中編 愛妻は元男子

俺の名前は、藤原湊馬。高校3年生。


人生の春もそろそろ終わりを告げ、将来の進路を決めなきゃいけない、人生の大きな岐路に立たされていた。


文系も理系も得意なので、国立大学に行こうかとも考えたら、どうやら、家計は火の車らしく、進学はできるが中退することになるかもしれないと親からは言われていた。


そこで、公務員試験の勉強を夏休みに頑張ってみて、無理だったら、大学受験に切り替えることにした。


2学期に入り、筆記試験の日程が迫る中、俺の目はある女子のことが気になっていた。


山岸風子。


まつ毛が長くて、すっと通った鼻筋。


美人と言って差し支えないが、男の噂はなかった。


素っ気のない性格で、休憩時間も勉強していて、おしゃれに興味がないのか髪の毛がボサボサ。


たまに一人でブツブツと運動エネルギーの法則だかクーロンの法則だかをつぶやいている。


女子の輪からも浮いているように見え、男子も寄り付かなかった。


たった、一度の青春時代なんだから、もっと楽しめばいいのになんて思って遠目に見ていた。


それが、2学期になって別人のようになったのだ。


髪の毛を束ねて、明らかに垢抜けたというか華やかなルックスになった。


少数ではあったが、友達ができて仲良く話している風景も見られるようになった。


なぜ、彼女のことを俺はこんなに詳しく観察しているのか。


以前は興味本位で観察していた。


だが、今は違う。恋をしていた。


その日も、家に帰ると彼女が写った写メを見つめる。


そして、鼻息を荒く彼女の名前をつぶやく。


精通以来、アダルトビデオやグラビアなどでわいせつな行為をしてきたが、同級生でするなんて初めてのことだった。


彼女のそばに座りたい。彼女の手を握りたい。彼女とキスしたい。彼女の裸を……


そんな風に妄想を膨らませていき、最後には天に昇るのだ。


勉強に専念しなきゃいけないのに、なんて醜態だろうか。


そんなこんなで時は過ぎ、やがて、公務員試験の合格発表の日が来た。


11月20日、そこに僕の番号は張り出されていた。


嬉しくて、胸が踊りだしそうだった。


学校への報告は電話でも良かったのだが、嬉しさのあまり直接学校の職員室へ報告に行くことにした。


先生たちも祝福してくれて、鼻高々だった。


興奮冷めやらず、教室へ、グラウンドへ、不審者のようにうろうろしてしまった。


そして、体育館の裏の桜の木の下までやって来たところで僕は見てしまった。


2人の男女が何かを喋っている。


男が何かをまくしたてると、女はへなへなと座り込んだ。


愛の告白でも失敗したんだろうか。


よくよく目を凝らしてみると、どちらも見知った同級生だった。


石川純平と山岸風子。


石川はいなくなり、風子はうつむいていた。


泣いているのだろうか。


「そこの君、そこの君」


どこからか声がしたが姿は見えない。


「ボクの名前はチコ。愛のキューピッドをやらさせてもらっている者さ」


「どこ?どこにいるんだ?」


「君の心に話しかけているから、姿は見えないんだよ。ところで、君の心を読ませてもらったけど、あの子のことが好きなんだろ」


思わず熱いものが顔にこみ上げてくる。


「あの子が落ち込んでいる今がチャンスだよ。なぐさめてあげて自分のものにするんだ」


「なんでそんなおせっかいを……」


「それは、ボクが大変、萌えるからです。最近、すっかり腐っちゃって」


「腐る?」


「い、いや、なんでもないです。遠目から君たちを眺めてにまにましてたいだけです」


「からかってるのか!」


「でも、今のタイミングを逃すとあの娘をゲットできなくなるのは本当だよ。一生、後悔してもいいの?」


「それは困る。困るけど」


「男だったら勇気を出すんだ。健闘を祈る」


そして、声は途切れ、風子と自分だけがその場にいた。


声をかけてみるか。


「あの、山岸さん。大丈夫?」


「あ、藤原くん」


「気分でも悪いのかい」


「僕……じゃなかった、私なら、大丈夫。自分で歩けるし」


「あの……実は君に伝えたいことがあるんだ?」


「なんでしょうか」


「好きだ!」


秋風の音が聞こえるくらいの静寂が訪れた。


「それって、つまり、私のことを異性として見ているってこと?」


