第13話 ヴォールス王城戦 その1
光が差し込む路地裏。ここは何処だろうか。
私は冷静なまま、抱えていたネズミを離した。酔っ払ってこんなところに来てしまったのだろう。不甲斐ない。
私はゆっくりと目を開ければ、真上から私たちを見下ろす太陽があった。時刻は正午。
「……いでで。荷物は、あるよね。よし」
私はよいしょと立ち上がり、大きなリュックを背負い、香水をかけ、フードを深く被る。そうして人混みに紛れる。いつものパターンである。
───────
「あの、すみません。ここを通りたいので通してくださいませんか?」
「駄目だ。入城許可証を出せ」
「持っていないんです。でも何とか通してもらえませんか?」
「駄目だ。その格好からすると旅の者だろう。この国では許可証が必要なのだ」
「……じゃあいいです。さようなら」
私は指鉄砲を門番の人に向け、指先に魔力を込める魔弾を発射した。脳天をぶち抜いたのだ。
「ぐはっ……!」
「何をする貴様! 総員! この者を捕らえよ!」
うるさい隣の兵隊さんにも、脳天に1発。ばた、と倒れる人間2人を横目に、私は門くぐり城へと入っていく。
街の人間は驚きと恐怖で悲鳴をあげ、昼間にも関わらず騒がしくなっている。いや、昼間なら良いのか。
「おい! 止まれ! さもなければここで殺す!」
「通してくれるなら生かしてあげる。退いてね」
「何を言っている! 大人しくし──」
ばた。
魔弾を放つのも簡単じゃない、神経を研ぎ澄ませなければならないのだ。勿論魔力も無限ではないので、撃つのも控えめにしなければならない。なのに人間ときたら城にも入れてくれない厄介種族であるゆえ、私がこんな事しなければならないのだ。つらいつらい。
「お邪魔しまぁす…うぉぉ、綺麗…!」
私は力いっぱい大きな扉を押し開けた。
中に入るとそこは豪華なシャンデリア。そして広々としたエントランスが私を迎えてくれている。
けど兵隊さんたちは歓迎してくれていないみたい。
「止まれ!」
私は入ると同時に、一斉に剣を向けられた。数はざっと10名程である。鎧をまとい、洗練された魔力を有した騎士たちだ。
私は言われた通りに立ち止まり、どうしようかと考えていると、奥から聞いたことのある少女の声がした。
「いらっしゃい、お客様」
「王女様! 危険です! お下がりください!」
「……こんにちは、お姉ちゃん」
あの時のロリっ子。昨日ぶりだ。
「どうも、ロリっ子。昨日ぶりだね。調子はどう? 今日のドレスも似合ってるね」
「そう、ありがとう。調子はぼちぼちよ。それよりどうしてこのお城に? 用件はなあに?」
「君に話す価値もないよ。理解できる話でもないしね。でも私と話すよりも大事なことがあるんじゃない? うるさいのは嫌いなんだよね」
外には3人の死体と泣き叫ぶ市民が織り成す地獄絵図が広がっている。あの光景を見れば、生意気なロリっ子だって絶望するに違いない、のだが。
「ふふ、さっき見ていたわ。すごいわね、あなたの魔法」
「どうもありがとう。あの程度なら誰でも出来るよ」
昨日よりかは幾らか話しやすくなった気がする。気がするだけだ。
それよりもまずはこの囲まれた状況を脱出せねば。
「兵隊さんたち、ちょっとどいてくれないかな? 今なら生かしておいてあげる。この国の1番偉い人に会いに来たんだ」
「貴様…! 王女様、申し訳ありません。お知り合いかもしれませんが、この罪人を捕らえさせて頂きます!」
いつの間にか後ろにも回り込まれてたらしい。 私はリュックを降ろして降参の旨を伝える。両手を頭の高さまで上げ、どうにでもしろとポーズで示した。
「連れて行け。望み通り玉座の間にな」
私は手を後ろにして拘束され、足もぐるぐる巻きにされた。これで完全に動かないと思っているのだろう。
「後で会いましょう、楽しみね」
「そう。もう会いたくないけどね」
私は人間の騎士に抱えられながら、玉座の間へと連行された。
───
「陛下! 罪人を捕らえました! 先刻門番兵を殺害し、無断でこの城に足を踏み入れた不届き者です!」
「なんだと? この者がか!」
私は縛られたまま玉座に連れてこられ、王様の前にゴミ袋のように放り投げられた。勿論口も封じられているので、文句を言いたくてもむぐむぐ言うしかない。
私のフードは脱がされ、大事なリュックは私の隣にぽいと投げられた。許せん。貴重なものだったり、か弱いものが入っているのに、そんな乱暴に扱われたら壊れてしまう。
「その者の口を解放せよ。話だけは聞いてやろう」
私は王様のおかげで口封じが解かされ、有難いことに話せるようになった。
「ありがとう、寛大なんだね。さて、話は変わるけど、君がこの国で1番偉い人?」
私が話した途端、騎士たちに剣を向けられた。不躾なことを言えば首が吹っ飛ぶぞ、と忠告も兼ねているのだろう。
「そうだ。私がこのヴォールス帝国の王である。旅人よ、もしも殺されたくなければ立場を弁えて喋ると良いぞ」
