第14話 ヴォールス王城戦 その2


「やっちゃえ、ゼロ」


「攻撃開始!!」


 ゼロと呼ばれた巨大蜘蛛は、何十人といる騎士たちに突撃してゆく。それはまるでプログラムされた殺戮マシーンのように。

 だがあちらも負けず劣らず、距離を取り弓矢を構える者や、強化された剣で蜘蛛の足を切り取ろうとする者、そして杖から魔法を発する者。私を除く、この場にいる全員が巨大な蜘蛛を倒そうと奮闘していた。

 私はというと、ローブが汚れるのは嫌なので戦わない。どうせペットのゼロが勝ってくれるので、邪魔にならないように空いた玉座に座って見物していた。

 ゼロというのは、今まさに戦いを繰り広げている巨大蜘蛛の事である。私が名付けたのだ。かわいいなあ。

 ゼロは前足を上に、そして1人の騎士に向かって一気に振り下ろした。その騎士は鋭い足の先によって切り裂かれ、死んでしまった。だがゼロはその勢いのまま足を横にぶぉんと振る。まるでドミノのように人間が倒れていく様は、なんというか滑稽である。

 その時、後ろに回っていた騎士がゼロの後ろ足を斬ったのだ。


「────!!」


 ゼロの大きな咆哮が轟いた。痛みに喘ぐペットの姿なんぞ、飼い主は見たくもない。故に私は思わず手で顔を覆ってしまった。


「クリス様! 準備が整いました!」


「よろしい。では総員撤退せよ!」


 クリスと呼ばれる場違いの服装をしたおじさんは、どうしてか彼らに撤退を命じた。そういえば彼、その場から動いてなかったな。彼の後ろには魔法使いらしき人、それも3人。きっと3人がかりで彼に強化魔法を掛けたのだろう。それでも無駄だ。ゼロを倒す事は不可能に近い。


「神よ、我らに力を与え給え。悪しき魔を滅し、民を救いへと導き給え──!」


 その瞬間、クリスの剣がぴかりと輝き出す。そして同時に、私の背中に悪寒が走った。あれは魔を断つ魔法だ、よく知っている。魔族を滅ぼさんとする、魔法である。

 クリスは勢いよく飛び上がり、重力に従って落ちてくる。剣を構えながら、ゼロに向かって。

 このままだとゼロは真っ二つになってしまう。

 私はすぐさま落ちた剣を取り、1本足を切り取られたゼロの前に。


     セイリオス・グラディウス

「抜剣! 『浄化せし聖なる剣』──!」


「させるかっ!!」

 

 彼が発動した魔法は強力ではあるが、魔物や魔族にしか通用しないはず。なので私は人間の使用していた剣で防いだ。空中にて防いでいるので、魔力の消費が些か気になるところ。

 彼の勢いは物凄かったらしく、きぃん、という金属同士が擦れる音のしたすぐ後、まるで台風の風のような爆風が私たちを襲った。


「はぁぁぁっ!!」


「ぐぅっ…! 重っ!」


 案外このおじさんの力は強かった。重力に従って力強く落ちる彼の剣は重く、鋭い。重いのだが、魔族であるこの私が負けるわけが無かった。


「どぉぉりゃっ!」


 私は相手を力ずくで押し返す。だがすぐ反撃が来てしまった。

 彼は空中で私の腹部を蹴ってみせたのだ。なんと、身体強化がばんばん効果を発揮しているらしい。


「うわぁお」


 一瞬で王様の椅子まで飛ばされる私。それを見たゼロは怒り、5本の足で人間に応戦していた。蜘蛛の糸を出して人間を拘束したりするも、彼らは知恵を振り絞って脱出していた。なんとまあ。


「うん、ちょっとは強くなった。それとも私が運動不足なだけかな」


 私は人間に感心しつつも、ちゃんと立ち上がって体勢を整えていた。座ったままだと反抗するが難しいのでね。

 あのおじさんをよく見ると、腰に鞘があった。貴族のみたいな服なのに、ちゃんと戦闘できるよう備えられていたのか。こりゃまた。


「どうした? 召喚士のくせにその程度か?」


「君こそね。人間のくせして成長するんだ。身体強化の魔法使いをかけてもらってから私たちに挑もうとする、その考えは嫌いじゃないかな」


「黙れ。貴様をこれから魔物を召喚したという罪で処刑する。言い残すことはないか?」


「言い残すこと、ね。私は階席6位のフォティノース。魔族だよ。それと君とそっくりな人を見た事ある気がする。もうずいぶんと前のことだから、気のせいかも」


「フォティノース? 魔族は冗談が好きなんだな。フォティノースは死んだ。それどころか魔族は全員死んでるぜ?」


「そう? 残念だったね。それは間違っているよ。証明しようか?」


「結構。罪人を生かす時間は短ければ短いほど良い。今すぐ殺す、あの蜘蛛と共にな」

 

