに行く者、校舎の見回り作業を行う者、そのまま顧問の部活を見に行く者、様々だ。


 私は担任する三年一組の教室をのぞいた。錦戸くんと綾野さんが残っていた。綾野さんが前の席から錦戸くんの方に後ろを向いた格好。二人ともスマホをいじっている。


「おー。残ってるなー」

「あ、先生。あと五分だよ」


 綾野さんが錦戸くんのスマホを指差した。


「嘘? もうそんな時間?」


 本日十四時。錦戸くんが受験したM教育大学の合格発表の日時だ。その瞬間に大学のサイトで合格した受験者の番号が公開される。錦戸くんは平静をよそおっていたけど、気が気でないのがバレバレだった。


「そんなに緊張しなくてもねー。受かるでしょ」


 綾野さんはそう言いながら錦戸くんのスマホをのぞき込んだ。


「さっきから合格発表のページをリロードしすぎ」


「重大なミスをしてたらどうしようかと思って、昨日寝れてないんだ。それに他にも考えることがあって」

「ふーん。まあ、何があってもあと数分で決着がつくよ」


 その時がきた。三人である数字を探す。

 1448、1448──あった!


「「「よっしゃー!!!」」」


 私も自分事のようにはしゃいだ。ハイタッチして、記念写真撮って。


「あ、母さん? 無事受かりました」


 錦戸くんが家に電話してる間、


「綾野さんは明日発表だよね?」

「そうです。だから後期受験も考えて今から勉強しないと。ということで失礼します。先生、お世話になりました」

「うん。明日の合格、祈ってるからね。報告に来てくれるのを待ってるよ」

「先生も頑張ってね〜。うまくいくのを祈ってるよ」


 逃げ出すように廊下へ飛び出した綾野さんは、「由香里〜? 今どこ〜?」とスマホで話しながら遠ざかった。


「あ、みずきのやつ、いつの間に消えたんですね」

「ついさっき。ねえ錦戸くん」

「はい」

「私は錦戸くんのことが好き」


 力強い春風が窓から入り込んでカーテンを激しく揺らした。私は窓を閉め、綾野さんがいた席に座った。錦戸くんと対面になる。


「ずっと、ずっと好き。返事を、聞かせてほしい」


 喉がカラカラになる。やー、もう、まともに彼を見ることができない。


 つばを飲み込む音が聞こえた。前を向くと、錦戸くんは緊張していた。口元が震えている。


「僕も雨宮先生、あなたのことが好きです。結婚を前提に付き合ってください。近々雨宮先生のご実家にもご挨拶に伺いたいです」

「ほんとに?」

「はい。実はずっと昔に答えは出てたんです。雨宮先生は待ってたと言っていましたが、僕の方も待ってました」

「え? いつから?」

「いつだろ。忘れちゃいました」


 柄にもなくキャーと叫びたくなる。

 恥ずい! でも、幸せすぎる!


