霞草-2


文武両道。

才色兼備。

色々な言葉で彩られ、象られる少女。


それが自分の幼馴染で、常に無意識に比べられ。

気付けばこんな性格に落ち着いてしまった僕は、多分負け組寄りなのだと思う。


「んー? また何か考え事?」


「朝だからね、物思いにくらい浸るよ」


「またそんな事言って~」


そんな事を言いながら唇を尖らせ。

半袖と長袖の任意期間の今現在、それでも長袖を好んで着込む隣の少女。

但し、濡れることに拠る肌の冷えまでは避けることが出来ず。

くしゅん、と漏らしたくしゃみに傘をもう少しだけ彼女へと傾けた。


「ありがと」


「ん」


霧の朝、細かい雨粒の中。

この街……この地方特有のそれは、妙に長引くことで有名だ。

早ければ五月の終わりから、遅ければ七月の半ばまで。

単純に『梅雨』と呼ばれる季節よりも長く、けれど霧のように肌を湿らせる程度。


だからこそ、この地域に長く住む人物程早く起きては動き出す。

当然に視界を遮られる……車や自転車、果てはバスや電車まで。

本来遅れないことを外国から驚かれるらしいそれらも、この時期だけは。

早いか遅いかは別として、数分のズレが容易に起こり得るから。


「今年も長引くのかなぁ」


「どうかな……」


長く続けば続くだけ、外での活動は難しくなる。

だからこそ、日常活動の比重は内側へと傾いていく


……そして、それは同時に。

彼女「達」にとっては、ある種の大きな分岐点でもある。


「今年はどうするんだ?」


「長く続くか次第だけど……ほら。

 今の時間を長くしちゃうと……冬に時間減っちゃうでしょ?」


「其処はだから関与したくないんだけど」


明らかにおかしい会話。

単純に横から伺っているだけで、矛盾と言うか何らかのズレと言うか。

頭数がもう一人いるような内容が続いている。


――――けれど、それもそう。

実際、彼女は『一人』ではなく。

内側にもう一人……つまりは『二人』であることを知るのは数少ないのだから。


「朱ちゃんだって関わってくることでしょー!?」


「多分、一番関わるのは葵の成績だと思うんだけど」


外見上の変異はなく。

けれど内側ははっきりと差異が見られる。


一言で呼ぶならば、それは二重人格とか呼ばれるものなのだろうけど。

少なくとも、僕が物心がついた頃から。

即ち霞家との付き合いが始まった当初から、彼女は『彼女達』のままだった。


「其処はそれだもん。 もう話し合いは終わってるから大丈夫!」


「そういうのなんて言うか知ってる? ズルって呼ぶんだよ?」


「ズルじゃないし!」


相変わらずの戯言と雑談。


……才色兼備、の言葉の方はどうかは曖昧な部分もあるけれど。

文武両道、と呼ばれる言葉は間違いなくこの肉体を持つ少女に不釣り合い。


妹、或いは姉。

霞牡丹、と名付けられ……そして両親にそう呼ばれる前に死んだ少女。

内向的で、趣味も嗜好も少しだけ違う純粋に勉強が出来る子。

俺がどう頑張っても成績で勝てたことがない、ある種の永遠のライバル。


――――そして、多分は。

俺にとっての、初恋の相手。


それを知るから、葵も妙に接してくるし。

同じ肉体だからこそ、俺も無理に突き放せない。


そんな曖昧な関係性を持つ俺達にとって。

こうして、ほぼ常に近くにいることこそが……日常の、当然のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

立葵、薄紅牡丹、放春花。 氷桜 @ice3136

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