「そうだよ」


すると彼女は虚空を見つめた。


「危ない!」


ふらりと倒れそうになった彼女の体をあわてて僕は支えた。


「大丈夫?」


「ごめんなさい。あまり、大丈夫じゃないみたい」


「保健室に行こうか?」


こくりと彼女はうなずいた。


最初は肩を貸そうかと思ったが完全に脱力していたので、お姫様抱っこで彼女を抱きかかえた。


抵抗されるかもしれないと覚悟していたが、されなかった。


「ごめん。君の気持ちも考えずに。僕ってそんな生理的に受け付けなかったかな」


「そうじゃない……。自分が女であるという現実を突きつけられて、なんか、それがショックで、自分の人生が走馬灯のように駆け巡って、未来が、目の前が真っ暗になっちゃって……」


思春期の女の子の中には、自分の体が女らしくなるのが受け入れられない子がいると保健体育で習った。


彼女もきっとそうなのだろう。


ベッドに彼女を寝かせ、保険の先生と二言程度会話を交わすと俺はその場を立ち去った。


俺の初恋は破れたか。


そう思っていたのだが、翌日、どこからアカウントを知ったか、SNS経由で彼女から返事が来た。


『昨日はちゃんと返事できなくてごめんなさい。あれから自分自身と向き合いました。男性とお付き合いをすることの意味を真剣に考えました。私、頑張って女の子してみることにしました。良ければお友達からはじめませんか


PS.私のことを本当に異性として意識していることは抱っこされたときにふとももの感触でわかりました』


デリケートなのかスケベなのかよくわかんない子だなと思った。


彼女との初デートは公園に行ったような気がするが細かいことはよく覚えていない。


彼女は無理してフリルのついた、かわいいワンピースを着ていたのは覚えているが、お互いロボットのようにガチガチで噛み合わない会話をしていたような気がする。


「のよ」とか「わよ」みたいなアニメでしか聞いたことのないような古風な女性語を無理して使っていたのが印象に残っている。


無理している姿がかわいく見えなくもなかったが。


お弁当を持ってきてくれたけど、うーむ、料理には期待できない。


デートの後も気まずくて学校でもしばらく会話できなかった。


彼女が無理して女をやってるというのならば、俺も無理して男役をやってると言えるかもしれなかった。


彼女と打ち解けたのは漫画、アニメ、ゲームの話題をしたときだった。


意外と男がやるようなものを彼女もやるんだとわかり盛り上がった。


それから、おすすめのものを勧めあって感想を言い合った。


彼女ができたと言うよりは、オタク友達ができたような、そんな不思議な感じがした。


そして、時が過ぎ、卒業。


俺は市役所に勤め、彼女は短大の家政科へ。


本当は4年制へ行きたかったみたいだが、親が許してくれなかったらしい。


とはいえ、本人も、料理に裁縫になんでもできる良妻賢母になってみせると張り切っていたりもした。


彼女の家にこっそりと遊びに行くと、白とピンクを基調にしたレースのカーテンに、有名キャラのぬいぐるみの数々。


そこまで、絵に描いたような女の子の部屋を期待していないだけに驚いた。


彼女によると「君のせいだからね!」ということらしかった。


「君が私のこと好きだなんて言うから、女として生きてみようと思ったんだから。君が私を女の子にしたんだよ」


聞くところによると女らしさに目覚めた彼女のことを両親はいたく喜んでいるようだった。


なんだか、良いことをしたかのような気分になる。


子作りは、彼女の親が卒業するまで許してくれなかったが、愛というものは禁じられれば禁じられるほど見えないところで、燃え上がるのだった。


「私、イケナイことしてる。神様許して」


禁断の愛に燃え上がるのは、彼女も同じようだった。


結局は、気がついたら彼女と結婚し、愛の深さ故に、3人の子供を作ってしまっていた。


風子はいつの間にか料理もうまくなり、家事もこなし、パートもこなし、家を支えてくれていた。


教育熱心で子どももすくすく育っている。


良き母、良き妻をやってくれている。


あのとき、彼女に告白して本当に良かった。


俺はとても幸せだ。

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