「どうも、陛下。ところで私の事を知ってますか? 知らなければ知らないで良いんだけど」
「知らんな。どこの国の道化師かは知らんが、茶化す必要は無い」
「この白い髪、水色の目…本当に私の事を知らないの?」
「あぁ、知らないとも! エンターテイナーとしてはまだまだ2流のようだ!」
わはは、と大きく笑う王様。それにつられてみんなも笑いだした。
「…そうなんだ。じゃあ教えてあげる。君たちが生まれるもっと前のお話だよ」
私の手と足を縛っていた縄は突然解かれる。というよりも噛みちぎられた、という表現が正解である。そして開放された私の四肢は、立ち上がる為の動作をする。
「よいしょと…ありがとう、アラフニ。戻っていいよ」
「な、何?! 貴様、魔法使いか!」
「そうだけど、今のは魔法じゃない。魔物だよ」
ざわめく会場。魔物と聞いた瞬間、みんな慌てて逃げだした。
報告の為に来ていた商人たちや大臣たちも、揃って外へ飛び出した。騎士の皆さまは私に剣を向けたままだけど。もっと数が増えてしまって面倒だ。
私が魔王様から頂いた能力は『召喚士』という能力で、ありとあらゆるものを召喚することの出来る能力である。私はこの能力を使って魔物を召喚し、ペットとして飼っていたのだ。見た目は蜘蛛だが、この子はとてつもない能力の持ち主である。能力というのは、人間のように個体ごとに違うというわけではない。犬がとてつもなく耳がいいように、生きるうえで進化した独自の能力である。
蜘蛛の魔物、種族名をアラフニ。
アラフニは頭が良く、飼い主に忠実である。そして私の飼うアラフニの名前はゼロ。オスである。この子は人見知りな性格だ。だけども主人である私だけに甘えてきてくれる、とてもかわいい子。このゼロが私の縄をがぶがぶと噛んでちぎってくれていたのだ。この短時間で。
「私の名前はフォティノース。階席6位の座に着いている。君たちが誕生する数百年も前、魔王様にお仕えしていた魔族だ!」
「なん、だと…?」
私の話を聞いた時、王様の顔がひゅんと青ざめた。
「魔王階席、ご存知?」
「その魔族を殺せ! 今すぐ!」
私は突撃してくる人間を前に、なんの構えもせず、ただ突っ立っているだけだった。それは何故か。
「ぐはぁっ!」
そう、私の可愛くて大きなゼロちゃんがやっつけてくれるからである!
蜘蛛の能力は大きくなったり小さくなったりできるというもの。旅の時は私のリュックの中で小さくなっていて、魔族の国にいる時はそれなりの大きさになっている。動物で例えるならば、大型犬くらいだ。彼にとってそれがちょうどいい大きさなのだろう。蜘蛛の魔物、アラフニは個体差もあるが、最大で高さ200m程になるという。だが私のペットであるゼロができる最大の大きさはというと、高さ300mである。
うん、記録更新! ゼロ凄い!
「殺せ! ここで殺すんだ!」
「魔物の足を狙え!」
「う、うわぁぁあ! だれか助け──」
と、こんな感じで大暴れ。
そりゃあ驚くよね、300mもあるでっかい蜘蛛が暴れまくるんだもんね。私だってびっくりする。そんな中、私は邪魔にならないように端の方に歩いて移動する。もう既にゼロにやられた人の死体や、壊された城の瓦礫だったりが転がっている。それを軽々と避けながら端の方で終わるのを待つとする。でもここはお城の3階なので、あまり壊されても困る。
「ゼロー! がんばれー!」
応援係に徹していると、奥から濃い魔力反応がした。急いでそちらを見てみると、貴族のような格好の人を筆頭に、鎧を着た騎士さんたちがぞろぞろやって来た。
「……ゼロ、ストップ」
私の言葉を理解したのか、人間への攻撃を辞めた。
壁に寄ったばかりなのに、また移動しなければならなかった。お話の機会を与えてやらねばならないからだ。
私はゼロの前に立ち、剣を持った人々にご挨拶をば。
「こんにちは。あなたたちは…もしかして増援?」
「そうだ。そこの魔物を倒しに来た。そこをどけ」
「あなたたちが、この子を…あははは! 無理だと思うよ?」
貴族のような格好をした男。彼の魔力は人間にしてはよく練られているが、多分ゼロには勝てないだろう。残念だが彼はここで終わりだ、魔物に挑む時点で負けは確定しているのに。
「さあ、それはどうだろうか。白髪の女、貴様が魔物を王城で放ち、遂には殺人までも行った凶悪な犯罪者であり、反逆罪に当たる行為である。よってそこのアラフニと共に、ここで処刑する事とする!」
「そう、へえ。逃がしてはくれない?」
「駄目だ。貴様はここで殺す」
正直、無謀な挑戦をする彼らには同情する。この私が、可愛がって育てたゼロに勝てるわけが無いのだ。
「総員、剣を抜け」
男が言葉を発し、後ろの騎士たちは命令通り剣を抜く。
「今回の任務はアラフニ退治、反逆者の処刑だ」
「やっちゃえ、ゼロ」
「攻撃、開始!!」
1匹対数十人の戦いが、玉座の間にて始まった。
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