第12話 カターラの苦悩


 ちく、たく、ちく、たく。部屋に響く時計の針の音。

 紫色の髪は三つ編みされており、アタシの背中に沿って下げられている。

 それに加え嘆息ばかり零すクリーム色の髪をした少年が居る。王子様のような格好をしているが、やっていることはナマケモノと同じである。


「はぁ…」


「……チッ」


「はぁ…はぁぁぁ……」


「うっせぇぇぇぇぇ!!!」


 アタシは思わず万年筆をぶん投げてしまった。


「ちょっと! 何するんだ! 当たったら痛いだろう?」


「アンタがため息ばっかついてるからだろーが!」


 フォティノースが人間界に旅立って、はや数週間が経った。そしてエクリーポがため息ばかりついているのも、フォティノースが旅立ってから。

 正直ウンザリ。アタシが真面目に仕事してるのに目の前で『かわいいなあ』だの『フォティノース』だの、気が散って仕方がないのだ。しかもわざわざアタシの執務室まで来て。


「アンタ、そんな心配なら着いていけば良かったじゃない」


「違うんだよカターラぁ…フォティノースに断られちゃったんだよぉ。大丈夫かなぁ、ちゃんと寝てるかなぁ…?」


「は、はぁ…」


 まるで自分がフォティノースの親かのように言う彼だが、一体全体何が違うというのか。

 エクリーポの阿呆は、私の執務室にあるソファでスライムみたいに蕩けている。

 目障りだし、耳障りだし、正直なんでこの部屋にいるのか分からない。


「話は変わるけど。カターラ、君は『運命』をどう思う?」


 急過ぎるエクリーポの質問に驚きつつ、アタシは真面目に答えた。


「あ? 何だよ急に…そうねえ、『運命』とかアタシには関係無いし、ぶっ壊せばいい! って思ってるけど、それが?」


「そうかい。それが君の答えなんだね」


 続けてエクリーポはこう言った。


「僕が思うに、『運命』っていうのは存在すると思うんだ。言葉だけの存在であっても、いずれ決められた場所を歩んでしまう。ほら、よく言うだろう? 『命は天にあり』だったかな? 東洋の言葉さ。だからもしカターラが運命をぶっ壊したとしても、それも君が『運命を壊す』という運命なのさ」


「そ、そう。知らないけど、目障りだからどっか行きなさいよ…」


「そんな事言わないでくれよ、僕だって寂しいんだ。君もそうだろう? フォティノースが居なくなって、イウースリだって元気が無くなってる。彼女の存在は、僕達にとって大きいものだったんだよ」


「そうかもしれないけど、でもアイツはアイツで頑張ってるから。そっとしておいてあげれば?」


「……そうだね。アサナシアの件もあるし、僕達も暇じゃない。フォティノースは僕のヴァーヤが見てくれているし、大丈夫だろうね。でも寂しいんだよぅ……」


 エクリーポが言うヴァーヤというのは、彼の使い魔であるグリフォンのことだ。獅子の胴体にワシの頭、そして翼のある幻獣である。人間界では聖なる幻獣と崇められているらしいが、こちらの世界ではグリフォンは悪名高き幻獣であると伝えられているのである。だがどちらも伝説の幻獣であるというのは間違い無いのだ。

 グリフォンは戦場にて主人を背に乗せ飛び回り、たった1度の咆哮で敵を全滅させたと言い伝えられている怪物である。勿論それはアタシ達魔族による言い伝えだ。人間界の伝説は知らない。そしてグリフォンは少し性格が悪いらしく、気に入らない主人は噛み殺す習性があるとかないとか。性格の悪さでいうとエクリーポといい勝負だ。故に彼の召喚に応じたのだろう。


「ヴァーヤ? 胴体デカいのにバレないの?」


「そんな事言ったら彼女に嫌われちゃうよ? 大丈夫、グリフォンは透明になれるのさ。だから彼女に見てもらって、たまに視覚を共有する。本当、グリフォンってすごい生き物だ」


 グリフォンの能力は幾つかある。その能力の1つが透明化だ。そしてヴァーヤと呼ばれるグリフォンはメスであり、エクリーポにべったりである。もともとグリフォンは警戒心が強いのだが、彼女はそうではないらしく、アタシ達にも懐いてくれている。階席達の愛されキャラである。


「そう。それはいいんだけど、アンタの魔力増えすぎじゃない? どうやったの?」


「色々制限を解除したのさ。想いも伝えたのだし、これ以上我慢する必要なんてないかなと思ってね」


「アンタ、フォティノースに告ったの? ふぅん、やるじゃない。アンタ達ずっと一緒だったもんね。それで答えはイエス?」


「いや、それは後にとっておいたんだ。次会う時に聞くつもりだよ」


「はぁ? アンタいつフォティノースに会えると思ってんの? しばらく会えないのよ?」


「ふふん、その方がいいだろう? だってその間、僕の事を考えてくれるんだ。良いアイデアだと思わないかい?」


「知らねえよ…ま、迷惑かけなければ良いだけだしな。好きにして。でも泣きべそかいてアタシの所まで来るのはヤメテ。うるさいから」


「ああ、わかったよ。でも今まで通り、僕の相談は乗ってもらうけどね」


「あっそ。勝手にすれば?」


 エクリーポは満足したのか、ソファで寝ていたところを立ち上がり、扉へと向かう。

 やっと迷惑な客が消えてくれると密かに喜んでいたところ、エクリーポは去り際にこう呟いた。


「そうそう。言い忘れてたんだけど、僕も人間界に行く事にするよ。だからその後のことはよろしくね」


 じゃあね、とエクリーポは出ていった。

 数秒間アタシは思考を停止し、情報を整理するも

 

「………え?」


 やっぱ理解できなかった。

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