外伝 私たちのクリスマス
クリスマス。私たちにその文化が出来たのは少し前のこと。人間たちから学んだ、特別な日。まだ魔王様がいらっしゃった時の懐かしい記憶の一端を、久しながら思い出してみるとする──。
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私がまだ幼かった頃、魔王様が人間界への侵略を開始する前のこと。視察に行ったアサナシアから人間界の文化というものを聞いた。
魔族というのはものすごく長生きなので、年月などはあるが無いようなもの。誕生日など、シンプルにどうでもいいのだ。
「人間界では、『ハロウィン』や『クリスマス』などがあるらしい。今日は24日なので『クリスマス・イブ』が当てはまるだろう」
アサナシア。魔王階席1位に君臨する魔族。そして私の師匠でもあり、実は魔王様よりも強いのだとか。
髪はうすい鼠色、瞳は真っ赤に染まり、高身長イケメンと名高い彼。服装はまさに紳士。白を主としていて、派手に飾らないのが素敵と巷では噂されている。それに比べてエクリーポはというと、金ぴかの王冠に王子のような派手な衣装を着用しているという始末。さすが私の師匠、格好良い。
「へえ、その『クリスマス』は何をするの?」
「プレゼントを渡す、贅沢な料理を食べる、部屋を飾る、とかだ。詳しくは分からんが、それでも修行なのは変わらん。行くぞフォティノース」
「ま、待ってよ! ね〜、今日と明日くらいはさぁ、人間の文化を倣ってもいいんじゃないかなあ。だめー?」
「駄目だ。お前には一切の休みなんて与えない。休んだらいつまでも休んでしまうからな」
「ぐぬぬ…ねえアサナシア〜、おねがいだよぉ、魔王様もきっと許して下さるよ〜? そう! 魔族国にもそういう楽しみが必要だよ! ね!」
「そうだぞアサナシア。そんなに固くならなくとも良いのだ。『クリスマス』とやら、我は良いと思うぞ?」
私たちの間に割って入ったのは魔王様。そう、あの魔王様だ。黒を主とした服装で、マントを羽織り、すこし大きめの服を着ているからか体のラインがあまり掴めない。けれどそれらを随分と格好良く着こなしてらっしゃる。髪も同じく、漆黒のような髪を靡かせて私たちの前に現れた。魔王様の見た目はお若く、アサナシアと同じように好青年の外観をしている。
「魔王様、お仕事はどうされたのですか…」
「ご、ごほん…アサナシア、『クリスマス』とやらについてもう少し詳しく聞かせろ」
アサナシアと魔王様の身長は高すぎて、私は見上げるばかり。まったく、首が痛いのなんの。ちなみにこの時の私の身長は140cm程度。それに対して魔王様の身長は185前後だろう。アサナシアもそれくらいだ。悲しいことに、私がちゃんと小さいのだと実感する。
「はぁ、まったく…。『クリスマス』というのは本来祝い事であり、祈る日でもあるとか。先程もフォティノースに教えましたが、例えば子供にプレゼントを渡したり、大切な人とご馳走を食べたりと、過ごし方はそれぞれ。大体はこんな感じでしょう」
『クリスマス』というイベントを使って、修行を休む。これぞまさに完璧なプラン! 魔王様お願いします、私たち魔族国に『クリスマス』を!
「そうか。ふむ、面白い! では我々の国にも、その『クリスマス』を導入する事とする! アサナシア、一体どういう祭りなのかを国民に報せよ」
「……はぁ。承知致しました」
呆れたようにアサナシアは返事をし、命令されたからにはとすぐにどこかに行ってしまった。そして残ったのは私と魔王様だけ。ということは、今日と明日は修行無しという事。やった!
