瀕死の鉛筆とはなんぞや?
平成03
第1話
「しんでないシャープペンは、しんでるーー」
皆さんはこの言葉をご存知だろうか。死んでない、と、芯出ない。この同音異義語を上手く使った良い文だが、鉛筆である我にとってはまたちょっと違う意味をもって感じられた。
『鉛筆にとっての死とは何か』
人間たちにとっては言葉遊びの一種に過ぎないのかもしれない。しかし我ら文房具界の者にとっては自らの死期について考えさせられる一石となるのである。
今日は遠足。我が主人であるエーちゃんこと瑛太くんは市内の動物園へとやってきた。気に入った動物を探して絵を描いてくる活動があるとのこと。今エーちゃんはゾウを熱心に観察している。
そう言えば昔『ゾウに踏まれても平気』なる筆箱があったことを思い出す。ゾウに踏まれるようなことがあれば、それが我にとって死となるのだろうか。
「ねえねえ、エーちゃ〜ん。オイラ、筆箱忘れちゃってさあ。何か書くもん貸してくんねえかなあ〜」
(こ、こいつはケンタ! ひたすら鈍臭いハナタレで、今まで数々の文房具を無くしてきたシリアルキラーだ! 頼むエーちゃん、早まったことはしないでくれ!)
「ええっ? ケンタくん、しっかりしないとダメだよ! じゃあこれ、もうだいぶ小さいけど……ちゃんと返してね!」
そう言ってエーちゃんは俺をケンタに手渡してしまった。ああ、さようなら、エーちゃん。さようなら、我が余生。
そう言えば何かの漫画で見た気がする。『死ぬのは命が潰えた時じゃない、人に忘れられた時だ』と。確かにそうかもしれない。このままケンタくんに使われて、どこかに落とされて、教室の隅あたりに蹴り込まれて、みんなから忘れられて……。
そんなことを考えている間に、ケンタくんはサルの前に移動していた。どうやらケンタくんはコイツを描くことにしたらしい。何でもいい、早くエーちゃんの元に帰してくれ……。
しかし、ケンタはまさかの行動に出る。我を、サルのオリに向かって差し出したのだ。
(貴様何をしている!? たべるかな〜? みたいな顔をしておるな! 食うわけなかろう! サルが鉛筆など……あっ)
我の身体は空へと放り出された。サルがケンタのアホウの手を弾いたのだ。我はくるくると美しい弧を描きながら、真夏の高い空を舞う。ああ、これが今生で見る最後の景色か。
ズポッ。我が身体はどこかの地面に見事突き刺さったようである。ここは一体どこなのだ。そう思って周りを見渡すとズシン、ズシンと地面が振動する。
辺りには我が身体の100倍はあろうかという怪物が闊歩している。ゾウだ。我はゾウのエリアに飛ばされてしまったらしい。ゾウに踏まれたら、などと考えていた自分を呪った。
ゾウは天より飛来した我に気づき、興味津々で向かってきた。ああ、イエス様、仏様、ガネーシャ様。どなたでもいい、我をエーちゃんの元へ帰してください。
ゾウの鼻に持ち上げられながら天に向かって祈っていると、奇跡が起きた。ゾウは我をオリの外にいるニンゲンに返そうとしているのだ。ありがとう、霊長類。
外にはエーちゃんがいる。そして同じ班であるアホウのケンタも……。ゾウ殿、違う、そっちじゃない。そいつの方に行ってはダメだ。ゾウ殿、頼む……。
我を拾い上げたケンタは、無造作にリュックの中に放り込んだ。暗闇に目が慣れてくると、そこには様々なものの姿があった。
くしゃくしゃのプリント、割れてしまったキャップ、千切れた消しゴム多数。
(ああ、もうエーちゃんに使い切ってもらうことはできぬのだな……)
自らの死を悟った我の身体を、雫が伝う。涙ではない。半開きの水筒から溢れたお茶だ。
(お題:瀕死の鉛筆)
瀕死の鉛筆とはなんぞや? 平成03 @heisei03
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます