後編 母として女として生きる決意

私の名前は、藤原爽子。大学生だ。


高校出のパパと短大卒のママが頑張ってお金を貯めて、大学に行って、研究したいという私たちの希望を叶えてくれている。


ママは、自らパパや私たちのために大和撫子らしく母親らしく生きようと努めていることが一緒に居てわかる、芯のある女性だが、私には女らしさを押し付けるようなことはせず、大学は男子ばかりいる情報系に行きたいと言っても特に反対はしなかった。


研究室は人工知能を学びたいということで選んだのだが、これが私にとって大きな間違いだった。


石川純平教授。


第一印象はかっこいいイケおじという印象だったが、配属が決まったその日から、私に対するアカハラ、セクハラがはじまった。


夕日が沈もうとしている春の日、教授と私はふたりきりになった。


「君のお母さんのことは僕はよく知っているよ。君もお母さんによく似ていてかわいいね」


「ママと同級生だったんですか?」


「もっと親密な関係だよ。こうしてね」


と肩を触ろうとする。


「やめてください……」


私は気が小さいので消え入りそうな声になる。


「君はじきに己が女であることを呪うことになる。それもまた、血が成す宿命。信じられないかもしれないけど、かつて、君のママの体は僕のモノだったんだよ。ああ、長く会っていない間に、もう一度、自分のモノにしたくなってきた。今度は僕が男としてね」


言ってることがよくわからないが、おそらく恋人のような関係だったんだろうか。


ママに対する幻影が私に向けられているのか。


その日から、教授は、胸にお尻にボディタッチをしてくるようになった。


教授は、嫌がると単位や卒業論文を盾に脅迫してくるようになった。


「やめてください!ママに言いますから!」


「試しに言ってみるといい。君のママは僕に絶対に逆らえない。僕を窮地に追いやれない事情があるのだから」


ママはなにか弱みを握られているのだろうか。


相談するのは躊躇してしまう。


だが、私が泣きそうな顔をして実家に帰った、お盆の夏、ママから問い詰められてしまう。


「何があったの?」


ママは、普段は泣き虫なところもあるが、私たちのことを真剣に考えてくれている優しい人だ。


あっという間に、教授との間にあった一連の出来事を話してしまった。


「ごめんね。ママのせいで」


「え?」


やっぱり恋人かなにかだったんだろうか。


「ママが気丈に振る舞えなかったから、嫌なことを嫌だって言えなかったから、あの女に…いえ、男に…好き勝手生きていいと思わせちゃったんだわ。ママのせいね。ごめんなさい」


そう言うと、自分の部屋に10分ほどこもってしまった。


泣いているのが外からでもわかった。


「私の名前は藤原風子。2人の子を産んだ母親。過去の自分と決別しないと」


何かを決意したかのように、ショート動画のように繰り返し、自分自身に言い聞かせるようにつぶやいていた。


ママはボイスレコーダーを私に持たせ、弁護士に相談し、全力で教授と戦うことを約束してくれた。


私は教授を裁判で訴えた。


週刊誌やネットメディアが大々的に取り上げたのは、ママが教授の卑劣さをこれでもかと口を極めて熱弁したからだった。


「教授は悪い人ではない」「教授は母親ら石川家の家族との関係が良好である」ことで抗弁してきたが、なぜなのかはわからないが、このことがママの怒りの火に油を注ぐ形になり、積極的にマスコミの取材を受け、SNSから発信する機会を増やした。


結果、教授は大学を去ることになった。


そのときのママの複雑で悲しそうな顔は忘れられない。


果たしてママは、過去の自分と決別することができたのだろうか。


これが、きっかけだったのかは分からないが、ママはパパと熱烈に愛し合い、3人目の子どもを年の離れた弟を産んだ。


「私は今度こそ本当の意味で藤原風子に生まれ変わったのかもしれない」


と言いながら。


きっと、それはママなりの過去との決別、自分らしい人生を歩む方法だったのだろう。


私は、藤原爽子。ママの背中を見て育った。男性中心の社会で生きる中で時には、くじけそうになることもあるが、自分が女として生まれ育ったことを誇りに思っている。

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女の子♀と体を強制的に入れ替えられた男の子♂が不憫な思いをしていたけど、男の子♂に告白されたので女♀として幸せになって見返してやるお話 卯月らいな @Uduki-Liner

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