「フォティノース、お前も階席達に教えてこい。明日までに用意せよ、とな」
「はい! 魔王様!」
私を見下ろしそう仰った魔王様は、暇にならないように命令を。
そうして私たちのクリスマス・イブは、明日に向けての準備日となった。
────
そしてクリスマスの今日、この日は特別な日となっていく。
「わぁぁ…! すごい、すっごーい!」
「そうね! ふふっ、アサナシアもなかなかやるわね〜」
「フォティ、あっちに行ってみないかい? なにか面白いものがあるよ!」
私とエクリーポ、そしてイスキオスで街中へ出てみるとそこは、まるで別世界のようだった。
いたるところに装飾がされていて、ちかちかと点滅しながら光を放っていた。赤、緑、白、青
。たくさんの色が、夜の魔族国を明るくしていた。
「気を付けてね〜」
ひらひらと手を振るイスキオスを背に、私とエクリーポは走って行った。
魔族国の中でも最大級の大きさを誇るメインストリートを、私とエクリーポは人を避けながら颯爽と駆ける。そして辿り着いたのは、スイーツの店だった。
「いらっしゃ…って、エクリーポ様とフォティノース様?! ようこそお越しくださいました!」
店頭に立っていた店員が私たちにそう言うと、中へどうぞと案内された。
「フォティ、君は何が食べたい? どれもこれも見たことの無い形をしているけど、全部美味しそうだ!」
机の上に置いてあるクッキーを不思議そうに見つめるエクリーポ。その様子を見ていた店主が厨房から出てきて、私たちに説明をしてくれた。
「こちらのクッキーは帽子の形をしたものでございます。サンタクロースという人物はクリスマスの象徴、とアサナシア様が仰りました。人間界というものは、なんともおかしいですねえ」
わっはっは、と笑うおじさんの店主は、私たちの様子を伺う。
「おじさん、私にこれをひとつ頂戴!」
「勿論でございます! おひとつどころか好きなだけ持って行って下さいませ!」
私はお言葉に甘えてクッキーをいくつかいただいた。
「じゃあ僕も」
便乗してエクリーポも2、3個手に持ち、私たちは店から出た。
「いただきまーす! ……うん、やっぱりここのクッキーは美味しい!」
「そうだね、美味しい」
私たちはもぐもぐと食べながら、飾り付けが派手なところを見つけては入る、見つけては入るのを転々として、クリスマスを楽しんでいた。
────
「気を付けてね〜」
私は手を振り、走って行ってしまった2人を見る。
さてと。子守りも終わったのだし、プネヴマでも呼んで街を回ろうかしら?
「2人は何処へ?」
後ろから馴染みのある声がした。私は振り返り、彼にこう言った。
「走って行っちゃったわ。ほんっと、子供って元気よねえ」
「俺が思うに、彼らはもう子供ではない。体がまだ小さいだけで、ある程度は──」
「はいはい、お仕事お疲れ様〜。魔王様のお世話、大変だったのよね〜」
私は彼の言葉を軽く笑って聞き流し、労いの言葉を送る。これはいつもの事なので、別にどうってことない。
「……む」
そして拗ねるのもまた、いつもの事なのだけれど。
「ふふ。ごめんなさいね、アサナシア。つい面白くって」
心のこもっていない謝罪だが、あなたに届くだろうか。届いていることを願う。届こうが届かまいが、どっちでもいいのにね。
「プネヴマはいいのか? きっと冥界で寂しがってるぞ」
「いいのいいの、彼女、今頃カタストロフィ達と地上で遊んでるわ。だから私、今からフリーなのよね〜」
「奇遇な事に、俺もだ。もし良ければだが、歩かないか?」
「……いいわ。特別よ?」
私の隣に並んだアサナシアを横目に、私は1歩を踏み出した。
「そうか。冥界の女主人と並んで歩けるなんて、光栄だな」
魔族の中でも、クリスマスという行事はすぐに馴染んだ。年に1度のクリスマスというこの行事、彼らにとっては楽しみが増えたと気に入ったのだろう。国民が喜ぶ、それはいい事だから。
これは、記憶の一端。ただの古い引き出物。
でもとても、賑やかで、眩しくて、懐かしい。
けれどもしもサンタとやらがいるのなら──やっぱり、いいや。
魔族の娘が英雄になるようです Ms.スミス @ms_sumisu
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