「それより、待ちくたびれましたので」


 錦戸くんは私の両肩に手を当てながら立ち上がった。私はそれを手で制した。


「ちょっと待って。君はまだ高校生だよ? 今日までは我慢ね。オーケー?」

「あ、そうですよね。すみません」

「そういうのはできないけど、将来の話はできるよ。今度さ、旅行行こうよ」

「ほんとですか! あ、ちょっといいですか? こだわってることがあって」

「何?」

「雨宮先生の前の前の彼氏って旅行好きって言ってましたよね?」

「よく覚えてるね。連れられて、少しは行ったかな?」


 嘘だ。四十七都道府県の三分の一は行った。


「旅行に行くなら、雨宮先生が初めての場所がいいんです。ちゃんと正直に答えてくださいよ?」

「う、うん。わかった」

「大体、どこでも行ったんじゃないですか?」

「そんなことないよ」

「じゃ、東北は?」

「東北は……周遊の旅に行ったな。六県全制覇です……」

「九州は?」

「九州も。ちなみに北陸も全県制覇」


 錦戸くんがえええ⁉︎ と声を荒げる。


「だってしょうがないじゃん。まとまった休みを使って、スタンプラリーみたいなきっつい旅行する人だったんだから。私はもうちょっと一箇所を満喫したかったのに」

「そうだったんですね。ちなみに北海道は?」

「元彼とは行ってないけど、中学生の頃家族旅行で」

「そうですよね」

「錦戸くんは行きたいところないの?」

「え……姫路?」

「渋!」


 予想外すぎる回答に私は大笑いしてしまった。


「姫路城が見たくて」

「錦戸くんて歴史好きだっけ?」

「全然詳しくないんですが、綺麗じゃないですか。建築物に興味があって。でも、姫路城以外に姫路の情報ないです」

「いいよ。ご当地のいいところを探して見つけるのも粋だと思うよ。それに私も初めてのところだし」

「やった!」

「そもそもさ、姫路って何県?」

「それ教師が言うセリフ?」





 それからの生活は目まぐるしかった。


 綾野さんは無事T大の工学部に合格。学校の方面が一緒だから、錦戸くん──今は奏と呼んでる──と一緒に通学することもあるらしい。

 ちょっと引っかかるけど、「大学に入学して早々、合コンで彼氏を探そうと張り切ってるから大丈夫」と奏は言う。


 それに奏は、私にキスするためだけに、毎日N駅近くの図書館で私の帰宅を待ってくれる。たまに帰宅が二十一時とかになっても、エキナカの喫茶店で待ってくれる。

 休日に一緒に出かけたりもするけど、平日に毎日会えることが、私にとっては幸せな時間だ。


 須田先生はゴールデンウィークに開催された地方の美術展で、写真にしか見えない私の等身大超リアル肖像画を展示した。展示会最終日に万智子ちゃんと会場に行ったら、あ、あの人……的な目線が四方から突き刺さって、めちゃくちゃ恥ずかしかった。


 その日、須田先生から万智子ちゃんに公開プロポーズ。今度はあなたの絵を描きます、だって。

 万智子ちゃんは喜んで承諾した。あとから聞くと、早いとこ結婚したかったらしい。須田先生の取り巻きの圧から解放されたかったとか。


 万智子ちゃんが男に厳しいのは相変わらずで、年下なのに姉さん女房に変化してる。私に対しては、旦那を見つけてくれた恩は忘れませんと、以前にも増して優しくなった。


 同じくGWに、奏のご実家を訪問した。リビングに通されたら、何人前だよってくらいの食べきれないお寿司が並んでた。主にお母様から根掘り葉掘り聞かれたけど、印象は良かったように思う。


 最終的には、妹さんが帰宅されて、お姉ちゃんができるってすごい懐かれて、おでかけの約束をしたところで勝負が決まった。





「あー……しんど!」


 最後の関門はうちの実家だ。

 根回しはしたけど、私を気苦労で殺す気かと母に言われ、電話で話すたびにバトった。


 奏は一度実家に来てくれた。長時間の話し合いの末に決着はつかなかった。


「貴重な休日に仕事以上の辛苦を負わされるのマジきついんですけど」

「僕は構わないです。相手が降参するまで戦い続けます。いずれ勝ちます」

「ボクサーかよ。いやでもほんと助かる。ありがとう」


 奏の読みは当たった。二回目に実家を訪れた時、まず父は陥落していた。妹の果歩が味方になってくれたのも大きい。

 というのも、父は果歩に甘いからだ。


「まさか息子になる男が酒を飲めない年齢だとは思わなかったよ」


 父はそう言いながら、奏にオレンジジュースを注いだ。


 母は相変わらず将来についてあれこれ言ってきた。

 けど、「お父さんもその気になってるしねえ」と前置きした後で顔合わせの話になった時は「勝った!」と思った。


「ご近所さんになんて言えばいいか」

「正直に言えばいいじゃん。誰もなんとも思わないって。多様性だよ多様性! だってさ──」


 そう言いながら、私は奏と笑い合う。

 この屈託のない笑顔。

 守りたいと思う。


「だって、法律的には結婚OKでしょ?」



                終わり

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だって、法律的には恋愛OKでしょ? 雫石 幸雨 @Koh_Shizukuishi

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