 いつの間にか自然にこのおじさんは私、あとの人間たちはゼロが引き受けることとなっていた。まあ強ければ強いほど運動になるし、私はそれで良いのだが。


「そういえば、あの王様はどこに行ったの? 姿が全く見当たらないんだけど」


「陛下は別の場所に転送した。そうでもしないと、あのアラフニに全て破壊されるだろうからな」


「そうだよ、私のゼロは強いから」


 私は体の中にある魔力を練り始めた。より鋭く、より重く、より強くするために。


「さ、そろそろ終わりにしよう。私は君たちの王様に用があるからね」


 想像しろ、想像しろ、想像しろ。

 何を生み出したいか、どう相手を殺したいか。

 魔力放出、精錬、完了。


「こちらもだ。兵士達に迷惑は掛けられないからな。それに帰って片付けなければならない書類もあるし、貴様らより暇では無いんだよ」


 相手が剣に魔力を込め始めた時点で、私は魔力放出をする。


「ここだと狭いから、外に行こうよ」


 どごぉん! と大きな音がしたと思えば、城の天井から上が全て吹っ飛んだ。

 先も言ったが、これはただの魔力放出なだけ。

 真南に顕現する太陽は照り、陰を作ることも許されないような明るさが私たちを覆った。


「……なんと」


 相手も驚いたようだ。そうだろうそうだろう。こんな綺麗で荒い魔力放出を出せるのは得意技のひとつであり、アサナシア直伝の技だからである。


「どうかな、これで広々戦えるね」


 私は相手の間合いに瞬きのスピードで入り、頭を鷲掴みにし、強く上に投げた。日光を彼の身体で隠せるな、これで。


「ゼロ、そっちは任せたよ!」

 

 後に続いて私も外へと飛び上がり、追い打ちをかけるように彼の胴を抱え、下へ叩きつける…のは可哀想なので空中に足場を作ってあげて、そこへ投げた。


「うぐっ…!」


 だが叩きつけるという点は変わらないので、そこはご了承いただきたい。でもでもこんなに高度が高いのに、あの下に投げつけるっていうのもなかなか鬼畜だと思うので、それよりかはマシか。


「どうしたの? もう終わり? 死ぬなら先に死ぬって言ってね。加減がわかんないんだ。殺さない程度にしてあげるからさ」


「……本当に魔族のようだ。ぐっ…これほど、までとは……!」


 彼は頑張って立ち上がろうとしている。えらいえらい。戦いは立ち上がれば立ち上がるほど良い、諦められると興醒めというものだから。


「こ、これは…空に…!」


「ごちゃごちゃ言わないで。君と私は少し離れてるから、ちょっと難しいんだよね」


「…何故だ。俺を地面に落とせば、俺は死んでいたはずだ」


 他人のための足場を空中に作ったことがないので、これが初めての試みである。1度やってみたかった、という理由では駄目だろうか。


「はやく終わるとつまらないし、まだ体もほぐれてない。君にはまだ付き合ってもらうよ」


 今までのは軽い背伸びであり、これからやっとストレッチに入るところであろう。


「ハンデ欲しい? どれくらいなら持ちそう?」


「優しい魔族も居るものだな。だがまあ、ほどほどにお願いしたい」


「善処してあげる」


 きっとここで空中戦が繰り広げられるのだろうと誰もが思っただろう。だがそれは違う。


「私は魔王階席第6位、フォティノース。あなたの名前は?」


「…魔物討伐部隊4番隊隊長、クリス・ロンジェット。魔族である貴様を、ここにて処断する!」


「いいね、クリス。私を殺してみて。期待してる」


「さあ、善処するとしよう」


 戦闘前の会話。これがクリスの遺言になるのやもしれないし、そうでは無いかもしれない。本当に、最期にならないよう心がけよう。

 私は会話の終了を合図に、魔法を発動した。

 

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